「ツキ」「とうそう」「からくり」


 走る。ハシる。はしる。

 何の為に走るのか。

 妹のため。逃げるため。生きるため。

 噛み合った巨大な歯車。形を成すは、迷路が如く。




「ごめんください!ごめんください!」

 新聞ならとりません。壺もいりません。ただこの大きな声を引っ込めてください。

「羅門会の者です!来る滅びの日、私達と共に逝こうではありませんか!」

 壺よりタチ悪かった。せめて名刺だけでも。勿論追い返した。

 この選択が間違っていた。こんなの、誰がわかるもんか。




 悪夢か、白昼夢か、走馬燈か。あの日の記憶が蘇る。

 あそこで首を横に振らなければ。

 あの男の笑みの理由さえわかっていたら。

 ただ、ツいていなかったから?




 翌日、街は異様な熱気に包まれていた。

 青春真っただ中、高校生活で桃色になった私の感性も、それだけは理解できた。

 何か異常な行動をしているわけではない。大声で話している訳でもない。ただただ、街が活気に満ちているのだ。

 悪い事ではない。むしろ片田舎のこの町が活性化するのは善い事である。そこだけはわかっている。

 見違えた街。プラスに向かった街。活気ある街。

 突然すぎる変化についていけない私は、ここではかえって浮いていた。




 ガコン、ガコン、ガコン。

 せめてもう少し静かなら

 私の願いは轟音に消える。


 一体誰が作ったのか。何の為にあるのか。

 首都の下に斯様な迷宮など、いったい誰が知るだろう。

 深い場所にある「何か」。それさえ盗れれば彼女は助かる。




 妹が病気をした。

 医者にかかっても治すことのできない、正体のわからない奇病。ただ素人の私にも、このままではいけないと理解できた。

 街の熱気は狂気に変わり、何かを称える言葉を無意識に紡ぐ。

 勿論私は蚊帳の外。あそこに混ざりたいかと言われれば、全くそうは思わない。

 父はとっくに他界した。母は先日男と逃げた。

 私には妹しか、妹には私しかいない。

 視界の端には男の名刺。気づけば携帯を手にしていた。





 ひときわに大きな歯車を見つけた。

 あそこが目的地に違いない。走り、飛び移り、しがみつく。


 大きな歯車の真ん中に、手のひら大の水晶ひとつ。




 男は言った。私には治せる。

 男は続けた。交換条件だ。

 

 君は特別だからね。





 病気は治った。

 狂気は増した。

 アレが何だったのかはわからない。

 六十階建てのビルの上。妹の手を取り、燃え盛る東京をただ眺めている。

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三題ショート 結城 小五郎 @kogoro_yuki

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