第130話 速人・オークションの罠⑤組み立て開始

 プレスカブのエンジンを改造するのに必要な部品が揃った。消耗品以外の流用部品は一通りそろえてある。


「さて、何を組み合わせるかが問題や。どうする?」

「今のエンジンと同じでギヤだけ変えてみたいです」


「社外の80㏄とか88㏄。クランクを交換して100㏄オーバーも出来るぞ」


 俺の提案にどう答えるか。少し興味がある。


「いえ。今と同じでギヤだけ変えてみたいです。」

「せっかくケースを開けたのにか?」


「排気量まで換えると何を換えて良くなったか解らないのでギヤだけで。キャブも今のまま使えて耐久性の問題も無し。維持も楽かなって思います」


 なるほど。地に足の着いた間違いのない選択だ。良い部分はそのままで、その中で変化を求めるのか。悪くない。


「じゃ、作業を始めるか」

「はい」


 クランクケースの加工とベアリング交換はしてあるので部品を組み込む。


「まずは、4速用のシフトドラムにプレスカブのニュートラルスイッチローターや」

「新品ですか?プレスカブのドラムについてるのを再使用したらダメですか?」


「新品や。分解をせんと外せん場所やから安全策やな」


 カブのニュートラルスイッチのこの部分は長年改良されなかった部分だ。200円もしない部品が不良でエンジン全分解なんて馬鹿馬鹿しいから新品を使う。


「ミッションは海外製やけどローが90と一緒のギヤ比。発進加速が伸びるで」

「坂道は大丈夫ですか?」


 カブの1速は積載状態で急坂を走る為の超ローギヤードな設定。


「ボアアップして1人乗りのモンキーやったら大丈夫やと思う」

「何か珍しく不安な返事ですね」


「Dax70の1速よりは低いから大丈夫やろう」

 Dax70の1速の変速比は2.6かそこらだったと思う。今回のギヤは約2.8。これ位の変更なら坂道でも大丈夫だろう。


 オイルポンプの駆動ギヤ・スピンドルをケースに組み込む。


「細いスピンドルを使うんですね。軽量化ですか?」

「いや、90のオイルポンプを使うから」


 これ位の軽量化が有効とは思えないが、今後ロングストロークのクランクに交換する場合に備えて交換しておく。ベアリングにオイルを垂らしながら組み込む。 速人は経験済みなので作業は比較的スムースだ。


 シフト関係はギヤ以外を中古部品で揃えた。オークションを見ているとミッション・シフトドラムはセットで売ってもギヤシフトアームは別で売ってることが多い。案外高価だから出物が在ると仕入れている。


 出来れば部品は新品が良いけどね。


 社外品ミッションの4速ギヤだけカスタム50の物と交換。90用のミッションだからスペーサーを入れて使う所だけど、カスタム50の凸ありのギヤを使えば良い。理恵や速人に組んだミッションで余ってるからという理由でもある。


 シフトチェンジの動作を確認してクランクをセットしてからケースを閉じる。仮止めしてもう一度チェンジが出来るか確認。本締めしてシフト不良だとガスケットが無駄になる。社外ガスケットは色がにぎやかだ。


「ちょっとした事で雰囲気が変わりますね」

「そうや。このパチモン感が面白いやろ?」


 プライマリーギヤはカスタム50用。少し厚みが薄くフリクションロスが減る。軽量化と言う意味合いもあるけど気分的な物だろう。


「違いが出ますか?」速人は尋ねてくるが、わかったらプロになれるとしか言えない。


「オイルポンプのブッシュはキチンと入るか気を付けてな」

「はい。きちんと入りますね。これは当たりのケースですね?」


 当たりかは解らないけど、ブッシュの収まりの悪いケースはあった。


 クラッチはいつもの90用の流用。ワンパターンと言うなかれ。定番だ。

 遠心クラッチ周辺・キックスピンドルのスプリングを組んでケースを閉じる。


 ここでシフトスピンドルのオイルシールを組む。


「リップの所にシリコングリスを盛る感じで」

「どうしてシリコングリスなんですか?」


「ゴム・樹脂を傷めないのと、熱に強いからや」


 スピンドルのスプラインにテープを巻いてから押し込む。


(コンドームを被せるのも悪くないけど、少年に見せるのはチョットな……)


