2017年 12月 インフルエンザが流行
第113話 郵政カブ2台目③
「お買い物に出てるかもしれないから合鍵渡しときますね」
「うん。行ってきます」
いつもの様に磯部さんに弁当を渡した後、店を開ける。今日も郵政カブの組み立てを続ける。難しい所は組めた。あとは鼻歌交じりで組んでしまう。
「♪~♪~」
※大島の青春時代にアイドルが歌っていた曲です
この歌が似合う季節といえば冬。近頃めっきり寒さが増した。 恐らくもう半月もすれば雪がちらつくだろう。雪が降ればバイクはオフシーズン。高嶋高校へ通う学生たちは電車で通うようになる。
スーパーカブにはオプションでタイヤチェーンが用意されているが売れない。少なくともウチでは売ったことが無い。融雪装置が在るから要らないのだ。
安曇河町内はほぼ全域に融雪装置が在るから要らない。他の町は知らんけど。
では、なぜ融雪装置があってチェーンが要らないならバイクで通わないのか?
国道161号バイパスの融雪装置が強力過ぎるのだ。試しに融雪装置から水が出ている状態の時にバイクで走ってみればよい。今都に着いた頃には下着までビッショリ濡れているだろう。
融雪装置の水圧と水量は強烈だ。
(真っ直ぐ走れんし、濡れて風邪を引くもんなぁ)
レインコートの隙間から水が入って来るし、冗談抜きで真っ直ぐ走れない。大島は高校の頃に1度だけ自転車で走った。2度とやらないと決心したのだった。
高嶋市の場合、冬にバイクに乗るのは仕事と教習所くらいだろうと思う。
今直している郵政カブはグリップヒーターが付いている。組み終えたら試しに動かしてみよう。
バイクの組立はドラマチックでも何でもない。組むべきところに部品を組んで換えなければならない物は換える。淡々と組み上がる。逆にドラマチックで波乱万丈な組み立てって何?途中で部品が足りないとか、ネジが折れるとか?そんなドタバタするのは準備が足りないだけだと思う。
組み上がったら店の前で試乗してみる。燃料コックをON。燃料タンクからキャブへガソリンが落ちるまでコーヒーを飲んで一息。タスマニアグリーンメタリックで塗られたカブを眺める。
(いいやないか。売らんとこうかな)
白いレッグシールド・ベージュのシート・メッキのリムと、英国車の様なシックな装いである。
フロント周りが普通のカブとずいぶん違う。タンクもフレームと別体。独特なディテールと雰囲気が有る。
(カブやな。うん。カブ以外何物でも無い)
さて、キャブに燃料が落ちただろう。2~3回からキックしてキーをON。チョークレバーを引いてキックをするとエンジンが掛かった。
エンジン音はカブと変わらない。オイル漏れ・排気漏れを確認。大丈夫だ。敷地内で少し走らせてみる。カチャコンとギヤを入れて発進。少しクラッチの繋がりに違和感があるので調整して再度確認。どうやら大丈夫らしい。走行しているうちに掌が温まって来た。グリップヒーターは正常に作動している。こりゃええわ。売るとき有利になるな。
「くっ…流石は元赤い奴……一般型とは違う」
いくら位で売れるんかなぁ?全塗装もしたし20~23万円くらいは欲しいなぁ。今の時期は売れないだろうから倉庫へ片付けておこう。
今日は暇だ。こんな日は保存食を作り貯めしておこう。冷凍庫の豚肉を解凍しつつキャベツを刻んでお好み焼きを作る。揚げ玉・干しエビ・卵・お好み焼き粉と混ぜる。
「ふんふんふ~ん♪}
フライパンに油を馴染ませて豚に火を通して焼く。何枚か焼いているうちに冷凍庫に餅が在ったのを思い出したので餅入りも焼く。ソースの焼けた匂いが食欲を刺激する。鰹節と青海苔をかけて出来上がり。冷めたら冷凍保存だ。ラップで包んでからジップロックに入れて冷凍庫へ放り込んでおく。
「保存食はこれで良し」
今年はジャムやその他の食品の減りが速い。
「30歳の仔猫ちゃんか……化け猫やな」
自称『仔猫ちゃん』の為に温まる物を作るべく、大島は鍋をコンロへかけた。
◆ ◆ ◆
「クシュンッ!……誰かが噂してるのかしら?」
大島がつぶやいていた頃、リツコはクシャミをしていた。もうすぐ12月。今年もこの時期は保健室を訪れる者が多い。そろそろインフルエンザの季節。リツコは折を見て校内にポスターを張っていた。
『インフルエンザに注意』
(実家住まいのガキンチョなら寝てれば良いけど)
1人暮らしで料理下手なリツコがインフルエンザにかかると悲惨である。
(特にご飯。病気の時はご飯の準備が辛いのよ)
熱でふら付く体を引きずる様にして作った料理が絶望する程不味い。普段食べているインスタント食品だとお腹の具合が悪くなる状況。
(熱にうなされる・食べる物は無い・心細い。1人暮らしで寝込むのは最悪ね)
母が嫁いだ後に寝込んだ1週間を思い出してリツコはゾッとした。
◆ ◆ ◆
晩御飯は温まる物を食べたいと思いながらゼファーを走らせる。
(パンツは嫌いなんだけどな~今日は寒いな)
スリット入りのタイトミニスカートでは寒いのは当たり前だ。店はシャッターが閉まっているので勝手口に回る。
「あれ?鍵がかかってる。まぁいいか」
今朝、大島から渡された合鍵で家へ入ると大島はコタツで寝ていた。
「中さ~ん。ご飯~晩御飯~」
揺すってもなかなか起きない。夢を見ているのか何やら寝言を言っている。
「さくらさん……」
「リツコちゃんですよ~」
起こすのが悪い気がしたがご飯は食べたい。何度か揺すっているうちに大島は目を覚ました。
「ご~は~ん~」
「おおっと、こんな時間か。爆睡してしもたわ」
「大島さん『さくらさん』って誰?」
「結構毛だらけ猫灰だらけ、ケツの周りは……」
「その映画じゃなくって」
「帝国歌劇団?」
「じゃなくて、寝言で言ってた『さくらさん』って誰?」
「ご飯の支度をする。先に風呂に入っておいで」
声のトーンが低くなった。どうやらあまり聞かない方が良かったらしい。リツコは風呂へと向かった。風呂から上がると食事の準備が出来ていた。
晩御飯はちゃんこ鍋風の煮込みうどんだった。温まるように考えてくれたらしい。七味唐辛子をたっぷり振って食べる。
「中さん、ビーフシチューって出来る?」
「ビーフシチューですか?飯のおかずになるんかなぁ」
「シチューにはパンでしょ?」
「パンは夕食とは違うと思うで」
『ビーフシチューは何と一緒に食べるのか?』を話しているうちに夕食は終わった。
「よし。今度作るからパンとご飯を用意しておこう」
「パンはね、固い奴が良いと思うの。どっしりした歯ごたえのある奴」
リツコは『さくらさん』の事を聞きたかったが聞けなかった。
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