第四十八話 エピソード ポーク(ブタの処分)②
領主の命令で鑑定を受けるために、城内の中庭にドナドナされた俺は、複数の兵士たちが取り囲む中、安全のためにお中元のハムの詰め合わせセットの様に、ミカン箱のような格子のついた木箱に詰められて、小さなメロンほどの大きさの水晶玉を手にした占い師のような恰好をした女性に鑑定を受けていた。
種族 オーク ……(っぽい人間)
職業 豚
称号 大食漢 体重の数倍以上の食物を美味しくとることができる。
惰眠 腹がくちると眠くなり、一度眠ると中々起きない。
食歴 オーク肉 筋肉 おやつ肉 夜の王大蝙蝠肉 ジュースの木 ヒドラ肉
備考 肥え太らせると、大変おいしい極上の豚肉になる。
「して、カトリーヌ鑑定結果は何とでた?」
俺の鑑定を終えた鑑定士にビクトリーが声をかけると、紫色の包囲をまとい口元を同じ色の口布で隠して、水晶玉を覗き込むようにして見つめていたカトリーヌが顔を上げて、木箱から離れた場所でこちらの様子をうかがっていた領主の傍へと歩みより頭を下げると、俺の耳には届かぬよう小声で答える。
「豚、と出ました」
「豚?」
「はい。鑑定の水晶玉によると、この者の種族はオーク。職業は豚にございます。ビクトリー様」
「ふむ。して、豚とは何だ? 豚の獣人のことか?」
カトリーヌの答えを聞いて疑問符を浮かべたビクトリーは尋ねた。
「いえ、豚の獣人のことではございません。この者の職業が豚。なのでございますビクトリー様」
「職業が豚か。聞いたことのない職業ではあるが、妙にこう下っ腹に訴えかけてくるものがあるな」
ビクトリーが思わず舌なめずりをして、ゴクリと喉を鳴らすと、下っ腹を軽く撫でまわしながら答えた。
「はい。ビクトリー様。わたくしめもそう思っていたところでございます」
同じくカトリーヌも、舌なめずりをして、ゴクリと喉を鳴らすと、この場にて話を聞き、その様子を目にしていたヒステリアや執事のクロッカスや兵士たちも皆一様にゴクリと喉を鳴らしたのだった。
皆の態度を目の当たりにしていたビクトリーは、ゴホンッと場を仕切りなおすように一つ咳をすると、カトリーヌとの話を続ける。
「つまりこのものはオークであり、ブタの獣人ではないのだな?」
「はい。ビクトリー様。鑑定結果には、種族オーク。職業がただの豚と鑑定されております」
「で、その豚の職業欄以外に、英雄。もしくは勇者や、オークから娘を救ったといったことを裏付ける鑑定結果は出ておるのか?」
ビクトリーはヒステリアとの約束でもあり、このオークに娘を助けられたガルムからもこのオークの処分を慎重にしてほしいとの上申書が届いていたために、このオークが人にとって有益なオークか否かを判断するために、念には念を入れて、カトリーヌにブタの鑑定結果を事細かに問いただした。
「いえ、ビクトリー様。そう言った鑑定結果は一切出ておりません」
「そんな馬鹿な! あのお方は私やオルガの娘をオークの群れから救ってくださり、我が領地を恐怖に貶めていたオークキングにヒドラを討伐してくださったお方! 必ずやオークスレイヤーやヒドラスレイヤーなどの称号が付与されているはずですっもっとっもっとよく鑑定してください!」
オークの鑑定結果が納得がいかないものであったために、興奮したヒステリアが体を前に出して、鑑定の水晶玉でオークの鑑定を行ったカトリーヌに詰め寄った。
「ヒステリア様。どうか落ち着いてくだされ」
執事のクロッカスが興奮するヒステリアを落ち着かせようと、ヒステリアとカトリーヌの間に体を割り込ませて、興奮した馬をなだめる時の様に、今にもカトリーヌに食って掛かろうとするヒステリアを両手の平で押しとどめようとするが、興奮して本物の馬の様に鼻息を荒くしているヒステリアを、押しとどめるには至らなかった。
「ですがっ!」
「ですがもなにもないっ! すでに鑑定の水晶玉によって明確な鑑定結果が出ておる。ヒステリア、お前は自分で言ったことも守れぬのか?」
