第105話 朝ごはん

朝6時。日曜日だがいつもと同じ時間に目が覚めた。


昨夜、脱水して畳んでおいた洗濯物を干して、朝食の準備をする。


ヤカンをガスコンロにかけて湯を沸かす。沸かした湯はポットへ入れておく。


味噌汁が飲みたい気分なので作るが、パンの準備もしておこう。

無花果ジャムを冷凍庫から出しておく。朝から甘い物では駄目だろうか?

バターは…有るな。


味噌汁は玉ねぎ・豆腐・油揚げを入れよう。あとは卵でも焼こうか?

サラダと…まぁ他は冷蔵庫に有る物で良いだろう。


そうこうしている間に飯が炊きあがった。飯が炊けた香りは素晴らしい。

日本に生まれて良かったと思う瞬間だ。

炊きあがったご飯はしゃもじで斬るようにしてほぐしておく。


鍋が吹いて来た。火を弱めて味噌を溶く。味噌の名前は『手前味噌』

名前が面白いから買ったがコクがあってなかなか美味い。


火を止めて新聞を取りに行く。特に面白いニュースは載っていない。

ご近所の奥様方も活動を開始したようだ。


「昨日はあの娘、泊まったんか?中あたるちゃんの良い人になったか?」

「二人で鍋を食うて呑んだだけやで」


色気の無い話だけど本当だから仕方が無い。

新聞を居間に置き、朝食の準備の続きにとりかかる。


出し巻き卵(と言っても出汁はヒガシマルのうどんつゆだが)を焼いていると

磯部さんが起きてきた。


「おはようございます」


スッピンでスウェット姿の彼女は幼く見える。


「おはようさん。朝ごはんはどうします?ご飯?パン?」


「パンで。ジャムはあります?」


彼女はパンを選んだ。出し巻き卵はパンに合わないだろうと思ったので

スクランブルエッグを作った。何かスープをと思ったが味噌汁で良いらしい。

むしろ味噌汁を望むらしい。パンに合うのかな?


「ねぇ大島さん」

「はい?」


磯部さんは真剣な眼差しでこちらを見つめている。


「私の為に味噌汁を作ってくれないかな?」

「あんたの目の前にあるお椀の中身は何や?」


何を言い出すんだこの娘さんは。味噌汁くらい自分で作りなさい。


「それは昭和の男がプロポーズに使う言葉。時代遅れもエエ所やで」


それに、あんたはしょっちゅうウチに来て朝飯を食ってるじゃないか。


「だって~朝ご飯を食べて行かないと頭は働かないし、イライラするし……」


お腹が減ってイライラする?あんたは野生の動物か?


「じゃあ、朝ごはんは通勤途中で食べていける様にするから」


ウチは自転車店であって飯屋じゃないんだけど…困ったな。


「大島さん。お願い。下宿させて!」


「あのなぁ、男が一人暮らしの所に下宿なんかしたら世間がどう見る?

『下宿です』なんて言っても信じてもらえへんでしょ?」


全く…何て事を言うんだ。もうちょっと考えーよな。


「じゃあ、下宿する代わりに大島さんが私を食べ……」

「ません!女の子がおっさんみたいな事を言わない!」


よくよく聞いてみれば、磯部さんは一人暮らし。家族で住んでいた家に

一人ぽっちで済むのが寂しいらしい。家の維持と言う面でもいろいろ持て余して

いるが、両親が建てた家を手放すのもどうかといった状態だそうな。


「ああ、それは解ります。家に一人で居るのは寂しくて怖いもんです」


両親が亡くなって一人で居る実家は寂しかったのを思い出した。


「大島さんの実家はどうしたんですか?」

「ウチは貸家にしました。元々6人で住んでた家でしたからね」


「私も借家にして引っ越そうかしら?」

「それも手段の一つですね。持て余す家は貸して、家賃収入で別の所に住む。」


「と言う事でここに下宿……」

「まぁ、いろいろ有るやろうし、相談には乗りますけどね」


その後、磯部さんは週末は泊りがけで夕食を食べに来るようになった。


食生活の充実により、彼女はますます美しくなっていくのだった。

そんな彼女の生活に変化が訪れるのは、もう少し先のお話。

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