第129話 速人・オークションの罠④消耗品

今日も大島サイクル前に配送のトラックが来た。

「え~っと、バイク部品ですね」

「ほい。認印。ご苦労さんです」


速人のエンジンの為の消耗品が来た。ガスケットキット・ローラー類。

クローワッシャにOリング。普段は使わない社外品だ。


社外品のガスケットは色が違う。使うと雰囲気が変わるので

今まで使わなかったが、純正より安いので今回は使う事にした。

品質テストの意味合いもあるが、悪いレビューもないし、大丈夫だと思う。


クランクピンのクリップが付いているのは良いと思う。

一応75㏄用を買った。ヘッドガスケットを交換すれば他の排気量にも使える。


クランクシャフトはカブの50・70・90の中古・新品が在る。

シリンダーも各種在庫有り。それに対応したクラッチもある。


マニュアルクラッチにする部品も一応ある。これは中古。

大石サイクル時代からの不良在庫だ。ずっとある。


不良在庫とは言え助けられた事もある。


店が傾きかけた時に大石の爺さんが溜め込んでいたOHV・6Vのエンジンが

プレミア価格で売れた。古いカブの部品や外装もマニアが高値で買った。

おかげで金融屋に現金一括で返済出来た。


店を継いだときに「お前が困った時はこれを売れば良い」と言われたが、

まさかの高値で売れた。そんな事が有ったから古い部品が捨てられない。


部品は揃ったから後は組み付けるだけだが、クランクケース洗浄と

ベアリング交換がある。カブのベアリングは1か所面倒な所がある。

ベアリングの穴が貫通しておらず、裏から叩き抜く事が出来ないのが1個。

特殊なベアリングプーラーで外すが、昔はアンカーボルトで抜いていた。


特殊な工具が手軽に買えるようになったのは不景気になってから。

昔はプロ御用達の専門店でしか買えなかった工具が素人でも買える。

良い時代になったものだ。


工具店にとっては受難の時代かもしれない。訳が解っていない一般人を相手の商売。そこまでしなければ商売が成り立たないって事だろう。


ベアリングを抜いて洗浄したクランクケースはヒーターで温めておく。

ベアリングは冷蔵庫で冷やしておく。ベアリングは鉄?ステンレス?どちらでも良いが

なるべく縮ませる。クランクケースの穴は温まって広がっているから

クリアランスが広がって挿入しやすく、ケースへのダメージも減る・・・気がする。


ホカホカのケースにベアリングを挿入。ソケットレンチのコマを当てて

ベアリングの外周を軽く叩けば挿入完了。


『しっかり暖める・滑りを良くする・優しく・・。女性の扱いと一緒や』

大石の爺さんが言ってたけど、今思うと下ネタでもあるな。


ご近所と話をしたりしている間に夕暮れ。田舎の日暮れは早い。

シャッターを閉めて磯部さんが来るのを待つ。


夕食の献立はカブのエンジンを組み立てる以上に難しい。


味噌汁・肉野菜炒め・冷凍庫から出したひじき煮物・・・若干手抜きな感がある。

ご飯をワカメご飯にして・・・あまり変わらないか。


引き肉を辛めの味付けで炒めて、切れ目を入れた厚揚げに詰めてオーブンで焼く。


そもそも男の一人暮らしやったからレパートリーがない。

せっかく寄るのに1週間連続でカレーって訳にも行かんしなぁ。


ボイラーとストーブのタンクへ灯油を入れたり、お風呂を入れていると

あっという間に時間が過ぎる。


「ただいま~。あ~寒いっ」磯部さんがやって来た。


お風呂から上がった磯部さんは厚揚げを摘みながら熱燗を飲んでいる。

今日は泊まるつもりらしい。

「暖かい家でご飯が待ってる。最高ね」

「夕食の献立で悩むけど、何か食べたいもの有りますか?」


「特に思いつかない。満ち足りてるもん」

それが一番困るけど、わかる。あれが食べたいとか思うのは食べてないからだ。

料理が出来ず、ろくな食生活をしていなかった彼女に考えさせるのは無理か。


食事をしながら食事の話をするのもどうかと思うが、お互い食べるのは好き。

母親の料理の話や好物の話は尽きない。


「あ、あれが食べたい。オムライス!」

ふむ。チキンライスと卵でササッと出来るな。

「・・・・やってみよう」


「あとね、ハンバーク。手作りの大きなハンバーグ!」

これは少し手間がかかる。きれいな手でないと出来ないから日曜だな。

玉ねぎも飴色になるまで炒めんと美味しくないから時間が掛かる。

「手間がかかるから日曜やな」


「ミートボールの入ったスパゲッティとか」

娘が無事に生まれていたらこんな感じだったのだろうか。


晩御飯の後、磯部さんは倉庫の主のエンジン始動に挑戦した。

今日もエンジンは掛からなかった。




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