結局興奮冷めやらぬヒステリアを押しとどめたのは、オールストン領の領主であり、ヒステリアの実の父親でもあるビクトリーだった。
「お父様そのようなわけでは……」
「ならばおとなしく下がっていろ」
「ならば鑑定結果をっ結果を私にも見せてくださいお父様!」
娘のわがままを耳にして、ふぅと一つため息をつくと、ビクトリーはチラリとカトリーヌに目配せする。
カトリーヌはそれだけでビクトリーの意図したことが分かったのか、コクリと頷くとヒステリアを鑑定の水晶玉の前へと誘導する。
「どうぞよ~くご覧くださいヒステリア様」
カトリーヌに鑑定の水晶玉の前に誘導されたヒステリアは、鑑定の水晶玉を覗き込んだ。
種族 オーク ……(っぽい人間)
職業 豚
称号 大食漢 体重の数倍以上の食物を美味しくとることができる。
惰眠 腹がくちると眠くなり、一度眠ると中々起きない。
食歴 オーク肉 筋肉 おやつ肉 夜の王大蝙蝠肉 ジュースの木 ヒドラ肉
備考 肥え太らせると、大変おいしい極上の豚肉になる。
「どこにも、私たちを助けた証拠がありませんわ!?」
カトリーヌは何度見ても、オークから命がけで少女を救ったなどの鑑定結果を見つけられなかったために、何度も何度も鑑定結果を見直していた。
何度も何度も鑑定結果を見直すヒステリアを見て、このままではらちが明かないと思ったビクトリーが、冷酷な一言を告げる。
「何度見ても結果は変わらぬ。約束通り、このオークは丸焼きの刑で処刑する。いいなヒステリア」
「しかしお父様」
「しかしもかかしもない! 鑑定の水晶は嘘をつかない。そのことはお前もよくわかってるはずだ」
「何かの間違いだということもっ」
「これ以上子供の様に駄々をこねるならば、ヒステリア。城の衛兵たちに命じて、お前をこの場からつまみ出すぞ」
ヒステリアは悔しそうに両手を握り締めると、肩を怒らせてビクトリーの後ろに下がり、中庭を去って行った。
ヒステリアがこの場から立ち去ったのを見て、カトリーヌがビクトリーに耳打ちする。
「それとビクトリー様」
「何だ」
「鑑定項目には、肥え太らせるととてもおいしい豚肉になると書かれております」
「オークよりも、か?」
「多分」
カトリーヌの返答を聞いたビクトリーが、無意識のうちに再びゴクリと喉を鳴らしたのは言うまでもなかった。
そう、この世界の貴族の例にもれず、オールストン領を収める領主ビクトリーは無類のグルメであり、かなりの美食家であったためだ。
「ただひとつ問題が」
「なんだ?」
「ガルバン殿やオルガ殿の報告書によれば、オークキングばかりか、ヒドラを単体で仕留められるほどの希に見るオーク。オークジェネラル級の力を有しておるかもしれません」
「むぅ、オークジェネラルか。それはかなり厄介だな」
カトリーヌの話を聞いたビクトリーは、険しそうに眉根を寄せると顎に手を当て思案顔になる。
「はい。ビクトリー様。まともにやりあえば、相当な被害が出るのは必須」
「確かに。で、カトリーヌ。お前は私に何をさせるつもりなのだ?」
「それでわたくしめに、提案がございます」
「なんだ言ってみろ」
「このオークの鑑定結果をご覧ください」
カトリーヌが言うと、鑑定の水晶玉に移っているオークの鑑定結果をビクトリーに見せる。
「大食漢に惰眠。か」
「はい。ですから、大量に食料を与え腹をくちさせ、睡眠を誘発するのが得策かと存じます」
「なるほどな」
カトリーヌの意見に感心したように頷いたビクトリーは、クロッカスに視線を向けると指示を飛ばした。
「クロッカス。このオークを地下牢に閉じ込めて最後の晩餐を与え、気づかれぬように肥え太らせよ」
「はっかしこまりましてございますビクトリー様」
ビクトリーの命を聞いたクロッカスはその場にて片膝をついて恭しく頭を下げるとこの場にいる者たちに次々と指示を飛ばして、ミカン箱に詰め込まれているオークの身柄を兵士たちと共に運んで行ったのだった。
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