第16話 葛城とスーパーカブ②

一昔前はマニアしか知らなかった情報も今ではパソコンで検索できる。


葛城も最近の若者らしくインターネットで調べものをするが

どんな情報でも見つかるわけでは無い。


カブと同じようにクラッチ操作不要でギヤチェンジできるバイクなんて

車種を選べるほど売っていないのだ。カブ以外に在ることはあるのだが

車検が必要な排気量だったりする。大型自動二輪免許は持っているので

乗ることは出来る。でも近所に車検を出す店が無い。


「う~ん、マニュアルミッションとかは別に苦じゃないんだけど…」


最近はスーパーカブと派生車種で大きな排気量と4段ギヤのモデルが在る。

それを買えば良いのだが葛城は気が進まなかった。


(う~ん、可愛くない~。丸いライトが良いんだけどな~)


葛城は可愛いもの好きであった。


「試しに他の店も覗いてみよっかな?」


インターネットで検索すると仕事場の近所にもバイク店が在るがわかった。大島には悪いと思った葛城だったが少し興味が有ったので仕事帰りに寄ることにした。


「大きなバイクばかり…うわ…高い」


大型バイクが並んでいるが全く興味がわかない。大きいのは乗り飽きている。葛城は職業ライダーなのだ。


(私の欲しいバイクは無いな~)


店を覗いていると声をかけられた。どうやってやり過ごそうかと考えた葛城に店員らしき男が罵声を浴びせた。『いらっしゃいませ』ではなくて罵声である。


「こんな貧乏くさいバイクは裏に停めてくれ!」


長髪をポニーテールにした店員らしき男に怒鳴られ葛城は腹が立った。

幸い大型自動二輪免許は持っている。ここにあるバイクは乗る事が出来る。

とことん冷やかすつもりで客のふりをした。


ベラベラと中身の無い事を話す店員であった。 覚えるほどの内容は無かった。


(湖岸で走ってるのに似たバイクも有るけれど…)


店の隅に小さなバイクがあったが大島サイクルに有ったのとは違う。

60万円の値札が付いているがそれほど価値が在るのだろうか?


(この店はおかしい…ん?)


原付のナンバーが見えた。しかしそのナンバーが付いたバイクは明らかに

大型バイクだ。そもそもVツインの原付なんてありえない。不思議に思って店員に聞いた。


「何だかナンバーが小さくないですか?」


葛城はプロのバイク乗り。一目で原付ナンバーが付く車種じゃ無い事は分かる。


「原付で申請したらくれたのよ。どうせ乗らねえんだから税金が安い方が良いっしょ。市役所なんかチョロイもんよ。こういうのは持つのがステータスなの。走るかなんてどうでも良いの。文句有る?」


在り得ない答えに驚くよりもこの場を立ち去らなければならないと本能的に思った。


(この店で買っちゃ駄目だ!)


葛城は逃げる様に店を後にした。


仕事場の近所にはもう一軒バイク店が有るのだが閉まっていた。

『当分の間、休業させていただきます』と張り紙が貼ってある。


(あ~あ、無駄な時間だったな…)


ズボン…ボフン…ボゴボゴボゴ…


信号待ちをしていると後ろからバイクの音が近付いてきた。


(帰ろうっと)


ギヤを1速に入れてスタートしようとした瞬間、葛城は衝撃を受け道路に放り出された。転がりながら長年連れ添ったスーパーカブが地面に叩きつけられるのが見えた。


ガツンッ!


頭に衝撃が走る。薄れゆく意識の中で怒鳴り声が聞こえる。


「バックするんじゃねぇ馬鹿野郎!」


(私のカブが…)


葛城は気を失った。


     ◆     ◆     ◆


♪~♪~♪


「はい、大島サイクルです…はぁ…事故ですか…」


警察からの電話だ。事故に会ったバイクが運ばれてくるらしい。


「はい、ナンバーは大津市で……」


顧客名簿を開く。ウチのお客さんで大津市のナンバーは少ない。やはり葛城さんだ。


「はい。じゃ、店は開けて待ってます。よろしく」


♪~♪~♪


こんどは携帯だ。情報通の安井さんからだ。お前の客かと画像が送られてきた。

画像は後部がひしゃげたスーパーカブ。間違いない。葛城さんだ。


(後ろから突っ込まれたか…結構派手にやられたな…)


夜更けにカブが運ばれてきた。ひとまず倉庫に入れた。


(保険屋に連絡をしないと…葛城さんは大丈夫かな)


一目見てフレームが歪んでいるのが分かる。鉄板が裂けている所もある。残念ながら直して乗るのは止めておいた方が良いだろう。廃車だ。


葛城さんの様子が気になる。大事が無ければ良いのだが…

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