葉山比呂 その3
その日は夕方まで森の中で魔物を狩ったりしていたのでお金がたんまりと貯まっていた。だからお風呂があるという宿屋に泊まる場所を変えてみることにした。
晩御飯はその辺で買って宿屋で食べることにして部屋に入る。ベッドが一つしかなかったのは仕方がないとしても……ソファーも無いのか。前の宿屋よりも高い宿屋なのに。
「んー……仕方ねえな。寝る時は床か」
ぼそりと呟くと、ミーナはコクリと「承知しています」みたいな顔で頷いた。
「はい。私が床で――」
「なんでさ」
女の子を床で寝かせられるだろうか。いやさすがにそれは無い。
「……奴隷の扱いとしてはそれが正解なのかもしれないけど、女の子を床に寝かせることに俺は抵抗がある。俺がそういう感じだってわかってるだろ? この数日で」
どうせ俺が床で寝るとか言っても聞いてもらえそうにないのでそう提案すると……ミーナが暗い顔になった。
何でだろうと思って自分の発言を考え直してみると……
(はっ)
こ、これ……もしかしなくても「そういうこと」をしろって意味になる……ッ!
慌てて否定しようと思って口を開こうとすると、ミーナがか細い声で「その……それはやめておいた方がいいかと……」と言った。
「え、な、なんで? っていうか違う、そうじゃなくて!」
言い訳をしようとすると、そこで彼女が唐突に服を脱ぎだした。
「ちょ!?」
止めようとするも時すでに遅し。女の子が目の前でいきなり脱ぎだすというのが(今までは着替える時は俺が外に出ていた)人生で初めての経験だったためどうしたらいいか分からずにおたおたしているうちにするすると脱がれてしまった。
そして人生初めての女体は……
「うっ」
と声を出してしまうほど、痛ましいものだった。
腹から胸にむかって大きな火傷の跡。何度も叩かれ、殴られたんだろうということが分かる青あざが体中に。ところどころ鞭の跡も見える。
顔や見える部分に一切そんな後が無かったのでこんなこと考えてもいなかった俺はさすがに少し引いてしまう。
俺の表情を見て何を思ったのか、ミーナはにっこりと……寂しげに微笑んだ。
「……実は、私は生殖行為が出来ない体なんです。だから以前のご主人様は怒って私をいたぶった後に……オーガ達への囮として捨てました」
ミーナはそう言った後に、隠すようにさっと服を着た。
「だから……その、期待させてしまい、申し訳ありません。こうして言い出せずに……申し訳ありません。愛玩用としても使えない私に……仕事をさせていただいて、本当に、本当に、ありがとうございます……」
本当に申し訳なさそうな顔をするミーナ。
「で、ですが! ……ヒロ様があの時助けてくれたご恩に報いるために、この身を粉にして働くつもりです。ですから……捨てないで、ください」
……よくよく考えたら。
俺は旅行者だ。この子のことを養うどころか身請けなんかできるはずも無い立場なんだ。そのことを忘れていた。
しかも彼女は奴隷であるから、主人がいないと野垂れ死んでしまうというらしい。
……捨てない? それどころか。
俺は、この一週間で彼女をどうにか奴隷から解放させてやらないといけない。
そのことに気づいてしまった俺は、捨てないと言った彼女に何も言ってあげられず……ただ、何故か抱きしめてしまった。
「ひ、ヒロ様? その、私は汚いですよ? それに、そういうこともできませんし……」
ああ、自分は。
この子のことを……どうしても守ってやりたい気持ちになっている。だって、こんな長時間誰かと一緒にいたことなんて初めてだったから。
たった一日、たった一日ですら……俺の母親は、俺と一緒にいてくれることは無かった。ずっと働いていた。
俺は母さんの笑った顔をしらない。いつだって母さんは疲れてすぐに寝ていたから。
そんなんだから、俺はいっつもすぐに家に帰っていた。友達と遊ぼうにも誰も遊んでくれなかった。一緒に遊びたくても……みんなみたいにおもちゃだって持ってなかったし、ゲームだって買ってもらえなかったから。
孤独だった、孤独だったから……俺は、たった数日しか関わっていないこの子を離したくないと、そう思っている。
だけど、俺は旅行者だ。彼女を残して元の世界に帰らなければならない。
(そうか……)
もう、こっちの世界に永住しよう。
元の世界に未練なんかない。俺はこっちの世界で生きていこう。どうせ寿命を全部使っても長居できないのかもしれないけど……俺は、こっちの世界で生きていくんだ。そうすればせめて彼女を自由にしてあげることくらいはできるかもしれない。
そう決心した俺は……。
「……ミーナ、君のことが好きだ」
「えっ……?」
唐突な俺の告白に、驚いた声をあげるミーナ。
「君のおかげで俺は誰かと一緒にいるってことの尊さが分かったんだ。君が隣で笑ってくれたおかげで、人を笑顔にさせるということがどれだけ素晴らしいことか知った。君が隣にいて笑ってくれるだけで……これほど暖かい気持ちになれるだなんて知らなかった。まだ弱い俺だが……きっと君を自由にしてみせる」
「え……ひ、ヒロ様?」
俺が抱きしめてそんなことを言ったからか、困惑したような声を出すミーナ。だけどそんなのは関係ない。
そのままベッドの上に押し倒す。相手の気持ちも考えずに押し倒したけど、まあミーナは許してくれるだろう、きっと。
「相手を愛すのに、そんな君の言ったようなことをする必要は無いだろ」
ぎゅっと、力の限り……だけど壊さないように抱きしめる。彼女の傷跡をなぞるようにして彼女の服の下から指を這わせる。
「ヒロ……様?」
自分でもキモイことをしてるのは自覚しているが、それでも止められない。
「君は俺のことを男として意識していないかもしれない。だから何かしてくれなんて言わない。だけど……俺はミーナのことが好きになってしまった」
だから。
「だから……俺の残りの人生、全てを使って君を自由にしてみせる」
「自由って……」
「うん……自由は、自由だ」
そのまま、俺は抱きしめたまま部屋の電気を消した。
「ヒロ……様……」
「ミーナ……」
生まれて初めて、女の子を抱き締めると柔らかいんだって知った。
翌朝。死ぬほど恥ずかしい気持ちになりながらミーナとあいさつを交わし、そして俺は「ちょっと出かけてくる」と言ってマリスを呼び出した。
「マリス、マリス」
「どうされましたか?」
目の前に現れた黒い妖精に、こっちの世界で生きていきたい旨を伝える。
「というわけで……どうにかならないか?」
「そ、そう言われましても……その、詳しい年数を言う事は出来ませんが、残りの寿命的にそんなに年単位でこちらの世界にいられるわけじゃありませんよ? せいぜい三か月とかそこらです」
「三か月あれば……あの子を自由にさせられるだけの金を稼ぐこともできるだろ」
「いやその……」
なんだか煮え切らない様子のマリス。らちが明かないな。
「……分かりました、ちょっと上に掛け合ってきます」
「ああ、頼む」
上ってことはなんかサラリーマン的組織なんだろうか。
俺がそんなことを思っていると、頭の中に不意に声が響いた。
『もう……ヒロ、本当にどこに行っちゃったの?』
その声は……長らく聞いていなかった、母親の声。
『もう六日も家に帰っていない……私が、家を顧みなかったから……だから、家出しちゃったのかしら……』
今にも泣きそうな声が、俺の頭の中に響く。
なんで……そんな声出してるんだよ。母さん。
『……ヒロ、もう、携帯も繋がらないし、書置きだけ残してどこに行っちゃったのよ』
あの書置きを見たのか、母さん。
俺はそこで、何故か昔行った夏祭りのことを思いだした。
ずっと忙しかった母さんが半日だけ休みをとってくれて、夏祭りに行ったんだ。露店のかき氷を一つだけ買って、花火だけ見て帰った夏祭り。
たったそれだけなのに、凄い楽しかった覚えがある。
最後に、俺が『楽しかったね』と言った時に見せてくれた母さんの笑顔。なんで忘れていたんだろう。
「…………」
俺は、このままこの世界で死ぬのは本当にいいんだろうか。
母さんは女手一つで俺のことを育ててくれた。
その母さんを置いて……いていいんだろうか。
『ヒロ……』
母さんの悲痛な声が聞こえる。というか、今日まで全く困ってなかったのかよ?
そう思って、そんなことは無いと思い直した。この声は物凄く小さいのだ。だからきっとミーナやマリスと話していたら聞き逃してしまったんだろう。
…………そうだ。
「ヒロさん、一応上から許可でましたけど……必要なさそうですねぇ」
なんか、いきなりマリスの声がなれなれしくなった。
「……そうだな。けど別の許可をとってもらう必要が出てきた」
「? なんですか?」
「最後の願い、それを使わせてくれ。俺に、こっちの世界と向こうの世界を行き来する能力が使えるようにしてくれ」
そう言うと、マリスはにんまりと笑った。まるで、待ってましたとでも言わんばかりに。
「……なるほど。じゃあ今後、私たちの仕事を手伝っていただくという形で許可を出させていただきます」
そう言ったマリスの顔は……マリス――悪意の名前に恥じない顔だった。
「それで俺の知ってる女全部笑顔に出来るんだ。……別に構わないぜ」
「ではそれで。こちらへ来てください」
マリスの手が俺の頭に触れる。
そして力が移動してきたような感覚とともに……新しい能力の使い方を悟る。
「では、今後ともよろしくお願いいたします。ヒロさん」
そう言って消えていくマリス。
……ああ、ああ。
まんまとしてやられたのかもしれない。
「だけどいいか……」
ミーナのところへ戻るって少しだけ事情を説明した後、母さんと話をしに行こう。
どうなるかは分からないが、これが一番いい結末のはずだ。
なんて思いながら、俺は二人の笑顔を思い浮かべながら歩きだした。
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