第三十一話 ブタっぽい俺の箱庭④ 決戦ムシキング
俺の前に降臨した森の王。ムシキング(カブトムシ雄)体長だけで、二メートル。角を合わせたら全長三メートル体重二百キロクラスの大物だった。
ムシキングは、俺の前に降臨するなり、ブブブブブと羽音を響かせ、黒光りする全長一メートルほどの先端が先われした角を突き出して威嚇してくる。
ムシキングの威嚇行動に俺も負けじと、ポンポンポンポンポンッと、両手の平で腹を叩いて、腹太鼓で応戦する。
そうこれがこの木の樹液をめぐって行われる虫たちとの最後の試合だとお互いに理解しているからだ。
俺とムシキングはお互いに睨み合うと、どちらからともなく腰を落としてけん制し合う。
そして、森の小枝が地面に落ちる音を合図にして、俺と森の王ムシキングとの戦いの火ぶたが切って落とされた。
もちろんカブトムシとの勝負と言えばこれだろう。
相撲だ。
俺とムシキングは互いに腰を落とし、ガッチリと組み合う。
「ふぬぬぬぬっ」
「ブブブブブッ」
ガッチリと組み合った俺とムシキングの力は拮抗しているのか、お互いに気合の声を上げるだけで、前にも後ろにも一切進む気配がなかった。
そのためこのままいけばスタミナ勝負となるはずだったのだが、俺の体が食べ物を食べずに戦う持久戦に向いていないことを、ここに来るまでのオークや蝙蝠たちとの戦いで嫌というほどに味わっていた俺は、スタミナ勝負の持久戦を良しとせず、一気にムシキングとの決着をつけるために渾身の力を込めて気合の声を上げる。
「ふんぬらばぁっ!」
俺が気合の声を上げながら力を込めて押すと、地面についた足をズズズズズと、させて押し込まれながらも、ムシキングも羽音を激しくさせて押しとどまる。
今度はお返しとばかりにムシキングが押し返そうと、六つ足を地面に食い込ませながら、俺の体を押し返してくる。
ズズズズズとムシキングに押し込まれた俺は、押し込まれて地面に引きずるような足跡をつけながらも、ムシキングの渾身の押し込みを、全体重と力を込めて押しとどめる。
「中々やるじゃねぇかっ」
俺がムシキングを称賛すれば奴もまた俺を称賛する。
「ブブブブブッ」
ブタと虫。お互い言葉は通じないが、お互いがお互いの全力を真正面から受け止め合う力相撲に、どちらからともなく男同士の友情が芽生え、笑みを形作った。
そして互いに全力でぶつかり合い。力が拮抗している以上、第二の手か足でもないと、この拮抗した状態を崩せないと俺が思っていると、不意に俺と力相撲をとっているムシキングが不敵な笑みを浮かべた気がした。
そして勝ちを確信したかのような笑みを浮かべた後、ムシキングが俺の腹の下に例の黒光りする先端が二股に分かれた角を突き入れてきたのだった。
「くそがっその手があったか!」
俺は正面でのムシキングとの押し合いに力を込めているために、腹の下から押し上げられる黒光りする角への対処ができずにいた。
それがわかっていたからこそ。奴は、ムシキングは笑ったのだった。
そう例え俺にない第二の腕を使ったとしても体の一部である以上決して卑怯ではないのだ。
そうして俺は、第二の腕ともいうべくムシキングの真の力を発揮できる黒光りする角に押し上げられて、徐々にだが体を持ち上げられていった。
ムシキングの全身全霊の力を込めたカブトムシの代名詞とも言われる角の突き上げをまともに喰らった俺は、この力には抗えない。抵抗することすら無意味だと瞬時に悟り、今いれている全身の力をふっと抜いた。
俺が負けを認めて力を抜いたと思ったムシキングは、俺と押し合っていた力のすべてを角の突き上げ力に注ぎ込んだ。
俺はムシキングの突き上げに抵抗できずに放り投げられて、無様に地面を転がっていた。
となるはずだったのだが、俺はムシキングの角で突き上げられて飛ばされそうになった瞬間、逆さまになりながらもムシキングの角を両手でつかみ。自分の体重とムシキングの突き上げる力をも利用して、柔道の背負い投げの要領で、そのままムシキングの二百キロを超す巨体を投げ飛ばしたのだった。
俺の甘味への意地が、執念が、ムシキングに勝った瞬間だった。
「ふぅ、それにしても危なかったぜ」
俺は草むらに逆さまになって、何が起こったのかすら分からずに、手足をばたつかせるムシキングの姿を見ながら、安堵のため息をついていた。
「にしてもまさか。異世界に来てまで正直、相撲を取ることになるとは思わなかったぜ」
俺が横綱気分で勝利の余韻に浸りながらも、ムシキングとの力相撲でかなり消耗し、疲労していた体を支えるために、戦闘の最中手放したハルバードを拾って杖がわりにしながら、樹液のある木へと歩を進めていると、樹液の周りに集まっていた虫たちが、この森のムシキングに勝った俺にかしづくようにして、道を空けていった。
どうやらこの森の虫たちは、体がでかく力が強いというだけではなく、勝者には樹液を譲るという暗黙の了解があるようだった。
「うんうん。憂い奴らよ」
俺は樹液から離れだした虫たちを見て、虫相撲での勝利の余韻に浸り満足げな笑みを浮かべながら、虫たちにねぎらいの言葉を投げかけていった。
そしてまるでこの森の新たな王のように、ハルバードを杖のようにしてゆっくりと進みながら、樹液の湧き出る木へと近づいていく。
俺がもう少しで樹液の湧き出る木へとたどり着こうとした時、俺の視線の先を木の上から舞い降りてきたと思われる黒い影が横切っていったために、俺は何とはなしに黒い影を目で追っていった。
俺の視界を横切っていった黒い影は、ひっくり返されたムシキングをかっさらうと共に、樹液の木の高枝にぶら下がる。
そしてかっさらっていったムシキングを生きたまま、ムシャムシャと食べ始めた。
「は!?」
俺と力相撲とはいえ、つばぜり合いを演じたムシキングがあっさりと捕食されたあまりに予想外の光景に、俺は驚きの声を上げてボーゼンと、木に逆さまにぶら下がりながら、ムシキングを喰らっている黒い影。巨大な蝙蝠を見つめていたのだった。
そう、この森の本当の王者は、虫たちやムシキングなどではなく。虫を捕食する蝙蝠たちだったのである。
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