忙しい人のための楽しい異世界生活

逢神天景

葉山比呂の場合

葉山比呂 その1

 こんにちは! 異世界ツーリスト、通称イセツリのマリスと申します!

 人生に絶望しているそこのあなた、異世界で気分をリフレッシュしませんか?

 お代はあなたの命です。様々なプランがございますよ?


 俺の目の前に現れた真っ黒な……なんだろう、妖精か? ニ十センチくらいの背中から羽が生えた女がそんなことを言ってきた。

 ……友達のいなさが高じて幻覚を見るようになっちまったのか。まったく俺も大概だな。

 その妖精を無視してコンビニに入ろうとすると、グイッと後ろから引っ張られた。


「ちょ、なんで無視するんですか?」


「怪しいから」


 しまった、つい返事してしまった。こういう幻覚はとにかく無視しなくちゃいけないらしいのに。

 けれど俺が返事したことに気をよくしたのか、妖精はにこっと笑って俺の前に回り込んできた。


「怪しいモノじゃありません。私はこういう者です」


 そして渡された名刺。まさかの人間サイズで驚いたけどついそれを受け取る。


「なになに……異世界ツーリスト、マリス。あなたの人生、異世界でエンジョイしませんか……何この怪しい名刺」


 マリスの方を見ると、彼女(?)はさらにもう一つパンフレットのようなものを出してきた。B4サイズの少し分厚いパンフレットだ。


「こちらはプランとなっております。また今晩お伺いしますね?」


「は? プラン? っておい、ちょっ」


 気づいたら目の前にマリスはいなくなっていた。


「……やっぱり幻覚だろうか」


 だけど目の前にあるパンフレットには質量がありそうだ。だから現実なのかもしれない。


「異世界旅行か……」


 たしかに、こんなくだらない世界で生きていくよりは異世界に行く方がいいのかもしれない。家は貧乏だし彼女どころか友達もいない。俺が死んでも誰一人悲しまない世界。

 パラパラとパンフレットをめくってみる。たしかにこれは魅力的だ……魅力的な世界が広がっている。

 だけど、


「……まあ、いいか」


 コンビニのゴミ箱にパンフレットを棄てて、俺はコンビニの中に入っていく。

 取りあえず漫画とお菓子を買って帰ろう。あと、お弁当。





 家に帰ると、またテーブルの上に「今夜も遅くなるから、自分でご飯を食べて寝てね」と置手紙が書いてある。……分かってたからコンビニでちゃんとお弁当買って来てあるよ馬鹿。

 溜息を一つ。もうまともに母さんと喋ったのは何週間……何か月前だろうか。


「考えないようにするか」


 もう遅い時間になりつつあったので、飯を食って風呂に入って寝る準備を終えた。高校の課題は……また明日でいいだろう。

 眠る前に昼間に買った漫画でも読もうかと思って布団の上で寝っ転がっていると、


「考えていただけましたかー?」


 目の前にマリスがあらわれた。昼間と変わらないカッコウで。


「……え、なんの話?」


「昼に渡したじゃないですか、パンフレット。眼を通していただけましたか?」


 昼間に渡されたパンフレット……。


「あれなら捨てたけど」


「ガッデム」


 マリスがごそごそと懐からもう一枚パンフレットを取り出す。


「それなら一緒に見ていきましょうか、異世界旅行」


「いや、そもそも異世界旅行なんてもんが……あるのか?」


「はい。だって私妖精ですからね? これ以上に何かSFなことを見せる必要がありますか?」


 それを言われるとそうかもしれないが……。だからと言っても異世界なんて存在を信じられるのかと言われるとどうかなーと思う。


「ならちょっとだけですよ?」


 俺が不審そうな顔をしたからか、マリスがやれやれと肩をすくめて指をぱちりと鳴らした。その途端、さっきまで俺の部屋だったのにいきなり周囲が中世ヨーロッパの家のようなところに変わった。


「え?」


「さて、ちょっと外に出てみますか? 貴方の考える『異世界』っぽいものがたくさん見られますよ」


 俺の考える『異世界』っぽいところ……そう言われてワクワクしないわけが無い。俺は少し急いで扉を開けた。


「おお……い、異世界だ……」


 周囲を歩いている色とりどりの髪の屈強な戦士たち、明らかに地球にはいない大きさの動物……というか魔物っぽい生き物。

 魔法使いのローブを着ている杖を持った老婆、剣を下げて昼間から酒を飲んでいる屈強な男。

 さらに首輪のついているやせ細った男の子がデブに連れられていたりする。首輪……あれは奴隷だろうか。それともそう言うプレイなのか?

 女の子でも剣を下げていたりするが……その子は耳が尖っている。まさかエルフだろうか。あのエロフと噂のエルフだろうか。

 まさに異世界、そこには憧れのすべてがあった。夢物語が身近に感じられるなんてのはあの退屈な世界に生きているほとんどの人が興奮するんじゃなかろうか。


「す、すごい……本当に異世界だ」


 男ならばこれに心躍らずにはいられないだろう。


「信じていただけましたか? これは特別サービスでございますので」


 マリスがまたパチンと指を鳴らすと、フッと周囲の景色が俺の部屋に戻ってきた。


「なんだよアレ、凄すぎるだろ!」


「お気に召しましたか? あれは異世界『アルケイデス』。所謂剣と魔法の世界ですね」


「凄いなぁ……あれなら信じられるぜ」


 俺が言うとマリスは少し喜んでからさっきのパンフレットを広げた。


「ではどんなプランにいたしますかー。料金の関係上、おススメするのはこちらのプランですね」


 そう言って指さされたプランは、「異世界旅行! サポート付きの異世界生活!」と書いてあった。


「二泊三日などもあるんですが、取りあえず一週間ほど、六泊七日のプランですね。こちらが一番おススメです」


「六泊七日か……どうせなら永住とかできないのか?」


 どうせ俺がいなくても悲しむ奴なんて誰もいない。俺は友達も彼女もいないからな。……自分で言っていて悲しくなってきたが。

 マリスは少し困ったような顔をしながら「それは……」と言いにくそうに言い出した。


「その、それだと料金が」


 料金か……料金ってことは金だろう。よく考えたらこれは旅行だったな。


「確かに俺は金持ってないからな……っていうか、逆に言うなら俺の持っている金だけで一週間も行けるのか」


「ああ、料金はお金ではありませんよ?」


 へ、料金は金じゃない?

