第112話 車椅子は好きじゃない

学生たちのバイク修理ばかりしているように思われる大島だが、

本来は自転車店なので自転車の修理もしている。


「まぁ、ご近所さんやし引き受けるけど」


今日の大島は愛想が悪い。普段から笑顔では無いが、特に今日は不機嫌だ。


渋々修理を引き受けたのは車椅子。基本的に自転車と同じタイヤが付いているので

パンク修理やタイヤ交換は大島でも出来る。気を付けるのはタイヤの色くらい。

タイヤ跡が残ると都合が悪い場所で使われる事もあるので、黒いタイヤでは無く灰色のタイヤを使う。


タイヤを回す時に使うリングが邪魔になるが外し方がよく解らないので

ホイールごと外してタイヤ交換。外してしまえば自転車と手順は変わらない。


暫くして引き取りに来た奥さんから代金を貰う。


「直せるけど宣伝はしたら嫌やで。ご近所さんだけ特別やから」


大島は車椅子の修理をしたくない。作業は普通に出来る。部品は何とでもなる。

それでも滅多に修理を引き受けない。以前騙されかけたからだ。


     ☆     ☆     ☆


ずいぶん前の事だ。今都にあった障害者支援施設から

「車椅子のタイヤ交換をお願いしたい」

そんな事を言われて次から次へと運ばれてくる車椅子を修理した。

部品代は後にまとめて払うと約束してくれたので作業をしていたが

次から次へ車椅子が運び込まれて資金繰りがままならなくなった。


仕方が無く金融屋に一時的な融資をしてもらったのだが、

いざ代金を貰おうとしたら


「インターネットではこの値段でタイヤが出ている。これ以上の値段は払えない」


何処の国で作られたのか分からない安いタイヤの値段を提示された。


作業工賃も「タイヤ交換位でぼったくりだ」と支払いを拒まれた。

代金を請求しても「御寄附ありがとうございまぁ~す」と言って払ってくれない。


すったもんだしている間にも資金の利息は膨らんでいった。

とうとう金融屋に店を差し出すしかない状況。店の権利書を差し出すところまで追い込まれた。


幸い融資してくれた金融屋に知り合いが勤めていた(というかそいつの会社だった)ので事情を話した所、代金を無事に回収する事が出来た。


それ以来大島サイクルでは修理代は現金払い。代金を貰ってから引き渡している。


くだんの障害者支援施設が今都に在ったのと、それ以前より今都が嫌いだったので関わり合いになるのが嫌で一切引取りも止めた。


     ☆     ☆     ☆


「うん。また今都の人にに来られたら困るもんねぇ」

「すまんなぁ。やっぱり車椅子を見ると思い出してなぁ」


あれ以来、車椅子の修理はご近所のみとなった。

福祉・介護施設からの修理依頼は全部断っている。


今日も電話が鳴る。ナンバーディスプレイは本当に便利だ。

番号を見れば相手の住所は大体わかる。


受話器は一応取る。

「………用件を聞こうか」


受話器の向こうで何か話している。

「おい。車椅子の修理や。取りに来い。場所は今都いまづ支援……」


たとえ相手が合衆国大統領であろうが将軍様であっても

今都からの電話なら返事は同じだ。何を言おうが関係無い。


支援?ボランティア?やりたい奴が勝手にやれ。


「………他を当たれ」


ガチャンッ! 乱暴に受話器を叩き付けて電話を切る。


車椅子はリース業者がメンテナンスするところが多い。

それにも拘わらず修理を依頼してくる時点で怪しい。


「普段は『貧乏町』って見下して来るくせに、困った時はすり寄って来やがる」


気分転換にコーヒーを飲み、大島は中古車を弄り始めた。

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