第四十七話 エピソード ポーク(ブタの処分)①

 オールストン家の当主であり、豪奢であるが、決して下品ではない黒の礼服に身を包み、豊かな髭を蓄えたこの地を治める領主でもあるビクトリー・オールストンは、城の二階のテラスから、ガルバン率いるオーク討伐隊と、ガルム率いる猟師たちに取り囲まれながら、城の門前に置かれたオーク(俺)を見下ろしながら呟いた。


「で、クロッカス。あのオークが例の報告にあったオークか?」


 ビクトリーが、牛や馬が引く大八車の上に置かれている鉄格子のはめられた木箱の中に、お中元のハムの詰め合わせの様に詰め込まれた俺の体を、食べ物を見るような視線を向けながら、自分の少し後ろにたたずむ黒い蝶ネクタイをした老齢の執事であるクロッカスに尋ねた。


「はっそのようでございます」


「よく肥え太っているな。さぞかし今まで良い食い物を食ってきたのであろう」


「さようでございますな」


 領主のビクトリーと、執事のクロッカスが、城の二階のテラス席から檻に入れられているよく肥え太った俺を見下ろしながら感想を漏らす。


「それでオールストン様。ガルバンとガルム殿たちの報告書によると、あのオークは、ヒステリア様やオルガ殿の娘御を助け、オークの巣穴に潜んでいた武装オークたちを倒しただけではなく。武装オークの首領であるオークキングを倒し、はては倒されたオークキングの肉を狙って現れた六つ首ヒドラをも仕留めている。人間にとって有益なオーク。いいオークということでございます」


「ふんっいいオークだと? ガルバンとガルムの両名は頭がどうかしているのか? オークに良いも悪いもあるまい。たまたまだ。たまたま。とにかく、奴は我が娘を辱しめようとしたオークの仲間なのだ。例外なく処刑する」


「しかし、娘を助けられた獣人のオルガ殿から、くれぐれも慎重に処分を検討してほしいとの上申書が届けられております」


「退けよ」


「しかしオークに娘を助けられたというオルガ殿の意向も、ないがしろにはできませぬ」


「よしんば本当にオルガの娘があのオークに助けられていたとしても、オークが娘の奪い合いをしただけかもしれぬ」


「確かに苗床の奪い合いはよく起きまするからな」


「うむ。ゆえにとらえたオークは即刻丸焼きの刑にして処刑せよ」


 ビクトリーが、俺の処分を決定する声をさえぎるかのように、十代半ばほどの少女の声がビクトリーとクロッカスとの会話の間に割って入って来た。


「お父様待ってください!」


 赤いドレスを両手でたくし上げ、声を荒げながらテラス席にいるビクトリー・オールストンと筆頭執事のクロッカスの元に駆け寄ってきたのは、領主ビクトリー・オールストンの娘であるヒステリアだった。


「ヒステリアか。なんだ。何か用か?」


「あのオークは、私が辱めを受けそうになっているところを命がけで助けてくれましたっ恩には報いるべきです。それはお父様ひいては、オールストン家の家訓でもあります!」


「ヒステリア。それは人同士の間での取り決めであり、我が家の家訓はオークには無関係だ」


「お父様は、オールストン家の家訓を無下になさるおつもりですか!」


「無下にするつもりなどないっないがヒステリア。奴はお前を手籠めにし、苗床にしようとしたオークの仲間ぞ? いくら助けられたとはいえ、見逃してやる義理はない」


「けれど」


「けれども何もない。それにだ。奴はオークの集団からヒステリア、偶然とはいえ、お前を救ったかもしれぬが、そのあと奴はどうした」


「どうしたとは?」


「お前を助けたあと奴あのオークは、どうしたと聞いている」


「倒したオークをかついで森の中に立ち去りました」


 ビクトリーの質問に対して、娘のヒステリアはだんだんと声を小さくしながら答えた。


「だとしたらだ。少なくともお前を助けたあのオークの目的は、最初からお前を救うことでなく、オーク肉だったのではないか?」


「しかしそれでも私わたくしが助けられたのは事実です!」


「むぅ」


 あ~いえば、こ~言う娘に対し、ビクトリーもヒステリアに譲る気がないことを感じ取り、はぁ。と小さなため息をつくと譲歩案を示すことにした。


「まあ確かにヒステリア。お前があのオークに命を助けられたのにはかわりないか。わかった。お前がそこまで言うのなら、あのオークを丸焼きにして皆で食す前に、あのオークがお前の言う通りの良いオークであるか否か。鑑定の水晶玉を使って鑑定をしよう。そしてもし鑑定項目に、お前やオルガの娘が助けられた裏付けとなる証拠が現れたら、あのオークの処遇を考え直そうではないか」


「お父様っ」


 まだ俺を疑う父親に避難の声をあげるヒステリア。


「いいかヒステリア。これがこの地を治め、民の安全を見守る領主であり、ヒステリア。お前の父親として、してやれる最大限の譲歩だ。わかったな」


「けれどお父様っ鑑定というものは、あまり物事を細かく正確に記すことができません! この条件ではあまりにあのお方が不利にございます!」


 父親であるビクトリーの示した俺不利な条件に対して、ヒステリアががなり立ててくるが、そこに執事のクロッカスがビクトリーの言い分を擁護してくる。


「ヒステリア様、お父上の領主としての立場も考えてくだされ。ここでちまたで暴れまわるオークを何の罪にも問わず解き放てば、領主としての立つ瀬がございませぬ」


 執事のクロッカスの言い分は、領主であるビクトリーの立場をおもんばかったものであったために、ヒステリアも強く反論できずただしばしの間クロッカスと睨み合っただけで諦めたように肩をすくめると、ビクトリーの方を向き口を開いた。


「わかりましたわお父様。ただし、鑑定には私も立ち会います。そしてもしそれであのお方が無罪と知れたら」


「うむ。あのオークを解き放つばかりか、わが最愛の娘や領民であるオルガの娘を助けた褒美をとらそう」


「お父様。約束ですわよ」


 念を押すかのように一言呟くと、ヒステリアは唇をかみしめ自分の無力を噛み締めながらその場を去って行った。


「ではクロッカス。あのオークを鑑定する準備を進めよ」


「はっかしこまりましてございますビクトリー様」


 クロッカスが恭しく頭を下げた後、俺の 鑑定をするための準備を開始するためにその場を後にしたのだった。


「ふぅ。それにしても、偶然命を助けられたとはいえ。娘のヒステリアがあそこまであのオークに肩入れするとは思わなかったわ」


 ビクトリーは誰にともなくそれだけ呟くと、これから鑑定することになるオークの入っている檻を一瞥すると、城の中へと歩き去って行った。

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