2018年 1月 初夢からスタート

第137話 お正月

「あけましておめでとうございます」

「おめでとうございます」


いつもは朝からコタツでゴロゴロしながらのお正月。だが今年は来客が居る。


「杯じゃ物足りないから、グラスで良いかな?」

「御屠蘇はグラスで呑む物じゃありません」


年末から泊まりに来ている磯部さんはお酒が大好きだ。


「まぁいいか。ちびちび飲むのもおつな物」

数の子やかまぼこを摘みながら日本酒を水の様に呑み続けている。


「はい、お雑煮」

「わ~い、お雑煮~。私、お餅大好き~」


童顔で子供っぽい言動だけど彼女は30歳。


(化粧をして無いと子供にしか見えんなぁ)


「何?人の顔をジ~っと見つめてどうしたの?惚れた?」

どうやら酒がまわり始めたらしい。


「良い呑みっぷりやなと思ってな」

一升ビンの中身は半分ほどになり、まだ減り続けていた。


「そろそろ栗きんとんで呑みたいわね~」

「そんな甘い物で呑むの?気持ち悪くならんか?」


「ふっ…解ってないなぁ」

彼女曰く、甘いチョコレートを摘みながらウイスキーを呑むのだから

栗きんとんでも酒が呑めないはずはないのだとか。


「中さん。アレ呑みたいな♡」

磯部さんが指差したのはウイスキー。何年か前、ドラマのモデルになった

国産ウイスキーメーカーのパイオニアの物だ。


「ガブガブ呑むもんと違うで。味わって呑んでや」

「解ってる」


グラスが琥珀色に染まる。


「まずは少し掌で温めて香りを楽しむ…」


一気飲みするかと思ったのに、これは予想外だ。


「いいわね…」

小皿に盛られた栗きんとんの栗を食べてはウイスキーを一口。


「じゃあ、この栗無しのきんとんはアレンジしようかな」


栗無し栗きんとんに溶かしバターを混ぜてカッブに入れる。

表面に溶かした卵黄を塗ってオーブンで焼けばスイートポテトだ。

あとで作ろう。


「ねぇ、中さん」

「何?」


「倉庫の主はどうしたらエンジンが掛かるのかしら?」

「さぁ?初詣でお願いしてみたら?」


「じゃあ、着替えなきゃ」


近所の神社へ初詣に行く事になった。


「晴れ着は着ないんですか?」

「もう着たくないのよ。この歳になると」


女心とは難しい物らしい。


山にある神社までは歩いて行く。少し距離はあるけど

酔い覚ましと運動不足解消に丁度良い。


「ふ~ん。田中神社ね~静かな所ね」

「山の寂れた神社やからね。厳かで良いがな」


磯部さんが賽銭に5円玉を入れたのは縁を求めてだろう。


(磯部さんに良い男性。俺は良いお客さんに縁が有りますように)


お参りを済ませておみくじを引いた。


「お?吉か。思わぬ出会い有り・怪我に注意…か」

「私は大吉。暴飲暴食に注意・待ち人来る・求む物を得る…だって」


「じゃあ、今夜はご飯とみそ汁で済まそうかな」

「やだ」


2人でブラブラと街を歩くが藤樹商店街の店は皆閉まっている。


「正月に開けても来る客はおらんしな」

「正月からパンク修理は入らないよね」


国道沿いのショッピングセンターでは初売りをしているみたいだ。


「年明け早々に人混みでもみくちゃになるのは苦手なんや」

「私も。インフルエンザにかかるリスクもあるからお勧めしない」


家に戻るとそこそこ良い時間。

「ねぇ、中さん。この火鉢は何に使うの?」


「餅を焼こうかと思ってたんやけど、食べる?」

「うん。お砂糖で食べようかな?」


「缶詰の餡が在るから開けようか?」

「何でも在るのねぇ」


火鉢に置いた網で餅を焼く。最近のお嬢さんには珍しく映るのだろう。

磯部さんは眼を輝かせて餅が焼ける様子を見ていた。


火鉢は物を焼けるのが良いけど背中が寒い。


「磯部さん。これ着ときなさい」

「おお~どてら。わ~大っきい」


「さて、焼けたな。たんとお食べ」

「いただきま~す。う~ん香ばしい。美味しいね」


「暴飲暴食に注意っておみくじで出てたから、気を付けて」

「わかってるわよ」


ヴォンヴォンヴォン…プワァァァァ~ン…パラリラパラリラ…

国道の方から騒がしいエンジン音が聞こえる。


「暴走してる奴が居るな…正月から元気なこっちゃ」


パウ~ウ~


「寒い中を追走する方も苦労様ね。晶ちゃんだったりして」


大島と磯部が火鉢で餅を焼いていた頃。


「そこのバイク!停止して!停止しなさいっ!聞こえんのかっ!」

(え~ん、寒いよ~お腹空いたよ~)


「高嶋02より各車へ。国道161号線を今都から大津方面へ追走中。応援求む」

「了解。各車向かいます」

「高嶋01向かいます」

「高嶋の2車線に入る前に停めるぞ」

「「「了解っ!」」」


葛城は爆音をまき散らして走るバイク集団を追走していた。


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