第2話 何が駄目なの?

「おっちゃ~ん、ちょっと聞いてや~」


 ご近所の理恵だ。ブレザー姿が初々しいがバイクに乗る格好じゃない。


(……ああ。スカートの下は短パンか、ハニワみたいやな)


「理恵っ!お猿みたいでも女の子なんやから御淑おしとやかにせい!」


 思わず叱ってしまった。今どきのガキンチョは叱ると逆切れしてくるのも居るけどこいつは大丈夫。小さい頃からウチに来てるお得意さんだ。そして、妙にウチに入り浸る不思議な女の子だ。女の子でバイク屋に入り浸るのは珍しい。


 こいつの場合は菓子が目当てで来てる気がするけど。


 理恵は小さな頃から運動神経抜群。名前を聞くまでは男の子だと思ってた。中学に入って髪を伸ばすまでは女の子に見えなかったほどだ。


 あだ名は『小猿』らしい。だが乗っているのはゴリラ。小猿の乗るゴリラ。可愛いが言うと怒るので口には出せない。


 理恵は安曇河から約10㎞離れた今都いまづにある高嶋たかしま高校まで通っている。しょっちゅう給油するのも面倒だろうとタンクの大きいゴリラを勧めた。ゴリラのタンクは9リットル入る。ガソリン1リットルで45㎞は確実に走るはずだから、400㎞は無給油で走る事が出来るはずだ。高嶋高校と安曇河の往復だけなら20日に1度くらいの給油で行けるはずだ。まぁあくまで計算上やけど。


 通学に使うならモンキーよりゴリラの方が良いと思う。その……何だ、女の子には月に数日憂鬱になったり痛かったりする日が有るからそんな意味でもクッションの厚いシートの方が良いと思う訳よ。


 プンスカ怒りながら理恵がしゃべり始めた。この娘はとにかく早口だ。早送り再生でビデオを見てる気分になる。


「ホンマに……あのバイク屋何やねん!高校生やからって馬鹿にして!」

「まぁこれ飲んで落ち着け、ゆっくり話そうな」


 ココアとビスケットを出して落ち着かせる。高校生に動物ビスケットを出すのもどうかと思うが美味いのだから仕方が無い。おっさんな俺も動物ビスケットは好きだ。ロングセラーは本当の意味でベストセラーだと思う。実力が有って長く人から愛される。カブやモンキーと一緒だ。


「なぁ~おっちゃん。友達がバイク欲しい言うたし今都いまづのバイク屋に付き合って行ったんやそしたらボロクソ言われて」


 ふむ、今都いまづでバイク?…どこの店だろう?そんな店あったかな?


「ふ~ん、そうか~。そんな店あったかな?」

「ちょっと前に出来た店やってさ」


 コーヒーを淹れながら相槌を打つ。


「ピカピカのバイクばっかりやったんやけどな、高価たか過ぎて買えへんねん。予算10万円って言うたら鼻で笑われたわ!安曇河びんぼうまち〇〇差別用語が買えるような安物は無いって!」


 町村合併で出来た高嶋市。一部の旧今都町出身者の中には『他の町村は自衛隊の助成金目当てで今都に縋り付いてきた』『今都が高嶋市の中心地。今都いまづは金持ちの街。他は貧乏〇〇差別用語!』などと言う輩が居たけれど、今も居るんだな。


 俺たち他の町の住民に言わせると、自衛隊の助成金が無ければ今都なんて自慢できるものは何も無い。性格の悪い連中しか住んでいない嫌な街だ。


「まぁ気にするなや。他の店で買えば良いええだけやし。うちの店で買う?

