第136話 大晦日

 高齢化が進み、シャッターが閉まる店舗が増えた藤樹商店街だが大晦日となればそこそこの賑わいを見せる。


 そんな賑わいなど我関せずとばかりに大島とリツコは炬燵で暖まっていた。


「ねぇ中さん。大掃除はしないの?」

「コツコツとやってたから。汚い所ある?」


 リツコは部屋を見回す。なるほど。確かに蜘蛛の巣も綿ボコリも無い。


「一人で大掃除は大変やからな。常にやっとくんや」

「ねぇ、中さん」


「はい?」

「私の嫁になってくれないかな?」


「なんでやねん」

「それはさておき、昨日の事は覚えてる?」


「何が?布団に入って来た時?」

「うん。愛したものは皆離れるって言ってたけど」


「さあ?そんなこと言ったんかな」

「酔うと人は本音を言うものよ」


「言ったんかな?でも、皆が離れる事は無いと思うで」

「そうよ。解ってるじゃない」


「俺が愛するのは今となっては一つだけや。でもそれで良いんや」

「そうよ。ナンバーワンじゃなくてオンリーワンよ」


「ずっと一緒。これからもずっと付き合い続ける」

「うん。ずっと一緒。ご飯を食べてお正月が終わっても一緒!」


 何故か大島が自分の顔を見ているのに気付き、リツコは少し恥ずかしくなった。


「中さん……いいよ」


 リツコは目を瞑った……呼吸を止めて数秒待つが何も来ない。


「タコの八っちゃんみたいな口で目を瞑って何してるんや?」

「へ?」


 大島は不思議そうにリツコの顔を見ていた。


「ずっと一緒でこれからもって……」

「うん。この店とずっと一緒。これからも一緒に歩んでいく」


「店?店なの?!私は?!『一緒に暮らして君を幸せにする』じゃないの?!」

「じゃあ、とりあえず美味しいもんを食べて満腹になったら幸せ……」


「その幸せと違う!」


 結局、大島は仕事とメシの事しか考えていないのだった。


「これからも付き合い続けると言えばスーパーカブもやな」

「もうその話はいいから。ご飯」


 中華鍋でチャーハンと野菜炒めを作る。ワカメとモヤシ入りワンタンスープに溶き卵を入れて火を通す。


「もしかしたらモンキーも125になって復活するかもしれんな……」

「ご飯!」


 普段の昼食なら麺類が多いのだが今日は米だ。


「今日は年越しそばを食べるから」

「うん。お蕎麦大好き」


(チャーハンもスープも美味しいっ!野菜炒めのきくらげがまた嬉しい不意打ち)


 結局、大島の作る料理を食べて幸せな気分になってしまうリツコだった。


 昼食後、特に当ても無いが2人で散歩がてら街を歩く。


「昔はもっと店が多かったけど、跡継ぎが無い店が多かってな」


 和菓子屋で丁稚羊羹と饅頭を購入。


「ここの田舎饅頭が美味い。ついでにカステラの端も買っておこう」

「端っこだけ売ってるんだ」


「中さん。タコ焼き買って」

「いいよ。おばちゃん。2パックね」


「中ちゃんにも良い人が出来たんか」

「そんなんやないで」

「いいえ、そんなんです」


 大島の腕にしがみ付いたリツコを見たたこ焼き屋のおばさんはニヤニヤとしながら紅ショウガとカツオを大盛りサービスした。


「ホームセンターには寄らないの?」

「ホームセンターはな……」


 リツコは実家に居る時の大晦日は呑んだくれていたので知らなかったが、年末のホームセンターには困った人が多く出るらしい。


「レジで端数を値引こうと粘り倒す輩とかが居てな」


 今年は今都のホームセンターが閉店してそんな輩が多そうだから行きたくないのだと説明されたリツコは、何となく納得した。


「本屋に寄っていいかな?」

「私も何か読みたい」


 商店街の外れにある本屋は普段と変わらない様子だったが、カレンダーが売られていたり、売っている雑誌が正月特大号だったりした。


「12月は発売日が変わって大忙しですわ」

「来年こそオーバーホールせんとオイルばっかり喰うで」


 大島は料理本とバイク雑誌、リツコも小説と雑誌を買って店を後にした。


「磯部さんは何を買ったの」

「小説。ライトノベルってやつ」


 表紙には『モンキー』ホンダモンキーに乗った女の子とバイク屋の親父が描いてある。


「ふ~ん『全て失った男を救ったのは小さなバイク』ねぇ」

「ホンダモンキー50周年記念作だって」


(これ、モンキーじゃなくてゴリラやったら……)

