第128話 速人・オークションの罠③分解中

 今日も店にはオイルとコーヒーの香りが漂う大島サイクル。おっさん二人がコーヒーを片手に何やらバイク談義に夢中である。


「ふ~ん、オークションでなぁ。買うならソロの方がエエやろ?」


 安井はフラリと平日に現れる。


 長年の付き合いだが大島はこの男の仕事を知らない。向こうが話さないのだから、こちらが聞くのも変な話かと思い数年が経つ。


「ソロなぁ。タマ数が無いわな」


 登場時は少しは話題になった気がするが、売れなかったのだろう。気が付けば絶版となり、中古でも高値が付かない微妙な原付ホンダソロは趣味性が高いバイクなので過酷な状況で使われることが少ない。実際、オークションで出てくるエンジンは比較的程度の良い物が多いらしい。


「ボアアップして四速ミッションやったらウチのカブに載せたいところやけどな」

「買うんやったらナンボくらい?」


「う~ん、四万ちょっと位が相場と違うかぁ?」


 中古エンジンが約五千円、ガスケット・パッキン・その他消耗品・手間賃。ざっと儲けを計算する。


「ベースのエンジンを安く仕入れても利益は一日の飯代かなぁ」

「海外製の怪しい部品で組んだら安いけどな」


 確かに安井さんの言う通り海外製の部品は安い。だが品質にばらつきが大きい様に思う。中国製の部品は最初のロットが良くて次に注文したらダメだったりする。


「当たりやと万歳やけど、外れやとお手上げやなぁ」

「どっちにしろ手を上げるんか」


 純正部品は値上がりしてる気はする。売るにしても速人が自分で持つにしても、あまり大金は掛けられないのが現状だ。


「純正や無うて社外品を使ったらどうや?D社・K社辺りで安いガスケットセットとか。純正にこだわらんでも良いやろう?」


 なるほど、そういう手もあるか。ちょっと安井さんの意見を聞いてみるか。


「ガイドローラーとか消耗部品も社外性があるやろ?P社とか」


 モンキーのエンジンは部品を出しているメーカーが多い。社外品も沢山ある。


「ヘッドはそのままで行けるボアアップキットとか」


 まぁヘッドがノーマルでもパワーは出るな。二種登録も出来るし。


「ピストンだけハイコンプにする手もあるわな」


 これは却下。排気量がそのままでも二種登録出来ない。


「ところで大島君よ。お前、女の子を連れ込んでるらしいな」


 うん。良く来る。今日も夕食の支度を……って、おい。


「何で知ってるん? 誰かから聞いたんか? 何処からの情報や?」

「お前は秘密にしたつもりかも知れん。でもワシは知っとる」


 だから何で?やましい事はしてないけど。


「まぁフライングだけは気を付けぇや」


 コーヒーを飲み終えた安井さんは要らぬ一言を言って帰った。


 鍋を煮込みながら仕事を続けているうちに夕方になった。今日も速人はエンジンを弄り続ける。


「腰下次第ではこのエンジンはゴミや。その時は諦める様に」

「はい。出っ張った所を叩いて……よいしょっと」


 なかなかケースが分離しない。もしかすると整備歴が無いのだろうか? クラッチ側は全く剥がれる様子が無い。速人は分解の経験はあるので夕食の準備と並行して作業を続ける。


「クラッチ側に分解の形跡が無い。スラッジはそれなりか」

「クラッチのビスも触った形跡が無いですね」


 カゴが大きいと言う理由でプレスカブを買う者も居るそうだ。


「もしかするとカゴ目当てで買って、普通のカブとして乗ってたんかもな」

「ケースの突起もあまり削れてないですね」


 ジェネレーター側のボルトも全部抜いていよいよクランクとご対面だ。


「比較的きれいですね。距離は走ってないのかなぁ?」


 問題はベアリングの穴が緩くないかだが、プラハンで軽く叩かないと抜けてこないくらいだから悪くない。


「ベアリングの在庫はあるから換えてしまおう」

「ベアリングは案外安いんですよね?」


 せっかく開けたのにベアリングが傷んで再び開けるのは馬鹿馬鹿しい。ベアリングを換えた事でとても滑らかになることを讃えた曲が在るくらいだ。


 ♪~♪~

(滑らかに回るベアリングに驚いた歌を歌っています)


 上手い事夕食が出来た。火を止めて味を浸み込ませる。


「さて、程度は思ったほど悪くないし、部品も使える。どうする?」

「今乗ってるモンキーと同じくらいの速さが良いですね」


「今日はここまでや。ケース内の洗浄とベアリング交換はやっとく。どんな改造をしたいか考えてまたおいで」


「はい。じゃあ、また来ます」


 速人は明日はバイトで来れないらしい。その間に消耗品は届くはずだ。


 速人が帰るのと入れ替わりで磯部さんがご飯に来た。


「ただいま。晩御飯は何?お味噌の匂い?」


 何と言われても困る。


「解らん。お袋が適当に作った料理やから名前が無い」


 里いも・コンニャク・天ぷら・ちくわ・人参を甘めの味噌で煮込んだ料理。強いて言うなら『大島家の芋煮』と言ったところか。


 天ぷらと言っても白魚のすり身を揚げたもの。地方によっていろいろな呼び名があるらしい。正式な名称?知らん。さつま揚げと袋に書いてある。


「下宿させてくれたら呑めるのに。これで呑んだら酒が進むのに」

「親父が酒呑みでな、御袋の料理はそれに合わせたもんかも知れんなぁ」


 この芋煮、里芋とコンニャクのおかげだろう。非常にお通じが良くなる。入れる物を入れて出すものを出さないとパワーが出ないのは人もエンジンも一緒。


「中さんはお酒に合う料理ばかり作るから困っちゃう」

「お酒に合う料理はご飯にも合うんやで」


 俺の父は酒を呑む方だった。昔の役場は呑めない者は仕事にならなかったと高校生の頃に聞いた記憶がある。酒を呑んでバリバリ仕事をしていた父。いろいろ食べたがる父に文句を言いながら料理していた母。二人を事故で亡くして十数年。その後、婚約者も亡くして一人で過ごしていた日々だったが……。


「お行儀が悪いけど、え~いっ」


 芋煮をご飯に掛けて食べる磯部さん。子供の様な無邪気さだ。


「おおっと。磯部さんはわかってるねぇ」


 俺も続けて芋煮をかけたご飯を掻き込んだ。


(誰かと一緒に暮らすのも悪くないかもな)


 磯部の食べっぷりに少しだけ心動く大島だった。

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