 女の子やったら足を揃えて乗れるスクーターが良いええか?古いけどヘルメットの入る奴が車体価格2万円で有るで」


 商売の話を逃さない。そして目先の利益に走らない。そこそこ整備してあるスクーターが2万円。ほぼ部品代で出しているご奉仕価格。これはお金に余裕が無い学割価格。車体の利益は全然ないけれど修理や点検で後々まで来てくれることを願っての格安販売車だ。


「有るん?」

「有るぞ。古い2ストやけど」


 理恵の表情がパァッと明るくなった。この子は表情豊かで分かりやすい。眉毛だけ見ていても感情が分かる。


「うん、それで言っとく」


 彼女はココアを飲みながら今都のバイク店での出来事を話してくれた。


「そのバイク屋がな、こんなバイクは駄目ですって言ったんや」


 自分の眼ではわからない事が他人に見える事が有る。客観的な意見は聞きたい。ダメ出しは耳が痛いが参考になる。何が駄目で何が良いのか、自分の仕事の荒は自分では分からない。


「オイル漏れはしていないし、遠心クラッチの調整はバッチリ。ブレーキ・タイヤ・灯火・は点検済み。自家塗装はイマイチやけど…乗る分には問題無い」


「ブレーキ・サスペンションがノーマルでアカンって。エンジンはシリンダー?が鉄でオイルクーラーが付いていないとか。ゴリラで遠心クラッチなんて信じられないって言われた。私はクラッチが嫌いやからおっちゃんにお願いしたのに」


 サスとブレーキは一見ノーマルやけど強化してあるんやけどな。当店得意のノーマル風カスタム。全体に手を入れた『フルチューン』だ。ノーマルに見えるならしてやったりだ。ある意味褒め言葉。


 小柄な理恵の為に少しだけリヤサスを換えてローダウンしてあるのは内緒だ。


「とにかくダメダメを連発された。黄色ナンバーは格好悪いからエンジンを積みかえて白ナンバーにしましょうだって」

「白ナンバーやとお前乗れへんやん。小型しか無いのに」


 高嶋高校はバイク通学が出来る珍しい学校だ。ただし、取れる免許は125㏄未満のバイクしか乗れない小型自動二輪免許まで。ボアアップして白ナンバーとなれば125㏄超えだから学生には乗れない。


 黄色いナンバーは原動機付き自転車2種登録の50㏄以上90㏄未満。

 学生が乗るにはちょうど良い耐久性とパワーを両立したエンジンなのに。


「『ナンバーが黄色のままなら整備してあげないよ』って言われた。

 おっちゃんが見てくれるから見て要らんわ~って怒鳴ってやった!」


 そういう意見があるのか…。どっちにしても乗れんバイクを勧めるとは愚の骨頂だ。万が一学生が真に受けて乗れば大問題だ。


「理恵は乗っていてどうや?不満か?」

「ううん。元気に走るし、これが良い。楽やし」


 理恵のゴリラは遠心クラッチだ。俺が自分用に作っていたゴリラを見て『この子が良い。けどクラッチは嫌や!』と言った理恵に作ったメーカーに無い組み合わせ。理恵の使用目的に合わせて造った大島サイクル特別仕様だ。


「そうか。まぁ何でも腹八分くらいが一番。何でももう少しと思うくらいが丁度良いんや。 毎回満腹まで食べてたら健康に悪いのと一緒。75㏄のエンジンやから充分速いって。さあ、怒ってんと早いところ家に帰り」

「うん!ほな帰るわ!じゃっ!」


 ちなみに理恵のゴリラは只の75㏄では無い。純正シリンダーをボーリングして純正オーバーサイズピストンを組んだ75㏄のカブ70のエンジンだ。そこにカブ50カスタムの4速ミッションを少し工夫して組んである。


 理恵を見送り、シャッターを閉める。


(ノーマルだから駄目ねぇ、理恵のゴリラがノーマルに見えるバイク屋か……)


 どんな店だろう。商売上手か見る目が無いのか、ノーマルと間違えられるのはある意味快感だがボロクソ言われたのは面白く無い。


(一度おちょくりに行ってやろうっと♪)

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