大島サイクル営業中

京丁椎

孤独なバイク店店主・大島中

第1話 こちら安曇河町藤樹商店街大島サイクル

 二〇一六年某日


 夢を見た、昔の夢だ。場所は行きつけの自転車店、大石サイクル。若き日の俺に話しかけるのは店主の爺さんだ。「大島はん、買ってこうて欲しいもんが在りますのや」は何か良い品物が在るときだ。


 穏やかな笑みで話しかける爺さんに「何やいな? 毎回毎回高いもんは買えへんで、失業中やのに」と答えるのは就職活動中をしている若き日の俺だ。


 いつものように返事をすると普段はニコニコ笑顔で話す爺さんが珍しく真剣な顔で「高価と言うか投資に近いもんですけどな」と答えた。


 茶碗に茶を注ぎ一口飲んだ爺さんは「買うてほしいのはこの店ですわ」と言った。若き日の俺は「店? 店を買えってか? そんな高いもんをポンと買えんわ。それに僕、商売なんか解らへんで」と驚きと戸惑いの表情を浮かべている。


 そんな俺に爺さんは「な~に、商売のやり方ごと売りますわ。大島はんなら大丈夫や……」と笑顔で答えるのだった。


◆        ◆        ◆


 大島サイクルの店主こと俺、大島 あたるはいつもの時間に目を覚ました。


 ここは滋賀県、琵琶湖の西北部にある田舎町高嶋市。市の南側に位置する安曇河町にある小さな商店街、その商店街の片隅にある自転車とミニバイク修理・販売の店『大島サイクル』 が俺の住所兼職場だ。


 目覚めたばかりでボンヤリした頭と歳のせいか節々が痛む体を「夢か、久しぶりに爺さんと会ったなぁ」などと言いながら起動させる。


 今から少し前、仕事を失い家族も婚約者も失った俺に先代の店主でありバイクの師匠である大石の爺さんは俺に店を売った。店だけじゃない、経営のノウハウを含めた店の全てをだ。


 年老いた先代から経営ノウハウごと引き継いだ自転車店。先代店主から言われた「儲かりはせんけど、真面目にやれば食っていけまっせ」を信じてコツコツ続けてきた。正直な話、大儲けとは言えないほどの稼ぎではある。


 大石の爺さんが出てくる夢は面白い一日が訪れる予告の様なもの、一度くらいは面白い一日ではなくて大儲けが出来る一日であってほしいものだ。


 とはいえ大金持ちとはいけないが暮らしていくには困らない程度の稼ぎはある。商店街の連中は気楽なもので、店を引き継いだ俺を「ああ、これでパンクしても安心やわ」「オイル交換が楽や」などと言って受け入れて今に至っている。


 冷蔵庫を開けて「今日の朝飯は何にするかな」などと言いながら朝食のメニューを考えるが、結局いつもの卵かけごはんと晩飯の残りだ。


 商売を始めてそれなりの年月が過ぎた、幸せではあるけれど全てが順調とは行かない日々。血気盛んだった三十代で店を引き継ぎ、気が付けば厄年を過ぎてしまった。 昔と違い自転車も価値が下がり儲からなくなった。それでも修理は入って来るし、店を閉めるわけにはいかない。店名に『サイクル』なんて入っているが自転車だけではなくてミニバイクの販売もする。下手すれば自転車よりミニバイク販売修理の方が多いくらいかもしれない。


 うちで扱うのはホンダのミニバイクが多い。スクーターも扱うがメインはスーパーカブ系の『横型エンジン』を積んだ『4mini』と呼ばれるミニバイクだ。うちは4mini専門店って訳じゃないけど、工具・作業スペースがホンダ横型エンジンの整備に特化した仕様になっている。このあたりは先代からの流れで大きく変えることは出来ない。先代の頃から『カブ・モンキーのお店』と呼ばれているが、これからもそう呼ばれていくことだろう。


 店舗裏に在る自宅の新聞受けから新聞を取り出す。商店街の付き合いで取っている新聞に目を通す。職業病だからか自転車・オートバイ関連の記事が気になる「八月でホンダモンキーが生産終了なんか、寂しいな」と言いながら新聞を読み進めていく。以前と違って若者がオートバイは慣れしているからか市場は縮小気味、排気ガス対策がされた車体は若者が購入するには少々厳しい値段になってしまった。


 ホンダモンキー・スーパーカブ……等々。ホンダ横型エンジンと呼ばれる空冷単気筒エンジンを積んだミニバイクは我が大島サイクルの主力商品として、長年免許取立ての高校生から田畑の見回りをするご老人まで幅広い年代の足代わりに乗られている。


 ウチの場合、スーパーカブやモンキーは学生に人気がある。ところが新車では買ってくれない。新車を勧めても親御さんに「中古で充分!」と言われてしまうのだから仕方がない。


 うちでは普通の修理以外にもチューニングをする。基本的に純正部品の流用。社外品はどうしても使わなければならない時のみ。高価な社外部品を使っての改造、俗に言う『カスタム』なんて過激な改造とは無縁だ。


 そんなぬるいチューンで良いのかって?


 確かにぬるいと思う。『いまいちパンチが無い』『壊れないけどなぁ』と言われているのも知っている。でも、そんなチューニングだけど、案外求められているらしい。


 そもそも公道で時速六十㎞までしか出してはいけない原付一種もしくは原付二種だ。カリカリのチューンとか耐久性無視の改造なんてどうなんだろう。若者たちは「通学途中で壊れたら困るもんね」と言うが、ある程度のパワーと刺激を求めているらしく排気量アップやマフラー交換等々を言ってくる。


 何でもかんでもカリカリに改造したらOKではないと言うと「おっちゃんが言うなら説得力があるよな」と言って通い続けてくれる学生も多い。高嶋市には全国でも珍しいバイク通学OKの高校が在る。山岳地帯のある高嶋市。五〇ccでは通学するのに辛いと一二五㏄までの原付二種に乗って良いと校則で決められたのは随分昔の話だ。


 平成初期には平地部の生徒もバイク通学を許可された。この街から通う生徒も自転車代わりに乗っている。


 食うに困らない程度の儲けがあり、多少の蓄えも出来る。仕事の合間にコーヒーを飲むゆとりがある程度の忙しさ。


「さて、今日も頑張るかな」


 大石の爺さんが言っていた「心に余裕がない仕事は続きまへんで」をしみじみと感じながらカブのエンジンをバラし始める。


 高嶋市は雪が積もる。元からの住民は自分で除雪する。だが、この十数年の間に移り住んできた新興住宅の住民はやたらめったらに積雪や路面凍結で市役所にクレームを入れる様だ。道路に大量に塩カルが蒔かれるようになった。その辺りから車体が錆びて買い替えるカブが増えたように思う。被害をこうむるのは根っからの地元民と鉄ばかり。フレームが錆びて乗れなくなったカブを何台廃車にして葬ったことだろう。今思えば貴重な車体が有ったのかもしれない。結局、錆びにくいアルミで出来たエンジンばかりが残った。これを一工夫して売ると良い商売になる。


 何台かのエンジンを直しながら「これをモンキー用に、これは角目のカブに載せよう」そんな事を考えながら作業していると時間が経ち夕方になった。夕焼けの中、ボコボコと排気音が近づいてくる。


 お? 誰か来たみたいだ。


 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は

 全て架空の存在です。実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054884170119/episodes/1177354054884170134


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