(どこかで見たような話ね)


「中さんは何を買ったの」

「バイク雑誌と料理本や」


 大島が買った料理本の表紙は肉じゃがの写真が載っている。


「磯部さんを料理で幸せにしようと思ってな」

「暖かいものが良いな~熱燗に合う料理をお願い」


 家に戻ってタコ焼きを食べながら本を読む。気が付くと時計が5時前を指していた。


「晩御飯は、何にし・よ・う・か・な…っと。磯部さん、今日は呑む?」

「呑むに決まってるじゃない。何で?」


「年越しそばを食べるから軽めにしようかな~って」

「おまかせします。ビールに合う物でよろしく」


「余りもんを片付けようか」


 余り物や冷凍保存と言っても手作りの料理ばかりなのでリツコは気にしなかった。まずソーセージや焼き鳥でビール。煮もので熱燗と酒が進んだ。


 締めは梅干茶漬けをサラサラと流し込んで終り。


「お蕎麦がメインイベントだもんね」

「そうやな。天ぷら・油揚げ・ワカメに卵。何でもあるで」


「コロッケは?」

「え~胃もたれするやん。カロリーオーバーやで」


 それもそうだとリツコは納得した。


 夕食後、二人とも風呂に入って風呂掃除はリツコの担当。 大島は年越しそばの準備にかかった。


「お出汁の良い匂い。何か秘けつは有るの?」

「粉末出汁にカツオを追加してやると香りが引き立つんやで」


 あとは温め直して麺を入れるだけにしておく。


「一人で見るより誰かと見る方が楽しいね」

「磯部さん酒臭い」


 芸人が笑うたびに尻を叩かれる番組で落語家が格闘家にビンタされたのを見て


「そろそろお蕎麦やな。トッピングは?」

「全部!」


 茹でて湯きりした麺を丼に入れ、天ぷら・葱・油揚げを乗せて卵を割る。


「ここに熱いスープを流し込むと…ほ~ら」


 卵は白身が少しだけ固まって半熟状態になった。天ぷらは出汁を吸い込んで大きくなり、中央のエビからも出汁が出る。


「年越し蕎麦全部盛り。出来上がり」

「わ~い。お蕎麦~」


「いただきます」

「いっただきま~す」


 袋入りの特売の茹で麺。でも、年越し蕎麦もカップ麺で済ませていたリツコにはご馳走だった。


「あったか~い♪ 晶ちゃんも来れたらよかったのにね」

「初日の出暴走の警戒やろ?寒いのに大変やなぁ」


 ――――― 一方、大島と磯部が年越し蕎麦を食べていた頃の今都 ―――――


「ヴォンヴォンヴォヴォヴォン」

「パラリラパラリラ」

「ぱらぱぱぱぱらぱぱぱらぱ~」


「はい。そこの3人。停まって……停まりなさい!」


(え~ん。寒いよ~お腹空いたよ~どうして白バイが特別出動なのよ~)


 葛城晶は暴走族を捕まえていた。3人は今都中学の生徒だった。


(これがおじさんの言ってた今都の恐ろしさ・奥深さ…なのかな?)


 停めた3台の二輪車にはエンジンもペダルも付いていない。 自転車だった。


     ◆     ◆     ◆


 お腹一杯になってからは芸人が尻を叩かれている番組を見る。


「笑ってる間に年が変わっちゃった。明けましておめでとうございます」

「ホンマや。明けましておめでとうございます」


 大島サイクルの1年は終わり、また新しい1年が始まるのであった。



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