葉山比呂 その2

 街を目指してフラフラと歩いていると、どこからか絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。どこからだろうか……と思って周囲を見渡すと、東の方向だな。


「行くぜ」


 そちらの方向へ走っていくと、なんか鬼みたいなの三体にボロボロの布切れを着た女の子が襲われていた。


「邪魔だ!」


 俺は指からビームを出して二体の鬼を斬り飛ばす。そして最後の一匹の腹に思いっきり拳を叩きこんだ。くだらない人生を送って来たけど喧嘩なら慣れている。それにチートを持ってることが分かってればこの程度は楽勝だ。

 ミシリと骨の折れる音がする。へぇ、魔物っぽいのにも骨ってあるんだな。吹っ飛んでいった鬼が木に叩きつけられる。

 いくら俺がチートを貰っているとはいえ、流石にこれは弱すぎる。でっかいゴブリンみたいなもんだったんだろうか。


「嘘……」


 ぼろを着た女の子が呆然と呟く。このタイミングで助けが来るなんて思っていなかったんだろう。


「今の……オーガよ? そんな、たとえ一体だったとしてもベテランの冒険者複数人で倒さないといけないのに……それを、たった一人で……」


 え、えー……そ、そうなの?

 そんな化け物を倒してたのか俺。


(この世界で身体能力が高いと言われてるやつらの平均って言ってたじゃねえかよ)


 もしかして化け物の平均ってことじゃねえだろうな。だとしたらオーガとやらに勝てたのも納得だが。

 俺はそんなことを考えながら取りあえずその女の子を立たせてあげる。

 その女の子はぼろを着ていたが、顔立ちはかなり整った子だった。化粧でもしたら物凄い美人になるんじゃないだろうか。そうでなくてもスタイルがいいし……正直バッチリタイプだ。長い髪の毛は伸びっぱなしで梳かしてすらいなさそうだが、それも綺麗な金髪で元の世界の子たちはうらやむほどではないだろうか。

 ……この子の目線だと俺は化け物を瞬殺する化け物だからな。なるべく優し気な顔をしてあげないと。


「俺の名前は葉山比呂……いや、ヒロ・ハヤマか? ヒロがファーストネームでハヤマがファミリーネームだ。こんなところで何してたんだ?」


 そうやって聞いてみると、女の子はいきなり地面にペタリと平伏した。


 ぎょっとする俺に構わず、その子は喋り出した。


「私一人ではこの森を出られません……あなたの奴隷となりますのでどうか連れていってはいただけないでしょうか……なんでも致します、私にできることならなんでも致しますから……どうか、どうか……」


 よく見ると、彼女の首には……何か首輪のようなものがついている。もしかして既に奴隷とかで……あのオーガから逃げるために置き去りにされてしまった、とかなんだろうか。

 だとしたら放っておくわけにはいかないだろう。この世界で奴隷になるってのはどういうことなのかは分からないが、あまりいいものではなさそうだ。

 かすかに……というかだいぶ震えている女の子。土下座して震えている女の子を見下ろす俺……いかん、明らかに事案だ。


「あー……その、なんだ。奴隷の方がいいのか? 別に奴隷を解放してからついてきてくれてもいいんだが」


 俺が言うと、彼女はフルフルと首を振った。


「奴隷は一度奴隷市場に登録されているので、奴隷市場で奴隷解放をしてもらわないと奴隷から解放されません。奴隷は基本的にどんな仕事にもつけないので……新しいご主人様を見付けないと私は餓死してしまいます」