 よく思い出してみると……確かに、最初に料金は「命」だとかなんとか言ってた気がする。って、行ったら異世界で死ぬのか俺!?


「だ、だったら行かねえよ異世界! さすがに死にたくねえ!」


「え、ああいや、死んだりはしませんよ? というか旅行に行ったら死ぬって……旅行で全財産を使い果たすみたいなものですよ?」


 ド正論にそれもそうかと思い直す。ってことは……寿命みたいなもんか。


「そうですね、一週間ですと報酬として寿命を三年ほど頂きます」


「寿命を三年か……」


「ええ、三年です。これでもなかなかリーズナブルなお値段なんですよ?」


 眼をつぶって考えてみる。残りの寿命の三年と引き換えに一週間の異世界生活。憧れの異世界に行ける……。


「……と、取り合えず一泊二日ってのは出来るのか?」


「できますよ。そうなると料金は半年ですね。でも正直小刻みだと『異世界』感が薄いとお客様がよく言われるので、最短でも一週間からおススメさせていただいております。実は一晩でなく日帰りで向こうへ行くなら寿命ではなく別のモノでお支払いいただいてもいいんですが……こちらの世界で寝られますと料金を頂きます」


 たしかに異世界なんだから長く楽しみたい。

 ……よく考えたら別にこの世界の寿命なんてどうでもいいよな。異世界に行けるんなら。


「……よし、行くか異世界! 取りあえず一週間だ!」


 そして気に入ったら……寿命が尽きるまで向こうの世界に行こう。


「ではここの契約書に判を押してください」


 いろいろな契約を行い、最後に「三つの望み」の欄があった。


「なんだこれ」


「所謂チートですね。どんなことでもいいですが望みをかなえます。異世界で生き抜くのに便利な能力をもらう人がほとんどですね」


 なるほど、これでチート能力がもらえるのか。

 少し考えるが……


「望んだことがなんでもできるとか、願い事を無限にしてくれとかもありか?」


「そういうのはちょっと」


 なら……。


「じゃあ、超絶怒涛の身体能力(気合を入れたら身体能力が上がる)と、そうだな……強力なレーザービームが出せる能力で」


「攻撃特化ですね。大概の人は治癒魔法とかどんな魔法にでも適正がある、とかにしていましたけど」


 そんなこと言われても。


「俺、万能キャラあんま好きじゃないんだよね。そもそも俺あんまり器用じゃないし」


「そんなもんですか」


「そんなもんだ」


 俺が答えると、マリスは何かにカリカリと書き込んでいく。


「それにふたつですね。最後の一つはどうされますか?」


「んー……いつでも最後の望みをかなえられる状態にして保留……ってのはダメ?」


「数を増やすわけじゃないですから大丈夫ですよ」


「ならそれで」


 マリスが何かをブツブツと呟いたかと思ったら俺の頭に手を当ててきた。そしてポウゥと光ったかと思うと体が熱くなってきた。どうもこれで能力が使えるようになったらしいな。


「ああ、それと」


 マリスが思い出したかのように俺の頭にもう一度触れた。また何か力のようなものが流れ込んでくる。


「?」


「オプションです。親しい人が困っているとその声が聞こえるようになっています。ハーレムメンバーとかが出来た時は役に立ちますよ」


「なるほど」


 それは便利な能力かもしれない。

 ……俺に仲間が出来たらの話だけど。

 少し悲しくなりながらも、残りの契約書にサインしていく。内容は……「もし向こうで死んでも責任を持たないよー」っていうことが再三書いてある。やっぱ異世界だから危険なんだろうか。

 そのことに一抹の不安を抱えながらも最後に手紙を書いておく。母親が見つけるかどうかは分からないが「探さないでください」とでも。


「さて、準備は出来ました。それでは楽しい異世界への旅行が始まります。それでは目をつぶっていてくださいね」


 そう言われて眼をつぶる。するとふわりと浮遊感があった。さっきとは違って今度は正式な移動だからなのか先ほどよりも時間がかかっているな。

 浮遊感が終わって眼を開けると……そこは、森の中だった。


「おお……異世界についに来たのか。……心なしか体も軽いな。ていうかビーム出せるのか?」


 俺がいろいろ聞いてみると、マリスがニコニコと笑顔を浮かべながら「はい」と言った。


「身体能力はこの世界でも強いと言われている生き物の平均くらいですから、そうは目立たないはずです。その代わり『気持ち』で能力は上がりますからね。ビームを主体に戦うのがいいのではないでしょうか」


「なら……」


 取りあえずビームを出してみると、威力の調節が出来ることが分かった。そして威力を上げ過ぎると体力が削られていく。

 身体能力もかなり上がってるな。凄い、凄い凄い! 本当に異世界に来てるんだ!


「では、取りあえずごゆっくり。異世界の旅をお楽しみください」


「ああ!」


 さて……まずは街を目指すか。

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