第44話 利用された理恵
「右足を使わないバイクらしい形のバイクねぇ」
バイク雑誌を見ながら大島はため息をついた。
インドから輸入されているNavi110なんてバイクは有るが
大島サイクルには仕入れルートが無い。
両手ブレーキのモンキーはプレミアム価格で学生が通学で使う代物ではない。
と、なれば造るしかない。ヘッドライトが明るくて中古の出物が多い
12Vのモンキーを改造して両手ブレーキにするのが良いだろう。
◆ ◆ ◆
「はぁ?そんなにするんか?」
驚く大島に
「大島ちゃんよ。最近のモンキーは値上がりが酷いぜ?」
どうやら生産終了のアナウンスが流れて以降、中古相場が値上がりしている様だ。
新車で本物の半額以下のコピーバイクが売れるのも仕方ない。
「モンキーが12万か。ゴリラの方が安いんやな」
「何かゴリラの方が安いな。似た程度で10万」
『モンキー生産終了』と新聞で出てから『ホンダモンキー』の相場はウナギ登りだ。ところが面白いもので兄弟車の『ホンダゴリラ』はモンキーと比べると相場が上がっていない。フレームやエンジンは一緒。ハイエースとレジアスエース程ではないけれど同じ様な物なのに相場が随分違う。俺はモンキーよりゴリラの方が好きだから、中古相場が安くて買いやすいのは嬉しい。まぁそんなのはどうでも良い事だ。
「エンジンは要らん。エンジンだけ引き取らんか?」
「大島ちゃん、エンジンは要らんのか?エンジン+キャブで¥45000でどうよ?」
エンジンは腐るほどある。鉄の車体と違ってアルミは腐りにくいからエンジンばかりが残っている。どうせ遠心クラッチのエンジンに積み替えるんだからエンジン無しが良い。
「車体が¥55000か。エンジンは俺が降ろすからもう一声」
「も~仕方ない。もう¥1000引く。これが限界っ!」
「ありがと。じゃあ即金で。今すぐ降ろすわ。工具借りるで」
「また女の子にバイク造るんか?」
モンキーはエンジンを降ろすのが楽で良い。何個かカプラーとボルトナットと燃料ホースを外せばすぐに降ろせる。
「そうよ。今度はノークラで両手ブレーキやで」
「また
「ホンマやで……」
◆ ◆ ◆
「社長~、こんにちは~」
今度は高村ボデーを訪れた大島。
「なんや?また
「ケーブルを固定する金具を作ってほしいんですよ。 図面はこんな感じで…」
図面を見た社長は「ちょっと待て」と工作機械の方へ行った。工場の奥で溶接の火花が光りグラインダーの音する。暫くすると手にブラケットを持って社長が現れた。
「これでエエんか?」
「おおきに。代金は?」
「この前作ってもろた奴の代わりや。現物支給」
「ありがとうございます」
速人の時と違い、今回はノーマルの中古車をベースに作る。部品を集める手間を省くのと、夏休みに乗れるようにするためだ。ベース車の値上がりを見込んで予算は15万円と言ったが今回はしっかり儲けさせてもらうつもりだ。
(理恵の知り合いでも今都の住民やからな)
エンジンは余り物で組んだ72㏄。キャブレターは中古品。
サスペンションやブレーキに手は付けない。
クラッチは無いので、使わなくなったクラッチレバーは ワイヤーを加工してリヤブレーキにした。ブレーキワイヤーを伸ばしてボデーさんで作ってもらったブラケットで固定してブレーキアームに接続。足で操作するブレーキを手で操作するのでブレーキアームは長いカブ用を使って両手ブレーキのゴリラが完成した。
藤谷さんはお得意さんになる事は無いだろう。何となくそんな気がした。
完成したと留守番電話のメッセージを入れておいたら
「これが14万8千円なら悪くないわね~」
軽トラックにゴリラを積みながら話す藤谷(母)
「ありがとうございます。100㎞走ったら点検とオイル交換を
サービスでしますんで来てくださいね」
来てくださいとは言ったものの、この人はもう来ないと思った。案の定、藤谷さんが大島サイクルを訪れる事は無かった。自分で作業するプライベーターだから来ないのではない。自分で作業するにしても初回くらいは持って来るはずだ。
理恵は完全に利用されたのだ。
「おっちゃん。私、何か悪いことしたんかな?」
すっかり落ち込んでいる理恵。
