第四十二話 ブタっぽい俺のヒドラ狩り③ ブタの怒りとヒドラの怒り

「ふざけやがってこのくそ蛇がぁ! それはぁっ俺のぉっブタ肉だぁ!!!!!!」


 ガツンッという音と共に、オークキングの肉を我が物顔でむさぼるヒドラの頭の一つに向かって、俺は思いっきり木の棒を叩き付けるが、ヒドラの鱗が固すぎて木の棒はあっさりと砕け散ってしまう。


 食事中にちょっかいをかけられたヒドラの頭の一つが、何だこの豚はと言った感じにやたらめんどくさそうに、俺に視線を向けて口を開けると、俺の顔に向かって、緑色のブレスを吐きかけて来た。


 至近距離で緑色のブレスをモロに顔面に受けてしまった俺は、肌が緑色に変色し始めると共に、体が焼け付くような痛みを受けて悲痛な声を上げた。


「ああああああああああああああっっいてえっいてぇっいてえ顔がぁっ体がぁっ焼き付くようにいてぇえええっっ!!!!!!」


 普通なら顔に猛毒のブレスを受けて、皮膚が変色し、顔や体に焼けつくような痛みが走ればその痛みに顔を抑えながら地面をのたうち回るのだろうが、俺はその選択肢を取らなかった。


 なぜなら、俺の意識はヒドラの吐き出して来た猛毒ブレスの焼けつくような痛みよりも、ただただ腹の奥底から沸き上がって来る苦労して倒したオークキング肉を、食い物を、横取りされた怒りの感情に向いていたからだ。


「いてぇっ死ぬほどいてえけどっそれは、俺のぉっ肉だぁっっ!!」


 俺はヒドラの猛毒に侵されながらも、奪われた肉を奪い返そうと、ヒドラの巨体に向かって、全体重、全身全霊をかけたぶちかましをぶちかました。


「フンヌラバアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!!!!」


 ドッゴォォォォォンッッ!!!!!


 体長五メートル。体重八百キロ。野太い首や尻尾まで入れれば全長は八メートルを軽く超えるほどの巨体を持つヒドラは、全身全霊を込めた俺のぶちかましを受けると、ほんのわずかに体を浮かせて、巨体を後ろへと下がらせる。


「「「ギャオオオオオッッッ!!!」」」


「「ガァァアアアアアアアアッ!!」」


「ファァアアアッ!」


 俺のぶちかましを受けた六つ首ヒドラは、六つ首同時に貪っていたオークキングの肉を、一欠けらすら残さずに一息に呑み込み。怒りの咆哮を上げると共に、六つの首。合計一二個の紅い瞳が食事の邪魔をした俺を睨み付ける。


 どうやら食事の邪魔をされたために、怒っているらしい。


「てめえも怒ってるみてえだけどよ。蛇肉の分際で食事の邪魔をしたのはてめえの方なんだよくそ蛇がぁ! 俺のオークキング肉を返しやがれぇ!」


 俺は丸焼き機の傍に落ちていたオークキングの使っていたバトルアックスを持ち上げると、怒りに任せてヒドラに向かってぶん投げた。


 俺のブン投げたバトルアックスは、そのままヒドラの首に接触すると、首を一つ斬り落として、地面にボトリと落下させた。


 首の一つを落とされて頭の数が残り五個になったヒドラの内の二体が、怒りの咆哮を上げながら、俺に向かって同時に炎のブレスを吐き出してきた。


「ギャォォオオオッッ!!!」


「アンギャアアアッッ!!」


 当然機動力に欠ける俺は、まともにヒドラの二つ首が吐き出した炎のブレスを受けて、まるで全身をブタの丸焼きのように燃え上がらせる。


 そこに先ほどオークキングを喰らった時のように、俺に向かって炎を吐き出さなかったヒドラの三つ首が、鋭い牙をむき出しにした大口を開き、俺の両手や頭に喰らいつこうと、襲い掛かって来る。 


 ヒドラの炎によって全身を焦げ付かせながらも俺は両手を広げると、まず俺の右腕に喰らいつこうとしてきたヒドラの左頬を、「どっせい!!!」という掛け声とともに、相撲のはたき込みの要領で、渾身の力を込めた右の張り手でバチィイインッと、はたき落とす。


 続いて俺の左腕に喰らいつこうとしてきたヒドラの右頬を「ふんぬっ!!!」という気合の声と共に、右手と同じように渾身の力を込めた左の張り手でバチィイインッとはたき落とした。


 そして俺の首を狙って来た最後の一体は、俺が頭突きを顎に決めて何とか退かせることに成功した。


 そうしてヒドラの攻撃を、両手と頭を使って何とかしのいだと俺が思った瞬間、両手と頭を使いきり、ヒドラの迎撃手段がすでに無くなった俺の腹目がけて、四つ目のヒドラの首が牙を剥きだしにして俺の腹に喰らいつこうと、襲い掛かってきたのだった。


 まだ居たのかよ!? 炎を吐き出してきた奴か? と思って一瞬チラ見するも、炎を吐き出した奴らは動いてねぇことを知る。ってことは、さっき斬り落とした首がもう再生したのかよ!? 俺は四つ目のヒドラの首の出所を知り、その再生能力に驚愕しつつも、俺の腹の脂肪を狙って迫りくる四つ目の首を迎撃するために思いっきり腹をへっこめ始めた。


 そして、俺は自分の脂肪っ腹に喰らいつこうと襲い掛かってきたヒドラの首が、腹に喰らいつこうとした瞬間に、「ふんぬぅううっ!」という掛け声とともに、思いっきり自分の脂肪っ腹をボンヨヨヨーンッと膨らませて、未だ体に残っていた残り火と共に、ヒドラの首を弾き飛ばしたのだった。


 これがデブにしかできない本当のボディカウンターって奴だ。


 こうして何とかヒドラの攻撃をしのぎ切ったと俺が思ったのもつかの間、俺のはたき込みや頭突きに、ボディカウンターを喰らったヒドラの頭たちが、次々に頭を持ち上げ始める。


 そして、炎を吐き出して来た首を含めた総勢六つの首、十二の蛇のような紅い瞳が、俺を見下しながら再び怒りの咆哮を上げた。


「「「ギャオオオオオオオオッッッ!!!」」」


「「ガァァアアアアアアアアッ!!」」


「ファァアアアッ!」


「んな脅しが俺に通用するかよっこちとらオークキング肉を横取りされて怒ってるんだ! 俺のオークキング肉を返しやがれえっ!」


 こうして、ブタの丸焼きのように焦げた俺と、六つ首ヒドラとの食物戦争が始まった。

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