第152話 速人・部品集めで苦戦中
Q・モンキーの純正クロスミッションを組もうと思います。今乗っているのはロータリーシフトなのでそれに合わせてロータリーシフトにしようと思います。カブ4速車のシフトドラムを使えば良いですか?
A・見れば解ると思いますが、純正クロスに使えるロータリードラムはCD50の物です。ドラムストッパーはCD50・12V車の物を使いましょう。
「なるほど。CD50なんだ。だったら買うのはモンキーじゃ無くて12VのCD50のミッションだ。おじさんの所に無いかな?」
楽に楽しく走れるミッションを組むべく部品を集めている速人だが定番外の組み合わせだけあって必要な部品を知るだけで苦戦をしていた。
◆ ◆ ◆
「ふ~ん。12VのCD50か、ウチには無いな。みんな遠心クラッチやからな。もしかするとCD50をリターン化した人が出品するかもしれんからそれを待ってみたらどうやろか?」
カブ系が得意な大島だがCD50のミッションは持っていない。
「まぁ、何をしたいか知らんけどボチボチ頑張り。仕事じゃないからな」
「そうですね。で、おじさんは何を組んでるんですか」
大島の組んでいるのはカブ50改52㏄のエンジンだ。春に売ろうと組んでいる。
「新しく始めた格安2種登録カブのエンジンや」
(今やな…)
大島は年明けから練習していた台詞を言ってみる事にした。トルクレンチをカキンカキンと鳴らし「メカニックの技術は最初の修業で決まる」と誰に言うわけでも無く語りながら言い始めると速人が慌て始めた。
「おじさん、急にどうしたんですか?」
「どれほどの熱意を持って整備を学ぶかどれほど上手い整備士の技術を見るか。川の水が流れる様に基本技術を反復し、美しくバイクを組み立てる。それが理想の整備」台詞に神経を奪われて手を止めない様に必死だ。
「おじさん……」
「そして、一番大事なのは、どんなに酷いバイクでも決して見捨てない事。俺の大事な師匠が教えてくれた……」
決まった。練習した甲斐があった。格好良いと俺は思っているのに速人は感心することは無く、只々不思議そうに俺を見ている。
「それ、小説をパクってますよね?僕も『モンキー』は読みましたよ?」
「え?小説で出てる文章なん?ホンマ?」
速人がゴソゴソと鞄から文庫本を出した。
「ほら、ここの主人公がヒロインのモンキーを組むところに書いてます」
「ホンマや。せっかく練習したのに」
せっかく練習して噛まずに言えたのにガッカリだ。
「整備する人が皆思う事なんですか?」
「知らん」
◆ ◆ ◆
「プッ……アッハッハハ……そんな事が有ったの?」
「有ったんや。せっかく練習したのにガッカリやで」
お好み焼きをひっくり返してソースを塗る。カツオを振りかけて出来上がり。青海苔は好みがあるから自分でかけてもらう。俺はかける派だけど、磯部さんはかけない派だ。マヨネーズはお互いにかける派だ。
「青海苔って苦くない?」
「俺は好きやけどね。あ、気が利かん事で」
磯部さんのグラスにビールを注ぐ。お好み焼きとビールの組み合わせはなかなか相性が良い。みるみるうちに空き瓶が増えていく。八割方は磯部さんが呑んだものだ。この細っこい体のどこに入るんだろう。
「でも、本田君は何がしたいのかしら?闇雲にエンジンを組んでるわけじゃなさそうだけど」
「特に何も聞いてないけど、楽しく走りたいだけやないかな?」
ソースが焼ける匂いが部屋中に広がる。お好み焼きは冷凍にしてある物はあるが、やはり焼き立てを食べる方が美味しい。イカに豚、牛筋にこんにゃく。そして餅いりにソバ入り ジャンジャン焼く。残ったら冷凍して俺の保存食だ。
「でもさ、クロスミッションってのが渋いよね。通好みって感じで」
「トップスピードは変わらへん。そこに至るまでの過程を大事にする訳やな」
ミッションは3速でも4速でもトップのギヤ比が同じなら出せるスピードは同じ。排気量が同じなら変わらない。ただ、小刻みにギヤチェンジする事で状況に応じてエンジンの力が出る回転域を使いやすくなる。結果として加速が良くなるから速くなるのだ。
「75㏄なら出せるスピードも変わらんけど……」
「加速の乗りは良くなるね。ローが伸びる感じになるのかな?」
「磯部さんもクロスミッション欲しい?」
「速く走るならゼファーちゃんが居るからね~」
それもそうだ。磯部さんにはごっつい相棒が居るんだった。リトルカブはあくまで足代わり。軽くて燃費が良いことが重要で速さは必要としない人だ。
「ま、本田君の事だから悪い事はしないでしょ?」
「それもそうか」
今日も磯部さんはお泊りだ。最近、何かにつけて泊まりに来てる気がする。
周りから誤解されないだろうか。心配だ。
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