第五十話 エピソード 街に訪れしもの

「オールストン様。丸焼き広場にて、宴の準備が整いましてございます」


 黒い執事服を着こみ、首元に蝶ネクタイを結んだ執事のクロッカスが、恭しく頭を垂れながら述べてくる。


「うむ。では、まいろうか」


 ビクトリーと執事のクロッカスは、街の中心部にある広場にて捕らえたオークを丸焼きの刑にして、よく領民たちにふるまっていたために、いつの間にか領民たちから、丸焼き広場と呼ばれて親しまれている広場を目指そうと、豪奢な装飾の施された馬車に乗り込もうとしていた。


 矢先、馬車の前に急報を知らせる伝令兵が走り込んでくる。


「オールストン様急報にございます! 森の木々を食い荒らしながら我らがオールストンの街にっヒステリア森林の暴食王ビーフが迫ってきております!」


「ビーフだと!? なぜ奴がこの街に!? それに毒が苦手な奴は抑止力たるヒドラがいるために森の奥深くからこちら側へは出てこれないはずではないか!?」


「はっ抑止力足るヒドラがブタに喰われたために、森の奥地から出てきたもようにございます! しかも本来食料となっていたオークなどのエサが枯渇していたために、雑食性のビーフは、森の木々を食い荒らしながら、真っ直ぐにここオールストンに向かってきているようでございます!」


「むぅブタめっ余計なことを!」


「しかもビーフは、以前に現れたときよりも巨大化しておりっ交戦を試みた兵士たちによりますと、通常兵器である剣や槍や弓矢では奴の分厚い皮を貫き肉体にダメージと言えるダメージを与えられないとのことです!」


「ならばどうすればいいのだっ何かほかに奴を退ける方法はないのか!?」


「餓えた奴をエサで誘き寄せ、森に返すしか方法はないと思われます!」


「しかし森に返したところでオークやヒドラがブタに喰われヒステリア森林から枯渇した今、ヒステリア森林に奴が満足するだけの食料はない。八方塞がりではないか! これも全部あのブタのせいだっ!」


 ビクトリーが怒声を撒き散らして癇癪を起していると、新たに伝令兵が現れて、その場に片膝をついて声を上げる。


「オールストン様! 奴の目的がわかりました!」


「目的だと!?」


 もたらされた吉報に、ビクトリーは顔を上げると、吉報を持ってきた伝令兵に睨み付けるように視線を向ける。


「はっ奴は門を乗り越え城下町に足を踏み入れたというのに、腹が減っているにもかかわらず、町の食い物には一切目もくれず、一直線にある場所に向かっております!」


「ある場所だと?」


「奴の狙いはオークを公開処刑する丸焼き広場のブタの丸焼きと思われます! どうやらビーフは丸焼きの刑に処されるあのブタを狙ってきているようです!」


 伝令兵の吉報を耳にしたビクトリーが誰にともなく呟いた。


「オークキングを上回る美味、か」


「は?」


 ビクトリーの言葉を聞いて、その言葉の意味するところが分からなかった伝令兵が首をかしげて疑問の声を上げる。


「何でもない。それよりもその情報は確かなのか?」


「はっ丸焼き広場に向かうビーフが、ほかの食い物に一切見向きもしないことから見ても間違いないと思われます!」


「そうか」


 それだけ呟くと、ビクトリーはこれから先のことを考えているのか、顎に手を当て思案顔になる。


 そこに執事のクロッカスが助言を述べてくる。


「オールストン様。いかに暴食王の名を冠するビーフとて、あれだけの食材を喰らえば満足し森の中の住家に帰るかもしれませぬぞ? そして一度住家に帰りさえすれば、森のオークも自然と増えて、奴がエサを求めてすぐさま街に降りてくることもありますまい。その間に新たな抑止力でもどこからか用意すればよろしいかと」


「うむ。ちとおしいが……ブタの丸焼きをビーフに食わせ、奴を満幅にさせ森に追い返すか」


「オールストン様。それだけでは、いささか不十分かと思われます」


 ビクトリーとクロッカスの会話を耳にしていたガルバンが、ビクトリーの前に回りかた膝をついて意見をのべる。


「不十分とはどういうことだガルバン?」 


「はっ恐れながら、申し上げます。奴があのブタを狙ってきているとしたら、確実に街から出すために、ブタをおとりにビーフを街から引き離し、森にある棲みかに帰すべきでございます。もしブタを街中で食した後、万が一腹が満たされなかったビーフが街中で暴れでもしたら大変なことになりますからな」


「確かにそうだな。ガルバンお前の言う通りだ。だとしたらあとは誰がブタを使ってビーフを街中から引きずり出し森に帰すかだが」


「オールストン卿。その役目、森に詳しいわたくしめに、お任せくださいますよう」


 馬車で丸焼き広場に向かおうとしている領主であるビクトリー・オールストンの護衛にガルバンと共についていたオルガは、ビクトリーとクロッカスとガルバンの会話を耳にして、ビクトリーの前に進み出ると、頭を下げて片膝をつきながら提案してくる。


「オルガか」


「はっあのブタめには、娘を助けられた借りがありますゆえ、ビーフに喰われる折に苦しまぬよう我が弓で介錯をしたいと存じます」


「よもやオルガ。ブタに情けでもかけるつもりではあるまいな?」


「ヒステリア森林の暴食王ビーフが現れた以上、皆の命がかかっております。そこに個人の情など挟んではおられませぬ。どうぞ、ビーフの件我にお任せを」


 頭を垂れたまま、オルガが再度上申してくる。


「わかった。ビーフを引き付ける件はオルガ。お主に任せる」


「はっ命に代えましても全うしてみせます」


「うむ。補佐役にガルバンを連れていけ!」


「はっ」


 領主に返事を返すと、オルガはガルバンや自分の仲間の狩人たちや兵士たちの方を振り向いて声をかける。


「すぐに町で一番力が強く足の早い荷馬車を用意させよ! ブタをおとりにビーフを街から引きずり出し、森に帰すぞ!」


 オルガの命に従いガルバンたちは、ブタをおとりに暴食王ビーフを街から遠ざけて、ビーフの本来の棲みかである森の奥深くに、帰すための準備を開始するために、足早にその場を後にしたのだった。


「オールストン様ビーフの件。オルガに任せてよろしかったのでございますか?」


「ブタをおとりに森にビーフを帰す以上、誰よりも森に詳しい獣人のオルガが適任だろう」


「確かに、そうでございますな」


「とにかく今我らに出来ることは、領民を森とは反対側に位置する安全な街の外に避難させて、オルガの作戦が成功し、ビーフがこの街より去り森に帰ることを祈るしかあるまい」


 ビクトリーはそう言ったのち、ブタを使って、ビーフを街から遠ざけ森に帰す準備をするために、この場から遠ざかっていくオルガたちの背中を、執事のクロッカスと共に見送るのだった。

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