理恵に近付き、格安でミニバイクを手に入れた同期の子は、その後、全く理恵に近付くことは無くなったそうだ。学校で会っても話しかけてくる事も無く、理恵が話しかけても無視するらしい。
「今都の人間は欲しい物を手に入れるのに手段は選ばない。 使える物は何でも使う。用済みになったら容赦なく切り捨てる。邪魔になる物は全力で排除する。タダで使えるならあらゆる手段で使う。そんな人間や。おっさんが今都が嫌いな理由が分かったやろ?」
今都の人だからと断らなかったのは理恵が虐めに会う可能性が有ったから。今都の住民の様に冷酷で残虐な人間は扱いに気を付けなければいけない。服に付いたバッテリー液より厄介だ。
「おっちゃんは最初から解ってたん?」
「いや、何となくや。商売人としての勘やな」
「勘?」
理恵は不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
「礼に気持ちが入ってなかったな。剣道で型だけは教わったかも
知れんけど、相手を見下してする礼なんか一目でわかる」
「そんなもん?」
理恵は目にいっぱい涙をためてこちらを見ている。
「剣道ってな、ガチガチに防具で身を固めて竹刀で相手を叩くやろ? 『自分は叩かれるや痛いのは嫌だけど、人は叩きたいです』って公言しているスポーツや。そもそも人殺しを起源としてる野蛮なスポーツやからな」
あくまで個人的な見解ではあるが間違っていないと思う。俺の中学の頃の剣道部顧問は『手が痛いから』と自作のミニ竹刀で生徒を叩いていた。俺も散々しばかれたから剣道は嫌いだ。ついでに言えばそいつは社会科の担当だった。だから社会科の授業は嫌いだった。今でも城とか遺跡を見るだけで吐き気がする。
「それは言い過ぎやと思うけど」
「そんな今都の人間を象徴するような事をしていた者は信用ならん。
だからこちらもそれなりの対応をした。 見た目はそこそこでも中身はクズ。
今都の人間にピッタリの内容にしてある」
どうせすぐに飽きて壊してしまうか錆びさせるだけだ。問題無い。
「友達が増えたと思ったのに……」
「まぁ、勉強やと思う事やな。今都は信用出来んって良う分かったやろ?」
理恵は膝を抱えて泣きだした。
◆ ◆ ◆
湖の対岸にあるバイク店。
「高嶋市・セレブリティ―バイカーズTataniで検索…っと」
「あれ?
整備主任の中村はインターネットで調べ物をしていた。
「ん?俺もTataniのバイクに違和感を感じるからな。ヤホーで調べてみようかいなと……いまゴグッてるんや」
「普通にグーグルでググればいいじゃないですか」
もちろん冗談で言っているのだが、ヤフーで調べているのである。
「売るだけで修理をしない店って珍しいですよね」
「『Tatamiではありませんか』って出たぞ。Tatamiで再検索…畳って外国人に人気が有るんやな…イ草の座布団が大人気や」
「高嶋市・バイク店・評判で検索したらどうですか?」
「高嶋市…バイクで検索…平津オートはクラシックバイクの店やな。その他は原付きや小型…自動車店がついでにやってる感じか」
「あ、これじゃないですか?」
「地図と電話番号しか載ってないな、口コミも無いわ」
「ツーリング好きのお客さんに聞いてみましょうか?高嶋の人と交流が有るかもしれません」
「取引先の事を疑うのは良くないとは思うけど、怪しいよな」
「Tataniさんの客層とかぶらない辺りで聞いた方が良いですね。」
「そうなると小型か原付2種辺りか…湖周に居るかな?」
中村が画面をスクロールさせて何かを見つけた。
「大島サイクル?自転車屋がバイク…いかにも田舎やな」
「『※125㏄まで』ですか。カブでも直すんでしょうか?」
「口コミに悪い事は出てないな。客層は学生……通学用か。」
「高嶋高校に通う生徒相手かな?大島サイクルで検索っと」
「あれ?イベントに出てるみたいですね」
「浜大津のイベントやな。パワーチェックに3台出てる。でも、たいした数値は出てないな。最下位とかブービーばっかりや」
「ゴリラとモンキーの子は16歳ですね。通学に使ってるのかな?」
「ここに聞けば解るかな…」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます