第17話 葛城とスーパーカブ③

事故から数日後の大島サイクル


保険屋との手続が終わり葛城さんが店に顔を出した。

ヘルメットのおかげか怪我はしていない。やはりヘルメットは大事だ。


保険屋にお任せしているので細かな事は解らない。

俺に解るのはカブの状態だ。伝えるのが辛い。


「追突されてフレーム全体が歪んでます。全損です」


いろいろあって相手の過失100%でも古いバイクを直せるほどは保険が下りないらしい。


「私のカブ……」


葛城さんの目から涙がこぼれる。イケメンとは言え泣いている人を見ると心が痛む。


「まぁ座り」


何の慰めにもならないかもしれないがココアを出す。弱った時は甘いものに限る。ココアの甘苦さは体だけじゃなくて心も癒すのだ。


「うちのお客さんから、突っ込んだのは大きいバイクに乗った年寄りやったと聞きました。年寄りは危ないなぁ」


「ドコドコと聞こえたなと思ったらドカーンと来ました」


「葛城さんがバックしてきたみたいな事を言うてたらしいですけどね。今都の人らしく自分の非を認めませんな。叱られて逆切れ。典型的な今都気質クレーマーですわ」


スーパーカブのバックギヤ付きなんて聞いた事が無い。言って通れば儲けものと思う今都ならではの考え方だ。嘘をついても金がかからないのを分かっているのだ。


「フレーム交換は出来ませんか?」


「出来ん事は無いけどフレーム交換はフレーム代だけで4万円位かかってしまいます。そこに部品を組んでいくと中古車以上の金額になります。うちでも1回だけしましたけどフレームナンバーの再打刻手続きやその辺りを考えると別のカブを買う方が現実的です。どうしてもと言われたら出来ない事は無いけど……」


可能かと言われると可能だ。だが、費用の面からお勧めが出来ない。


「中古フレームはどうですか?書類付きのやつ」


「オークションで出ていますけどね、現物を見ずに買うのは怖いですよ。届いてみたら驚くような物だったり、画像で見えない所が錆びていたりします。お勧めは出来ませんね。送料もかかるし、割安感は無いかな?」


プロの眼から言わせてもらうと中古のフレームはスーパーカブに最も大事な『信頼』が無い。前の持ち主がどの様に使ったのかが分からないからだ。


「もうこのカブは廃車ですね」

「そうですね」


重い空気が流れる。愛車との別れが事故なんて最悪だ。 葛城さんはバイク通勤をしているそうだ。自動車は持っていない。若者の車離れって進んでいるんだな。


「何か足が無いと不便ですね。1台作りましょうか?」

「え?作るって?」


「こちらへどうぞ」


葛城さんを倉庫へ案内した。遺品整理で引き取ったスーパーカブ70を見せた。


「エンジンは他のバイクに使うので降ろしました。 配線をネズミに齧られていますけど、何とかなるでしょう。廃車を直すより安いし間違いが無い」


「エンジンはどうするんですか?」

「エンジンは組み直しした物を載せようと思っています。どのエンジンを載せようか迷うてたんです。今なら選び放題」


手を入れて売ろうと取っておいた車体が思わぬ形で売れそうだ。


「高嶋市で乗りやすいカブって出来ますか?」

「ご予算次第で何とでも。悪魔のカブでも作れるで」


自分で言っておいて『悪魔のカブ』って何やねんと思う。狂おしく身を捩る様に走れば良いのだろうか? そんなカブのフレームは溶接が剥がれているか事故車で車体が歪んでいるかのどちらかだ。


「貯金と、今度のお給料で貯金する予定だったお金を合わせると……」


葛城さんの提示した予算は充分な額だった。


「市内どころか琵琶湖1周出来るカブを作りましょう」


胸を張って答えた。



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