第123話 理恵・1992/12/13
大石は理恵のゴリラに集電ポールを付けている。理恵はと言うと、特にすることが無くテレビを見るしかない。
「なあ、おっちゃん。散歩してきて良いかな?」
ダメ元で大石に聞いてみた理恵だったが
「ん?この辺りをブラブラするんやったら自転車貸すぞ」
あっさりと許可されて拍子抜けしてしまった。
「今の時代のお金も持って行きなさい」
小遣いも渡されてしまった。言った手前出掛けないのも何なので自転車でうろつく。
「おおっと。私の小さな頃に閉まったパン屋が開いてる」
ガード下の焼き立てパンの店にはパンがずらりと並ぶ。
「ここのサラダパンが美味しいんだよね」
サラダパンと言っても話題になった漬物のパンではない。玉ねぎとマヨネーズを乗せて焼いた通称玉ねぎパンだ。その他カレーパンや餡ドーナツも幼き日の理恵の好物だった。7~8個買ってパンが入った袋をカゴに入れて走る。
「こんな所に御饅頭屋さんが在ったんだねぇ」
「ここは私の小さい頃に閉まった本屋さんだね」
「ここの本屋さんは昔からカブなんだなぁ」
25年前の藤樹商店街は活気が有り、見ていて楽しいのだが
(何だかお爺ちゃんとお婆ちゃんやってる店ばかりだね)
大石サイクルは運良く大島が継いで今もある。もしも大島が継いでいなければ理恵のゴリラは組み立てられていない。
(下手な事をしたら私は…考えるだけで怖いや)
中学校の前ではスクールバスが洗われている。くすんだ赤・黄色・灰色の見慣れたカラーリングのバスだ。車体の横側に Adogawa school bus と書いてある。
「今都が観光バスで使うから消したらしいで」と大島が言っていたのを思い出した。木造の講堂・古い校舎は図書館で見た安曇河町史そのものだ。
「画像ぐらいは取っても大丈夫だよね?」
スマホで画像を撮る理恵だった。移転する前の平和堂と横に在ったアスピーも覗いてみた。平和堂の屋上は昔っぽい遊び場が有り、理恵は椅子に腰かけてパンを食べた。アスピーの本屋は雑多な感じ。出版不況の理恵の時代と比べると色々な本はあったが、欲しい本は無かった。アスピーで焼き饅頭とゆで卵を鶏肉で包んだ奴を買った。
(ふ~ん。卵ロールって言うんか。昔っからあるんやなぁ)
『高嶋市の鳥?何でヒバリや?
(みんな、どうしてるんかなぁ……)
買った物をカゴへ放り込んで理恵は自転車をこいだ。
(小さいけどゴリラちゃんは何処までも走れるんだねぇ)
ゴリラでは狭いと思った安曇河町。自転車だと案外広く感じる。
店に戻ると大石がゴリラのあちこちを観察していた。
「ただいま。おっちゃん、何か有ったん?」
「おかえり。ちょっと点検と観察やな」
ジェネレーターカバーとシフトペダルを戻しながら大石は答えた。
「観察?」
「理恵坊のゴリラな、けったいな改造がしてあるな」
「そんなに変かな?乗りやすいんやけど」
「そら、乗りやすいと思うで。遠心で4速やもん」
「おっちゃんが大島のおっちゃんに教えたんと違うの?」
「いや……これは儂もやったことが無い」
「カブ90にカブ4速のミッションと違うの?」
「う~ん?そんな事が出来るんか?まあええわ。大島君の仕事は合格」
理恵は知らなかったが大石の知っているカブ90はCS90系と言われる
クランクケースが大きなエンジンだった。
このエンジンは取付け部が違うのでモンキー・ゴリラには簡単に載らない。
「やと思うで。安曇河1番のカブの店やもん」
(カブばっかりかいな……それも問題やな)
「さて、店はこんなもんにして晩御飯の準備をしようかいな」
「手伝う。これも食べよ」
理恵は卵ロールを大石に渡した。
「なぁ理恵坊。未来の事を教えてくれんかなぁ」
食事中、思いもよらぬことを言われて理恵は驚いた。
「どんな事?未来の事は知らない方が良いんじゃなかったっけ」
「まぁ、固い事言うな」
「まずは大島君がこの店を継ぐ理由や。就職で
理恵は少し考えた。工場が倒産して哀しい事が在ったとは聞いている。言って良いのだろうか。もしもその工場に大島が就職せず順調に仕事を続けていたら…
(タイムパラドックスが起こる…)
「未来を変える様な事はせんよ」
理恵の心を見抜いたように大石は話す。
(大島のおっちゃんは簡単に信用するのは危ないって言ったけど)
目の前に居るのは大島の師匠。少なくとも今都の人間ではない。
「変な事をして私が消える様な事はせんといてな」
「それは約束する」
「えっとね、絵里のパパ…宏和さん…だったかな?が言うには工場が倒産して、両親・婚約者を亡くして哀しい事が一杯あって…」
「宏和……多分、中島君の事やな。自転車に乗ってる子や。婚約者は桜ちゃんの事かな?そうやったら何とかしたいのぅ」
「未来は変えんって言うたやん」
「そうやったな」
「で、ここからはおっちゃんの話。大島のおっちゃんから聞いた話」
「ややこしいな。理恵坊の時代では大島君も『おっちゃん』か」
「しばらく放浪してから戻ったら店が開いてなかったんやて」
「儂も歳やからな。具合も悪うなるやろう」
大石が微妙な表情をしたのを理恵は見逃さなかった。
「しばらく修行してから継いだんやって」
「そうか。それからは店は順調に行ってるんか?」
「ん~何か言ってたような…修理で引取りはやってない」
「そら何でや?お客さんが困るがな」
理恵は大島が今都と相性が悪く、いろいろと嫌っている事、そして、自身も今都の人間と相性が悪い事、高嶋郡が合併してからの今都の傍若無人ぶりを説明した。
「今都の障害者支援団体?に騙されて店を潰しかけたとか」
大石の表情が険しくなった。
「でも店は続いてるんやろ?どうやって立て直したんや」
「わかんない。おっちゃんも『頑張った』しか言わんし」
「その時の為に金目の部品をとっておくか。エンジンとかフレームとか」
「最近は『何でモンキーが70万もするんや』って言ってるから良いかもね」
「儂が遺す部品くらいやったら未来は変わらんやろうしな」
「おっちゃんが遺した部品で何台もモンキーを作ってたりして」
「12Vのフレームで集めとくわ」
話をしているうちに食事は終わった。食事を終えて風呂を済ませて居間へ向かうと大石が受話器を置いていた。
「明日は準備をするからな。助っ人を頼んだ」
「誰?未来の事を知られたらヤバいんじゃない?」
「口の堅い奴やから大丈夫やで」
「ふ~ん」
(どうなるのかなぁ。帰れるのかなぁ)
考えているうちに眠ってしまった。
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