第67話 納屋のスーパーカブ

 誰が言ったか知らないが、『バイクはカブに始まりカブに終わる』という格言だか確言がある。バイクに不慣れな初心者や体力の落ちた老人を受け入れるスーパーカブ。祖父や祖母が他界した後、納屋から孫が引っ張り出してくることも多い様で……今回はそんなお話。


「すいません。このカブって直りますか?」


 夏休み中に免許を取ったのであろう。大島サイクルを訪れる学生がいた。


「白藤さんから聞いてまっせ。轟さんのお孫さんやな。とりあえず見てみましょ」


 直らないバイクなど無いが、それも予算次第。予算が折り合わなければ廃車も有りうるが、カブでそれは少ない。大概がキャブレターの掃除とオイル交換をして新しいガソリンを入れれば好不調は有れど『動かない』ことは無い。


 特にスーパーカブに関しては八割方普通に動く。


 ◆      ◆      ◆


「お爺さんと一緒に居るような気になる」


 そんな事を言いながら祖父が遺したカブに乗り田や畑を見回りしていた祖母は、夏風邪をこじらせてあっけなく亡くなった。遺品を整理し、カブも処分される所だった。だが父親が「爺さんと婆さんの形見でもあるし、そのうち美紀が通学で乗るかもしれない」と反対して処分は保留となった。


 納屋が有ることが幸いしてカブは保存されることになった。税金が掛かるのでナンバーは返納したがその他はそのまま。老人にしては長身だった祖父。反対に小柄で丸っこかった祖母。2人が乗ったカブはその時から納屋で眠りについた。


 それから3年。中学生だった美紀みきはバイク通学可能な高嶋高校へ通う事になり、夏休みに小型限定だが自動2輪免許を取った。免許を取ったは良いが、教習所通いで随分お金を使ってしまった。


「お父さん、通学用にバイク買って」


 可愛いバイクが欲しくてパソコンでいろいろ探すが予算内に収まる物が無い。そもそもネットオークションは現物確認が出来ない。初心者の手に負えない故障を隠しているかもしれない。もしかするときれいな外見だがフレーム我草草に腐って居るかもしれない。失敗する可能性は大だ。


「婆さんが乗っていたアレが有るやろ?直して乗れ」

 

 直して乗れと父親に言われたのだが、美紀は機械いじりは得意ではない。とは言え免許を取ったからにはバイクで通学したい。だが金は無い。祖母のバイクは有るが動かない。


「免許取れたから、バイク通学しようと思うんだよね」


 バイク通学をしている同級生に何となく話した。


「バイク買うの?」


「お爺ちゃんとお婆ちゃんが乗ってたバイクが有る……でも、お婆ちゃんが死んでから動かしてない」


「私の行ってる店、紹介しよっか?」


「うん。お願い」


 納屋から出したカブはぼろ布のカバーが掛けてあったが埃で真っ白だった。汚いままのバイクは触りたくない。ホースで水をかけながらブラシで洗うと祖母が乗っていた頃と変わらない姿になった。


「う~ん、バイクと言えばバイクなんやけどね」


 タイヤはひび割れてボロボロみたいだがパンクはしていないらしい。ペシャンコだったタイヤに自転車の空気入れで空気を入れると押して動かすくらいは出来るようになった。


 キーを捻っても全くランプは点かない。バッテリーが完全に死んでいるのだ。


「とりあえず理恵の言ってた店に行くか」


 ◆       ◆       ◆


「これは、すぐには直らんねぇ」


 予想通りの答えだ。3年間動かしていなかったバイクがすぐに動かないのは機械に疎い美紀でも解る事だ。問題は修理の値段。中古のバイクが買えるほどかかるなら考えなければならない。


「どの位かかります?別のバイクを買う方が良いですか?」


「急ぐなら4万円くらい欲しいけど、待ってくれるなら3万5千円。その代わり1週間欲しいかな?」


 3万5千円で調子良く動くバイクは見つからないだろう。少し迷ったが美紀は修理を頼むことにした。


「ふむ、なかなか珍しいタイプやな」


 大島サイクルでセル付きスーパーカブ70の入庫は珍しい。セル付き50なら4速のある50カスタムかリトルカブ。特に50カスタムはマニア受けするアンチノーズリフト機構が付いている。走りを求めるマニアからは チューニングベースとして求められている。


「ウチは70カスタムのお客さんが少ないからなぁ」


 自動二輪免許を持っているならパワーのある90カスタムが売れ筋だった。パワー・燃費・維持費……全てが中途半端な70の人気はいま一つだった。しかもヘッドライトは丸ではなく四角。これが「カブらしくない」と一部マニア、特に女の子に不評。クラシックバイクとしても人気は今一だ。


 ところが、丸いヘッドライトへのこだわりが無く、二段階右折と30㎞/h縛りから解除される70カスタムは実用的には不満は無い。50㏄と比べれば1.5倍の排気量なのでパワーは必要にして十分。カブ90よりショートストロークなエンジンは振動が少ない。安曇河から今都への通学で使うには悪くない選択だ。


「燃料系は清掃だねぇ」


 タンクに洗浄剤を満タンにして置いておく。その間にキャブレターは分解してクリーナーへ漬け込む。ガスケット類は交換。内部の部品は清掃して細かな穴が通る様にする。


「タイヤ・バッテリーは交換」


 これは劣化しているので仕方ない。


「キックペダル・チェンジペダル・ジェネレーターのOリング」


 漏れてはいないが念の為の予防整備だ。


「タペット調整ついでにキャップのOリングも交換っと」


 タペット周りを見る限りオイル焼けは少ない。


 普段の仕事の合間や閉店後の一息ついた時間に作業をする。各ケーブルに注油・エンジンオイルを交換は言うまでもなく作業する。


 燃料タンクやキャブレターが駄目なら予算オーバーになるが幸い致命傷になるような痛みは無くパッキン・ホースの交換で再使用が出来そうだ。


 組み直したキャブレターにガソリンのチューブを繋いでタンクにガソリンを入れる。とりあえずキーはOFFのままキックを数回。エンジン内にオイルを巡らせるのとキャブレターへガソリンを送り込む為の空キックだ。


 数回キックをしたのちにキーをONしてエンジンを始動する。数回のキックでエンジンは目覚めた。


 分解再組立てオーバーホールしたエンジンほどではないがまぁまぁ静かなエンジン音だ。


 仮ナンバーを取り付けて近所を一回りする。チェーンの張りを見て、遠心クラッチを調整して終了。ついでに役所まで行ってナンバー登録をするが、最近は色々と証明や顛末書を書く項目が多くうんざりする。


「最近、登録が厳しいな。何かあったん?」と聞くが窓口では「知りません」と無愛想な対応しかしない。幸い、ここは安曇河町だ。今都支所で同じ対応をしたら市民が怒鳴ったり怒ったり暴れたり、下手すれば殺害されるところだ。


 おとなしい安曇河町だからこの人は職員として居られるのだ。


(だからこの人は安曇河支所に配置されたのか)


 何となく納得してナンバーを受け取りカブに取り付けた。自賠責保険は農協で入るとの事だったので今回は手続しない。


 予定より少し早く作業が終わった。完成したことを電話すると美紀ちゃんのお母さんが出た。


「え?あのバイク直ったんですか?」


 驚く事ではない。スーパーカブは地獄の底から蘇るバイクなのだから。

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