 喋り方からしてこの子、頭よさそうだな。

 彼女の言い方からしてこのまま連れて帰った方がよさそうだ。俺は今一文無しだからな。

 ……あれ? もしかして一番最初の三つの願いってお金とかそういうのも頼めたんじゃね? あー……能力にばっかり振るのは失敗したか。

 まあ過ぎたことは考えても仕方がない。


「なら、一緒に行こう。今日から俺がご主人ってことになるけど……まあ、あれだ。俺もさすがに女の子一人を養うのは厳しいからしばらく不自由させるかもしれないけど」


 なるべく早く金を貯めてこの子を自由にしてやろう。そっちの方がいいだろう。

 そう思って言うと、彼女もニコリと笑顔を見せてくれた。


「ありがとうございます、ヒロ様」


 おお……様付けとか嬉しいねぇ。


「君の名前は?」


 俺が問うと、彼女はフルフルと首を振った。


「奴隷の名前はご主人様となった人が決めるものですから」


 そういうもんなのか。


「前のご主人はちょっと人間的に頭が脳死されている方だったので、出来たら貴方に新しい名前をいただきたいです」


 この子言う事きついな。


「そんなら……ミーナで」


「では、今日から私はミーナです」


 にっこりとほほ笑むミーナの笑顔は、まるで花が咲いたかのように可憐だった。





 さて、ミーナの案内で街まで行くことになった。無事だったオーガの死骸二つを引きずりながら。


「お、お前止まれ! なんだそれは!」


 なんて言われて街の門番に止められたりすったもんだはあったが、なんとか街の中に入って冒険者になることが出来た。


「ミーナ」


「なんですか?」


「……取りあえず身だしなみを整えようぜ」


 オーガの死体を売ったお金で俺は懐が温かかったので身だしなみを整えることにした。具体的には鎧や武器、そんで私服も軽く。


「ヒロ様、よくお似合いですよ」


 ……ミーナがえらくハイスペックで、俺に似合う安い鎧とか剣とかをすぐに選んでくれた。おかげでそんなに懐も痛んでいない。ちなみに、ご主人様はやめてもらった。恥ずかしいし、なんか特殊なプレイをしているような気分になるからだ。

 ミーナの進めるまま、革の鎧と片手で扱える長剣。そしてブーツなんかをそろえた。


「馬子にも衣裳……ってね。次はミーナの分だぞ」


「えっ」


 俺がそう言って見繕おうとするとミーナはとても驚いたような顔をした。


「な、何故ですか?」


「え……? そりゃお前、お前も今後冒険に連れていくんだから武器はいらないにしても装備はそろえておくべきだろ」


 俺が言うとミーナはますます困惑したような顔になる。


「その……ヒロ様、それは戦闘奴隷の役目です。私は何も取り柄が無いので……戦闘の時は肉壁にするものです」


 ミーナがそういうけど、そういうものなんだろうか。彼女の方がこの世界のことはよく知っているだろうけど、でもなぁ。


「俺は戦闘奴隷とか買ってるお金が無いし、肉壁なんていらない。今朝の俺の戦い見ただろ? それよりも荷物持ちとか剥ぎ取りとか薬草の知識とか。そういうのでミーナには役に立ってもらいたいし……それに」


 美人だから死なれたくないし。

 最後の言葉は飲み込んで、俺はミーナに革鎧を見せる。


「だからほら。好きなのを選んでくれ。できるだけ安い方がいいけど」


 ちょっと情けないことを言うと、ミーナは何故か泣きそうなほど嬉しそうな顔をした後、ハッと元の表情に戻した。


「その……私は戦闘能力が無いので、鎧があってもあまり意味をなしません。荷物持ちとして使っていただけるなら……」


 そういう彼女に言われるままにポーターとしての最低限の装備を買ってあげた。

 本当はこれらも奴隷に買い与えるようなものではないらしいが、成り行きとはいえ一人の女の子を養うことになったんだから情けない話だが彼女にも働いてもらうしかない。だから最低限の投資だと言って納得してもらった。


「さて、あとは宿屋か」


 近くに宿屋があったのでチェックイン。俺としては二部屋とりたかったのだが予算の都合上断念した。ミーナに聞いたら「奴隷用の部屋をとる方が珍しい」ということだったのでまあいいだろう。

 ただ、その宿屋は幸いなことにベッドが二人分あった。


「よかったよかった。これなら一人一つベッドを使えるな」


「……わ、私がベッドを使っていいんですか?」


「うん。せっかくだし使いなよ」


 俺が言うと、彼女は少し嬉しそうにしながら……ありがとうございます、と頭を下げた。うん、それでいいだろう。


「重ね重ね……ありがとうございます」


「いいよいいよ」


 俺がそう言うと、ミーナはにっこりと花が咲いたような笑顔を見せてくれた。

 ああ……近くにいる人の笑顔っていうのは、これほどまでに心が軽くなるんだな。

 そんなことを思いながら、一日目の夜は更けていった。





 さて――

 二日目以降は、本当に楽しかった。

 魔法は生憎俺にはちょっと適正が無かったようだが、それでもゴブリンやスライムなどいろいろな魔物と戦ったり、いろんなご飯を食べたり。

 観光地に行く……のにはお金が足りないので、その街の周辺でしか過ごせなかったが自分の人生でもかなり楽しい日々だった。

 川辺で肉を焼いて食べてみたり、洞窟に行ってみたり。幸いなことに俺は物凄く強いらしく、オーガどころかオークの群れすら簡単にやっつけられた。もはや俺に死角はないと言ってもいいだろう。

 可愛い女の子とずっとおしゃべりしたり戦ったりしながら異世界を冒険する……なんてすばらしい日々なんだろう。

 三日目、四日目と過ごして……俺は、もうこっちの世界で過ごしてもいいんじゃないかな……と思うようになってしまった。

 そんな、五日目の夜……事件が起きた。

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