第122話 理恵・1992/12/12
翌日、大石と理恵は駅前に有る平和堂で服を買った。
「私の時代はね、161号バイパス沿いに移ったんやで」
「これ、人がいる所で未来の事は言うたらアカン」
「アスピーは中の店が何か変になって改装されて……」
「未来の事は喋るなというのに」
大石に借りたジャンパーを着て野球帽をかぶる。どちらも大きくてブカブカだったが、周りも大き目の服を着ているので目立たなかった。どうやらこの時代の流行らしい。
「何か古臭いね」
「当たり前や。お前からしたら大昔やで」
周りからすれば孫を連れた祖父に見えるのだろう。何も言われない。
シャツとトレーナーを購入。十八日までとは言え女の子。男の子の様に凹凸が無いとはいえそれなりの格好をさせておかなければと思ったのだが、大石には若い者の好む服がわからない。
(汚い格好をさせる訳にはいかんからなぁ)
「せっかくや。街を見て回るか」
「うん」
大石の運転で郡内を巡る。一九九二年は市になる前の高嶋郡安曇河町だ。理恵の知る店はまだ建っていない。バイパス沿いのハンバーガーショップ・スーパー・道の駅・パチンコ屋……等々。殆どの場所は減反政策で放置された水田だったりする。
「田んぼばっかりや」
ホームセンターは今都以外に無いらしい。必要な物は職人御用達の店で買う時代。理恵の時代ではシャッターが多い藤樹商店街も活気が有る。
「昔の安曇河ってこじんまりした町やなぁ」
失礼な言い方ではあるが大石は否定しない。
「そうやな。何でもかんでも今都中心やな。自衛隊の助成金があるからな」
この頃は今都出身の社会科教師が安曇河中学で「今都は金持ち。お前ら貧乏人」と言っても咎められない時代。その教師が「俺は剣道部の顧問だから竹刀を振るのは当然」と普通に生徒を叩いていた時代だと理恵は大島から聞いた記憶がある。
理恵が見慣れた街になるにはもう数年の時間が掛かる。
「私の時代は安曇河は結構何でもあるよ。ハンバーガーショップもレンタルDVDもホームセンターも揃ってる。逆に今都は寂れたかな?」
「未来の事は言うなと……まぁええわ。俺は老い先が短いからな」
「カブも
「インジェクション?大きいバイクのアレか?」
「『排気ガス規制をクリヤした名機やぞ』って大島のおっちゃんが言ってた」
「こんな小さいバイクに排気ガス規制なぁ」
「で、そのまま二十一世紀。カブが中国製になったんやで」
「ほう。二十一世紀でもカブは走ってるんか、でも中国製は寂しいのぅ」
「一億台も売れたんやで。凄いなぁ」
「何と、一億台か。お前さんの友達も乗ってるんか?」
「うん。大島のおっちゃんがボロをキレイにして売ってる」
「大島君がなぁ……そうか、しっかり教えとかんとアカンな」
「大島のおっちゃんもやけど何でカブなん?何が気にいったん?」
ふむと少し考えて大石は返事をした。
「おっちゃんはな、カブがデビューした時に試乗したんや。二ストに比べて静かでな、オイルも喰わん。お前さんは知らんと思うけど、当時のカブは高性能車でな。おっちゃんは心を奪われたままや」
理恵は少し驚いた。理恵の時代ではカブは遅いバイクの代名詞。昔から作られているクラシカルな仕事バイクという印象だからだ。
「ちょっと書類を出すから役場に寄らしてな」
「あたしも付いて行って良い?」
大石に付いて行った安曇河町役場は理恵には不思議に見えた。
「アホンダラ!ウダウダ言うてんと穴ぐらいレミファルトで埋めて来い!」
「おう。ほな、おんさん。行って来るわ」
「コラ
理恵の知る高嶋市役所より活気がある様に見える。
「あれが大島君の親父さんや」
「何か無茶苦茶元気なおっちゃんやな。土建屋さんみたい」
「土木と税務ばっかりに居るとああなる」
「あの武川って呼ばれてた人、高嶋市の偉い人になってる」
「お調子者の武川君が?……高嶋郡も終わりやな」
「郡じゃなくって市やけどね」
「お~い大島さん。ちょっとええか~」
「お?大石さん。何か用け?」
大石と大島の父が何やら道路の使用許可やらの話をしている間、理恵はプラプラと自販機の方へ行った。
「安っ!コーヒーが九〇円!」
役場の職員用で儲けは考えていないから安いのだが、理恵は驚いた。ジュースを買って土木科へ戻ると話が終わったらしい。
「ところで、またウチの坊主が関わってるとかは無いな?」
「いや、実験や。
「ほなええわ。あのクソ坊主、死にかけてるのにまだ自転車で……」
怒り心頭でぼやく大島の父を見ながら二人は各々思った。
(めっちゃ関係あるで!)
(今の中君には関係ないで…今はな)
「おっちゃん。終わった?」
「お、終わったで。行こうか。ほな大島さん、おおきに」
再び軽トラで町内を巡る。華やかではない。でも市になってからよりも活気が有る高嶋郡安曇河町。理恵には合併が間違いと思えて仕方が無かった。
「わ~子供が一杯いる。学校もきれいやなぁ」
「子供がいっぱいいるのは普通やろ?」
雷が落ちるはずの時計台が有る小学校は子供の声で賑やかだった。
「あれに雷が落ちて……となると、電線を引いて消防車庫前やな」
「映画みたいやね。途中でコンセントが……」
「集電は電柱の間に銅線を張って、ゴリラにポールを付けて」
「やっぱりそうなるね。タイムマシンのテンプレ通り」
「準備をせんとな。電気関係に強い奴で口の堅い奴に…」
「ダンスパーティーでジョニービーグッド……」
「……」
「?」
ポカリッ!
「あ痛っ!叩いたな!お父さんにも叩かれた事が無いのに!」
「真剣に聞くか、このまま大島君の後輩として生きるか選べ」
少しふざけ過ぎた様だ。理恵は反省しておとなしく話を聞いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます