第121話 理恵・2017/12/11
バイクに乗っていて気持ちが良いのは晴れの日である。だが、通学でバイクに乗る者は雨であろうが風が吹こうと乗らなければならない。とは言え高嶋高校へ行くには電車もあるので雨の日は電車で通う者も居る。
「ふ~ん。蒼柳小学校の時計台に雷が落ちて二十五年なんや」
「理恵、今日は電車で行くんと違うんか?」
「あっ!」
配られてきた市の広報を読んでいるうちに電車の時間に遅れてしまった理恵。
「……という訳でこれを読んでたらゴリラで来る事になってしもた」
広報を見せながらゴリラで来た理由を綾・速人・亮二に話した。
「ふ~ん。一九九二年の十二月十五日〇時三十四分ね~」
「僕は真旭だからかな?聞いたことが無いや」
「俺も小学校は別だからなぁ」
「で、理恵はこの雨の中をゴリラで帰る訳だ」
「時計台みたいに雷が落ちてきたりして……」
「風邪ひくなよ」
余談だが、大島はエアーフィルターは全天候型を選ぶ。「理恵みたいに、雨でも乗って行く奴が居るからな」等と言っているが、そんな読みが見事に当たった訳だ。少しの吸気抵抗の低減より使い勝手を良くしてあるのだ。
高嶋市の在る湖西地域では雪が降る前触れに『雪起こし』と呼ばれる雷が伴う雨が降る。
「う~冷たい~」
雨の国道一六一号線バイパスを理恵が乗ったホンダゴリラが走る。先ほどから空はゴロゴロと不気味な唸り声をあげて居間にも雷が落ちて来そうだ。
ズッドーン!
「うひゃあっ!」
ピッシャーン!
「のわ~っ!」
雨と雷の音でかき消されているが、大騒ぎである。
「カミナリに直撃されたら死ぬ!絶対死ぬ!」
(早く帰らんとヤバい!ゴリラちゃん頑張れ)
スロットルは全開。理恵は少しでも空気抵抗が減る様に伏せた。
ズッド~ン!
道路灯のポールに雷が落ちた。雷が濡れた地面を伝い理恵に襲い掛かる。
その瞬間、ゴリラのメーターが閃光を発して理恵を包み込んだ。
「うひゃぁ?!」
驚いた理恵はブレーキをかけてゴリラを路肩へ寄せて停めた。周りを見回すと雨が嘘だったように地面が乾いている。
「あれ?雨が止んだ?カッパ脱ごうっと」
バイパスを降りて雨合羽を脱ぐ。多少の違和感を覚えつつ、理恵は再びバイパスへ戻り、ゴリラを走らせ続けた。
「あれ?通行止め?何で?」
真旭に入り、安曇河へ走ろうとしたが、本線への道がバリケードで塞がられている。仕方が無いので理恵はバイパスから側道へ降りた。
「工事かなぁ?防災無線では何も言ってないし、ナウ高嶋にも入ってないし……あれ?何で?」
ふと見上げると空が広がっている……空?
「バイパスが無い?あれ?ここのお店って閉まったんじゃなかったっけ?」
理恵は不思議に思いながらバイパスを走る。蒼柳北の交差点を曲がり、自宅へとハンドルを向けた。
「ただいまぁ」
「どちら様?」
ドアを開けると亡くなったはずの祖母が出て来た。
「お祖母ちゃん?!何で?!」
「誰がお婆ちゃんや!あんたは誰や!どこの子や?」
「ここは……わ……白藤さんのお家ですよね?」
「そうやけんど、うちの子の友達か?バイクなんか乗ってどこの不良や!」
何が何だか解らずに理恵は自宅から逃げる様に走り出した。
「何で?何で?何で~!」ゴリラを走らせて大島サイクルへ。
「おっちゃんなら何か知ってるかも……道の駅安曇河が無い!何で!」
よく見ればハンバーガーショップも平和堂も何も無い。有るのは田んぼと砂利。理恵はパニックになりながらゴリラを走らせた。
「無い!アヤハディオもコンビニも無い!何で!」
訳が解らずゴリラを走らせる。何故か商店街は賑やかだ。知らない店が有る。
パニックになりながらゴリラを大島サイクルの店先に停める。
「おっちゃん!大変や!訳が解らへん!何が有ったんや!バイパスが無い!」
「ん?バイパスはずっとあのままやろ?お嬢ちゃんは何言うてるんや?」
飛び込んだ店には老人と学生カップルが居た。
「おっちゃんの知り合いけ?」
一人は理恵の知る顔だった。大島だ。学生服を着た大島が女の子と座っている。
「おっちゃん?なにしてんの?コスプレ?」
「ん?何がや?」
理恵は大島に話しかけたつもりなのに老人がこちらを振り向いた。
「いや……お爺ちゃんに言ったんじゃなくって」
「僕に言ったんか?僕は高校生やで」
大島は『何やこいつは?』みたいな顔で理恵を見ている。
「中ちゃんの知り合い?」
女の子が首をかしげた。どうも話が嚙み合わない。
「ブレザーって事は安曇河高校の生徒か?」
「おっちゃん。柄が違うで。安曇河高校やないで」
「あなた、お名前は?」
「え?何?おっちゃん……私の事が解らへんの?」
「いや……僕、高校生やし」学生服の大島は戸惑いながら答えた。
理恵の前に居る大島のおっちゃんに似た少年は禿げていない。『中ちゃん』と言われているから間違いはないはず……少し若い気がするけど。
「お嬢ちゃん、訳ありやな。まぁコーヒーでも飲んで落ち着き」
理恵にコーヒーが出された。
「僕は桜ちゃんを家に送ってもう1回来るわ」と言って大島は桜と二人乗りで行ってしまった。
「さて、話を聞こか。私は大石。ここの店主です」
「え?、ここは大島サイクルじゃないの?」
「看板を見てみ」
理恵が表に廻って看板を見ると『大
「な、大石サイクルやろう。お嬢ちゃんお名前は?」
「白藤です。白藤理恵。高嶋高校の一年生」
「住所は?白藤っていうのは安曇河で多い名前や。安曇河町の子か?」
「高嶋市安曇河町の××○○。郵便番号は〇○○の××××」
理恵が住所を言うと大石は不思議に思ったのだろう。怪訝な表情をした。
「市?高嶋は郡やで?郵便番号も間違うてないか?免許見せてみ」
「はい、免許」
しげしげと免許を見る大石。
「ああ、本当に市になってるな。平成二十九年取得?玩具みたいな免許やな。こらまたえらい小さい。アンタと一緒で子供サイズやな。偽造するんやったらもう少し大きせんと。ほれ、これがほんまもんの免許」
大石は免許を見せた。理恵の免許証より一回り大きな免許証だ。
「偽造じゃないもん。頑張って取ったもん!」
「あのなぁ、もう少し誤魔化して作らんと。今は平成四年やで?」
「平成4年……ふーん。二十五年前かぁ……二十五年前?!」
「もしかして
「じゃあ、さっきの男の子は二十五年前の大島のおっちゃん?」
「大島君か?フルネームは
キキィッ!
ブレーキの音がして自転車が停まった。
「おっちゃん。自転車直った?」
「もうちょっと待って!えっと、とりあえずアンタはワシの友人の孫。ええな?」
「うん」
顎で『奥に行け』と合図された理恵は店舗裏の大石の自宅で待つことにした。
「おっちゃん。あの子は何?けったいな子やな」
「ああ、ワシの友達の孫でな……」
二人の会話を聞きながら理恵は待ち続けた。しばらくするとシャッターが閉まる音が聞こえた。
「お~い、店においで~」
呼ばれたので理恵は店に入り、大石の前に座った。
「にわかに信じられんけど嘘とも思えん。詳しく聞かせてくれるか?」
「えっと、何から話したらええんかなぁ。雨の中を走ってたら、雷が落ちてきて、それから……」
大石の問いに理恵は正直に答えた。一九九二年と言えば理恵にとっては生まれる前の歴史の世界。二〇一七年は大石にとっては二十五年後の遥か未来。お互い信じられなかったのだが……。
「でもなぁ。アンタの乗って来たゴリラは十二ボルト電装やしな。今年買ったにしては何となく使い込まれてるし、フレームは妙な塗装がされてるしなぁ」
一九九二年、ホンダモンキーと兄弟車のゴリラは十二ボルト電装となり、ヘッドライトやウインカーなどの電気関係が強化された。理恵のゴリラももちろん十二ボルトの電装。だが、外装は大島がスプレーで塗った素人塗装。フレームは紛体塗装がしてある。新車ではないのは一目瞭然だった。
プカリとタバコをふかしながら大石が話す。この頃は理恵の時代ほどタバコに煩くない。大石に悪気があって吸っているのではないが、理恵は少し嫌だった。
「おっちゃんは六ボルト電装のモンキーは部品が出ない物もあるって言うてた」
「二十五年経ったら部品も出んやろうな。話の辻褄は合うな」
理恵はスマホの画面を大石に見せた。
「小さい薄いテレビか。うん。大島君やな。年は取ってるけど間違い無いな」
「これは電話やで」
「電話?これが?」
携帯電話を持っているだけで贅沢な時代。大石には高校生が携帯電話を持っている事が信じられなかった。そもそもこの当時の携帯電話は持つ者が少なく、大石が見た事の有るのはトランシーバーくらいのサイズの物だった。しかも薄くて小さい。携帯テレビにしても小さすぎる。
「ゴリラを買った時の記念写真。この店の前で撮った」
「これのバイクは大島君が作ったわけか。にわかに信じがたいけんど。」
「信じてくれる?」
「う~ん」
大石は腕を組んで唸っている。
「元に戻りたいけど……どうしよう?」
「とりあえずウチに泊まるか?じっくり考えてみよう」
「良いの?」
「良いも何も、未来のウチのお客さんやからなぁ」
「家に行ったらお婆ちゃ……若い頃のお婆ちゃんに追い返された」
「生まれても無い孫が急に来たら驚くやろな」
「私が知ってるのは病気で弱ってからやったから驚いてしもた」
「元気な奥さんやからなぁ」
理恵は大石の言葉に甘えて泊めてもらう事にした。家の中は大島の住んでいる時とそれほど変わらない。ブラウン管のテレビは理恵も知っているから懐かしくは無かった。ただし、テレビから流れるCMの曲は聞き覚えがあった。理恵が小さな頃から聞いていた大島の鼻歌と一緒だった。
夕食を食べながら理恵は自分に何が起こったかを話した。
「雷に撃たれて時間転移か、映画みたいやな。また雷に撃たれたら戻るんかな?」
「雷の場所さえわかったら撃たれに行くんやけど」
平成四年の十二月と言えば何かが有った気がする。理恵はふと思い出した。
「そう言えば、蒼柳小学校に雷が落ちて時計が止まったとからしいけど」
「いつや?詳しい時間は解るか?」
「十二月十五日の……〇時三十四分やったかなぁ?」
カバンの中から広報を出して確認した。
「うん。一九九二年十二月十五日〇時三十四分」
大石が新聞の週間予報を見て眉間に皺を寄せた。
「なんでテレビで見んの?」
「まだニュースの時間と違うやろ?」
一九九二年はまだテレビのデータ放送は無く、天気はニュースか新聞を見るしか情報源が無かった。
「晴れになってるぞ?雨が降るんか?……まぁお前さんの方が正しいか」
どちらにせよ十五日まで何ともできない。
「もしかするとスピードも関係あるかもしれん。何キロ出てた?」
「う~んと、大島のおっちゃんが言うには頑張っても七〇キロは出んはず。雨も降ってたし五〇キロくらいかなぁ?」
「それで雷に撃たれるんか、全く理屈がわからん」
「でも、このままでは何ともならへん、知り合いも居んし」
「まぁ、その日まではウチに居たら良い。でもゴリラには乗ったらアカンで」
「なんで?」
「今は高校生がバイクに乗ったらアカン時代や。乗ってるだけで目立つ。警察に停められたらどうなるか解らん。それにナンバーが『高嶋市』や。今はこの辺やと登録は『安曇河町』や、不審がられるだけと違うで。偽造ナンバーでしょっ引かれる。今都警察署の奴らは陰湿で自分の手柄の事しか考えてない外道やからな」
この頃の高嶋郡にあった県の施設は『今都〇○○』と名前が付けられていた。理恵の時代より今都は更に富と権力があり、陰湿だったのだ。
「そうなん?私たちは普通に乗ってるけど」
「今はな、バイクは『三無い運動』って乗ったらアカンのや」
「何それ?」
「ん?『免許を取らせない』『買わせない』『運転させない』知らんか?」
「私の時代では『乗る事により交通規則を学ぶ』なんや」
「う~ん。それも信じがたいけどのぅ」
二十五年の歳月を感じる二人だった。
「それと、未来の事は他人に言わんように」
「何で?悪い事が避けられたらラッキーやん」
「もしも、それで未来が変わったら?お前の両親が出会わなかったら?」
「私が生まれないとか?」
「手が透けてきて、力が入らんようになって消えて行くとかしたりな」
「そんな映画が在ったなぁ」
話し合いは夜遅くまで続き、理恵は大石に借りたパジャマに着替えて眠った。大石の妻の物だったらしく、デザインは年寄りっぽいが文句は言えない。
「私……どうなってしまうんやろう……ううっ……皆に会いたい。お父さん……お母さん……おっちゃん……」
理恵は心細くなり、泣いているうちに眠ってしまった。
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