第131話 速人・オークションの罠⑥完成
朝5時半。いつもより1時間早起きした大島は刻んだ玉ねぎを炒めている。飴色になるまで炒めたら粗熱を取る。人参も細かく刻んで炒めておく。冷めたら冷蔵庫に入れておく。
「ひき肉・パン粉はあるな。あとはおからを買うて来ればよいか」
ハンバーグは案外手間が掛かる。
「段取り
先代に言われた事を呟きながら朝食の味噌汁を作る。 今日はシンプルな豆腐と油揚げの味噌汁。焼いた鮭と刻んだオクラ。物足りなければ卵かけごはんでもしてもらおう
「次は弁当やな」
刻んだキャベツと肉を炒めて焼き肉のタレで味付けした物。焼いたカボチャと炒めた魚肉ソーセージ、そして卵焼き。
「こんなんで良いのかなぁ?」
「充分よ」
磯部さんだ。今日も朝ごはんを食べにやって来た。
「おはようさん。いつも似た様な弁当でゴメンな」
「コンビニ弁当の100倍良いから大丈夫」
彼女曰く『コンビニの弁当はカロリーはあるけど栄養が無い』らしい。必要な栄養素が無くて満たされないから喰っても満たされないとかどうたらこうたら。俺は学が無いから解らない。
「もしかしてハンバーグの準備?」
「うん。下ごしらえだけでもやっとこうかなと思って」
「ねぇ、中さん」
「何ですか?」
「私の為に味噌汁を作ってくれないかな?」
「そこに有るやろ?自分でよそい」
味噌汁が目の前にあるのに何を言っているのだろう。
「じゃ、行ってきます」
「はい。お弁当。いってらっしゃい」
磯部さんを送り出してから店を開ける。あまり天気は良くない。布団が干せないと思いながら空を見ているとご近所が声をかけてくる。
「あの子は中ちゃんの何や?」
「朝ごはんを食べにくる女の子やで」
独身でいるのを心配して言ってくれてるんやと思うけど困る。
パンク修理が数件とちょこまかした細かな修理が数件。合間に中古車を整備。春になれば免許を取る学生が出てくるだろう。コツコツと集めたミニバイクを修理しておく。
昼ご飯は冷蔵庫の余り物で済ませる。今日はチキンライス。昨夜、少し多めに作っておいた。
昼を暫く過ぎた頃、速人と理恵がやってきた。とうとう二学期も終わり。学生たちは休みに突入だ。
「こんにちは~」
「こんにちは」
速人は作業するけど理恵は何をするのだろう?
「理恵は何をするんや?勉強するんか?」
「ううん、おっちゃんの様子を見に来た」
どうやら違うらしい。
「おっちゃん、リツコ先生と仲が良いんやって?」
ニヤリともニコリとも言えない笑顔で答える理恵のデコにチョップする。
「あいたたた……叩いたな! お父さんにも叩かれたことが無いのに!」
どこの新型だお前は。
「大人をからかわない。仕事場でふざけると怪我するぞ」
「リツコ先生の私生活を見るって聞かないんですよ」
そんな珍しいもんじゃないと思うけどな。理恵と変わらんと思うぞ、中身は。
「ご飯を食べに寄るだけやで?たまに泊まるけど」
「見せてもらおうか、高嶋高校一の美女の私生活とやらを!」
その高嶋高校一の美女は料理が出来ず、オムライスに喜び、ハンバーグを我慢するように言えば拗ねてしまうガキンチョのお転婆娘なんやけどな。
磯部さんの為に黙っておこう。
「これを組みたいんです」
速人が取り出したのはD社のカムチェーンテンショナーのアーム。テンショナーロッドが当たる部分が広くなった削り出しの物だ。
「これ、良い物やけどエンジンより値段が高いぞ」
「今積んでるモンキーをオーバーホールする時の為に買っておきました。これを組んでみたいです」
良い部品だけど見えない所の部品だ。
「良いと思うで。テンショナーのゴムも傷まへんしな」
カムチェーン・テンショナープーリー・ガイドローラー・スプロケット……等々、交換した方が良い部品や強化したい部品は交換しておく。
「何か殆ど交換になってしもたな。シリンダーも結局カブ70やし」
「でもオイル交換さえすれば何年も走れる耐久性ですよね?」
「テンショナーアームが良いから今のエンジンより良いかもな」
ヘッドを組み付けて完成。オイルを入れて何回かキックベダルを動かしてヘッドまでオイルを廻す。ヘッドも70用。結局、元の部品はクランクケースくらいしか残っていない。
「速人が自分で組んだから工賃は要らんけど、おっさんが組んだら部品込みで3万円は欲しい所やな。ジェネレーターはどうする?」
ジェネレーターはまだ買っていないらしい。
「ちょっと待っといてな」
葛城さんの廃車になったカブから降ろしたエンジンから発電機一式を外す。4速ランプの線は付いていないけど、まぁいいや。試運転だから。
海外製社外フレームに配線を付けただけのエンジン試験台。
「これに部品を付けたら走れるねぇ」と理恵は言うが
「書類もフレームナンバーも無いナンバーは付かんぞ」
新品で買った時から書類は付けてもらわなかった。フレームナンバーも無い。サーキット専用として売られていたが、昔の海外フレームは造りが悪い。サーキットを走らせるのは危険だろう。もちろん公道を走らせるなど言語道断だ。
キャブとスロットルを付けてキック数発。ベコベコと音を立ててエンジンが始動した。 扇風機で風を当てながら暫く回す。
「変な音だねぇ。何のマフラー?」
「知らん。パイプを繋いで作ってもらった」
「ホースで外にガスが出せるんですね」
エンジンの動くのを見ながらコーヒーとココアを飲む。
「変な音もしてないからギヤを入れてみるか」
1・2・3・4速とシフトペダルを踏んでいくとスプロケットが回る。4速スイッチとバッテリープラスに電球を繋いでみると点いた。3速にすると消えた。
「ここに配線を引けばランプを点けられる。プレス用でなくても良いな」
「このジェネレーターは駄目ですか」
「事故したカブから外した奴や。保証は出来ん」
「壊れても文句は言いませんから」
「じゃあ、あげる。保証無しで」
「はい」
エンジンは今日のところ、預かっておくことになった。
「また今度、箱を持って取りに来ます」
「ん、じゃあ預かっとくわ」
「飯を食って行くか?今日はハンバーグや」
「磯部先生の邪魔をすると悪いから帰ります」
「私はリツコ先生の私生活を見るぅ~」
「大人の世界を邪魔したらダメ。帰るよ」
何か激しく誤解されてる気がする。せっかく多目に仕込んでおいたのにのに、2人は帰ってしまった。まあいい。店を片付けて第二のお仕事だ。
さて、ハンバーグを作ろう。まずは手をしっかり洗う。
「せっかくのハンバーグにオイルの臭いが移っては台無しです……何やってるんや俺は」
ひき肉に用意しておいた玉ねぎ・人参・おから・パン粉を・卵を入れてこねる。粘り気が出てきたら大き目にまとめて空気を抜く。中央を凹ませてフライパンで焼く。最初は強火で周りを焼いて弱火でじっくり火を通す。
出て来た肉汁はウスターソースとケチャップを入れてソースにする。なかなか大きなハンバーグが出来た。会心の出来だな。焼けたらお皿に置いて次々と焼き溜めしておく。冷凍しておいて忙しい時に食べる。お弁当に入れるのも良い。ハンバーグはお弁当の花形スターだ。永遠の四番打者だ。
「ただいま~」
磯部さんが帰って来た。いや、実家じゃないんだから『帰って来た』はおかしい。
「おかえり。今日はハンバーグやで」
「やったね。久しぶりの手作りハンバ~グ~♪」
「久しぶり? そんなに大喜びする程?」
大人の女性が大喜びする程の事かと疑問に思った。磯部さんのお母さんは、お祖母さんが亡くなったあとは女手一つで磯部さんを育てたらしい。大学は東京で一人暮らしをしていたとか。働く女性は忙しい。自然と手の掛かる料理は冷凍食品やスーパーで出来合いのものになっていったそうだ。
「お総菜コーナーのハンバーグも悪くは無いんだけどね」
で、磯部さんが就職した途端にお母さんは再婚して海外に嫁いだので
「手作りのハンバーグは高校以来かな?」
「そうか。
「わぁ凄い……大きい」
女性に『大きい』と褒められて喜ばない男は居ない。何となくエロく聞こえるのは俺に邪念があるせいだろう。人として大きくありたいと思う。
「肉だと赤かな?ワインは良く知らないけど買っておいたの」
最近新刊が出た小説で登場したというワイン。あれ?白じゃなかったっけ? グラスに入れて呑んでみるとハンバーグの力強さと……何だこりゃ?
「うおっ! 何これ? 強烈やな!」
「ワインとハンバーグが喧嘩してる!ワインが暴れてる!」
「小説と全然違う!おかしいで!そもそもアレは白やろ?!」
「そうだっけ?凄い強烈な癖がある味がする」
ラベルには時分2016……ではなくて2時50分と書いてある。
「え?偽物?」
「が~ん。間違って買っちゃった。ショック」
「しかし、これは強烈な味やな」
「ラガーの方が良いや。呑みなれたラガーが良い」
結局、ワインは封印されてビールを出す事になった。
「あれは悪酔いするタイプのワインや。ある意味伝説やな」
「一杯の伝説ね」
その後、磯部さんは赤ワインを飲まなくなったのはまた別のお話。
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