第69話 不審なバイク達③
学生たちが夏休みを終え、大島サイクルは若干の閑散期になった。暇だからとボ~っとしていると売上にならないので、空いた時間に中古のスーパーカブを造ることにする。
メーカーから新品フレームは買ったが、オークションで中古フレームも仕入れてある。多少くたびれた感じが有るフレームだが、50㏄・3速のカブを作って店先に並べておくと免許取立ての学生が見に来る。
フレーム以外の部品は下取り車両から外した中古で組んである。値段はオークションで競り落として輸送費を払ったくらいに抑えている。1台辺りの利益は2万円くらい。結構良い儲けになる気はするが、実際は2日に1台完成すれば良い所なので時間の割に利益は少ない。時給換算すれば商売として成り立たないだろう。
下取り車から剥いだ中古部品とは言え劣化しやすい所や調整が必要な所はキッチリ整備してあるから多少は儲けさせてもらいたい。
趣味性の高いモンキー・ゴリラのカブ系エンジンを積んだレジャーバイクを修理して並べた事も有った。引き合いは多かったが生産終了のアナウンスが出た途端、乗りたいのではなく転売目的で買う客ばかりが来た。転売目的で来る客は横柄な奴が多かった。対応するだけで疲れたので今は店頭にレジャーバイクは並べていない。
モンキー・ゴリラなどのレジャーバイクは出来れば乗りたい人に乗ってもらいたい。だから一見さんには売らない。言わば『裏メニュー』だ。
「あんたは器用にバイクを組み立てるなぁ」
「でも、ワシはオバはんみたいに煮物は作れへんけどな」
ご近所の婆様が煮物を作る様に、俺はバイクを整備する。
「うちの孫も免許取りに行ってるわ」
「カブやったら暴走族みたいなことせんし、うちの子は、これ乗らせよ」
「まだ10年も先やがな。それまでウチの店を持たすんか。頑張らんとアカンな!」
すぐには売れないが、とりあえず店は話し声が絶えない。今日も賑やかな大島サイクルである。
◆ ◆ ◆
賑やかな声が絶えない大島サイクルから約10㎞離れた
静まり返ったショールーム。埃を被ったバイク。
今日もセレブリティ―バイカーズTataniに訪れる客はいない。
それもそのはず。Tataniで買ったバイクは本来の登録をしていない物ばかり。幹線道路に出た途端、検挙されて免許取り消し・免許停止を喰らっているからだ。
田舎で自動車やバイクに乗れないのは移動手段が無いのと同じだ。
しかも自称セレブ達が住む高級住宅地にはバス路線が無い。誰かは解らないが『バスがうるさい。排気ガスが臭い』とバス会社にクレームを入れた者が居たからだ。赤字路線だった事も有り、バス会社はここぞとばかりに路線を廃止した。
バスが駄目ならタクシーで移動する……ところがそれも無理である。近付けばクレーム、乗せてもクレーム。流しのタクシーは自称高級住宅地近寄らない。電話で呼ぶが、何故か予約で埋まっていると断られている。
残る手段は自転車だが、少し前に今都から自転車を売っている店が無くなってしまった。インターネットで買えば良いと言う者も居るし実際にネット通販やオークションで買う者も一部に居る。ところが大多数の住民、特に老害と呼ばれる連中にはそれも無理。パソコン操作が出来ないのだ。
結局、免許を取り上げられた自称高級住宅街の住民は歩いて移動するしかない。高級住宅地から最寄りのスーパーまで約3㎞。灼熱の中、フラフラになりながら歩く老婆が多く見られた。旦那は旦那で免許を無くして老け込んだり呑んだくれたり。夫婦仲が悪くなった家庭もある様だったが、外面を重んずるセレブ達必死でそれを隠す為に表向きは涼しい顔をしている。
こうして自称高級住宅地のセレブ達は自宅に居る事しか出来ず、出掛けてもせいぜいスーパーマーケットまで歩いて行く事しかしなくなった。
「なぁ、都会に帰ろう。車なんか乗らんで良いし、電車は有るし。」
そんな会話が有ったとか無かったとか……。
誰も訪れる事のない事務所で代表の
他の店ではフレームナンバーの石刷りが必要となるはずだが、Tataniでは必要ないので他店よりも人気だった。他町から『ザル』と呼ばれる今都市役所支所で書類だけのバイクを登録する。そして速攻で廃車手続きすれば『原付登録の大型バイク』の完成だ。最初は数十件の登録を不審に思い本庁へ問い合わせするような輩は居たが、支所長に賄賂を渡し本庁へクレームを入れたら居なくなった。
今では皆、
元々法令順守の考えが無い町だ。小銭さえ渡せば何でも引き受けてくれる。それが陰謀と破壊、犯罪が渦巻く欲望の町・今都町だ。
発行されたナンバーはその場で返納して廃車証明書を受け取る。これと販売証明書が有れば、他の街でも大型自動二輪車を車検不要でお手軽な原動機付自転車一種・二種として登録出来るのだ。
1件あたり1万円の利益。今日は30台捌いたから30万円の利益。
「やっぱり
今日も元気だビールが美味い。修理の外注先は見つかっていないが、もう書類だけで儲かっているから放っておくことにしよう。ビールの空き缶で散らかった事務所内に鼾が響きわたった。
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