 ボルトを仮締めして、トルクレンチで本締め。これでクランクケースの右側は終わり。


 今日はここでタイムアップ。


「次は左側とピストンやな。まぁボチボチ行こう」

「はい。週末ですけど大丈夫ですか?」


 大丈夫も何も今まで日曜とか来てたのに。


「ん?何を遠慮してるんや?」

「おじさんの彼女は怒りませんか?」


 何か勘違いしているらしい。


「おっさんは彼女なんかおらんぞ?」

「平日に料理してるのは何でですか?」


「料理が出来ん知り合いがいてな。食べに来るんや」

「女の人と?」


「そう。女の子がご飯に来る。姪っ子みたいな駄々っ子」


 ヴゥロロロ・・・磯部さんのカブの音だ。


「中さん♪ 晩御飯はな~……あら? あなたは……」


 磯部さんの御転婆モードが一瞬で仕事モードに変わった。面白い。


「いらっしゃい。急いで支度しますから。ゆっくりしといてな」


「な?女の子がご飯食べにくるだけやろ?」

「磯部先生と仲良くしてるんですか?」


 そうだ、酔っぱらってから飯を食いに来る自称仔猫に餌付けしているのだ。


「ん?何か変か?」

「はぁ……じゃあ、また来ます」


 何だか納得していない様子で速人は帰っていった。


 磯部さんがくつろいでいる間に食事の仕上げをする。オニオンスープを温めながら卵を溶く。今日はオムライスだ。仕込んでおいた鶏肉・玉ねぎ・冷や飯をフライパンで炒めてチキンライス。温まったスープは一旦コンロから降ろしてフライパンをセット。


「晩御飯はオムライス?」

「うん、オムライス。卵はどうしよう?流行の柔らかい奴?」


「昔っぽいのが良いな。包んであるやつ」

「OK。冷蔵庫にサラダが在るから出しといてな」


 薄焼き卵へチキンライスを乗せてフライパンをトントントン……なぜ包まるかは解らない。昭和の洋食屋で出るオムライスが完成だ。


「はい。オムライス出来上がり。先に食べ始めといてな」

「中さんは?」


 こっちは流行のフワフワ卵のオムライス。盛ったチキンライスの上にオムレツを乗せる。


「これに切れ目を入れると……ほーら」

「わぁ」


 半熟の卵がチキンライスの上に広がり、磯部さんが驚きの声を上げる。


「ま、味は一緒やけどね」

「見た目は華があるわね」


 飯を食いながら週末の事を伝えることにした。


「週末やけど、今日来てた本田君がエンジンを組みに来るんやけど、かまへん?」

「私のご飯は?お泊りしたいんだけど」


 生徒の手前、独身男性の家に泊まりに来ているのを見られたく無いのだろう。


「磯部さんが寛げないかな~って。どうもない?」

「私はいいけど、生徒が来るならお化粧しないとね」


 生徒の顔を見た途端に普段のリラックスムードの顔が引き締まった磯部さん。生徒の前では教師らしくいなければいけないのだろう。


「大丈夫。私も中さんのバイク触ってる所を見たいし、ゆっくり出来るし。でも、ご飯はどうするの? ハンバーグは?」


 しまった。作業をすると手が汚れる。オイル臭いハンバーグなんて食いたくないな。


「それはまた今度……じゃダメ?」

「……」


 頬を膨らませてめっちゃ怒ってる。プンスカとオトノマペが見える。


「俺の手作りでなくて良いなら何とか」

「手作りじゃなきゃイヤ」


 困ったお嬢さんやなぁ。仕方が無い。何とかしよう。明日はジェネレーター側から始めてシリンダー組み付けだ。エンジンの組み立ては簡単だが、料理の方をどうするかと悩む。


 はてさて、磯部さんが所望する手作りハンバーグはどうして用意したものか?

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