第三十話 ブタっぽい俺の箱庭③ ブタと箱庭の虫たち②
俺が玉虫たちを倒したのを、少し離れたところからこちらの様子をうかがうように見ていた体長一メートル二十センチほどのクワガタが、二本のノコギリを斜めに地面に向けながら、玉虫たちの仇でも取るかのように俺に向かって突撃してきた。
だが幸い木から落下した影響でもあったのか、クワガタの突撃はあまり速度が出ていなかった突撃だったために、俺は巨体を揺らめかせながら、二本のノコギリを両手で何とか掴み取ることに成功する。
そしてそのままクワガタの体を天高く持ち上げて、そのままプロレス技のブレーンバスターの要領で、クワガタを背中から叩き付けようとするが、そこに蝶が舞いながら俺の背後から鱗粉を振りかけてくる。
「うっこの鱗粉は毒か!?」
鱗粉を受けた体が痺れ始めたのを自覚した俺が、予想外の蝶の攻撃に苦しんでいると、クワガタを持ち上げて身動きの取れないのをいいことに、今度は蝶が俺に向かって体当たりを仕掛けてくる。
「くそっ蝶だってのに、なにしやがる!?」
蝶の体当たりは、体重も軽いせいもあって、痛くも痒くもないのだが、とにかくうっとうしい。しかも蝶が振りかけてくる鱗粉が俺の体を痺れさせるのだ。
そういえば蝶は結構攻撃的で獰猛な性格だと何かで聞いたことがある。
これが蝶の本性って奴か。普段見てくれに騙されてるが、結構獰猛でやばい奴なのかもしれない。
と思いながら俺が、たまらずノコギリを掴んで持ち上げていたクワガタをあさっての方向に向かって放り投げて自由になった両手で、リュックの脇にビニール袋を伸ばして作った紐で括り付けていた剣を手にすると、俺の動きを鈍らせる体の痺れの元凶となっている蝶をまずは何とかしようと思って、俺は剣を振り回した。
だがこの蝶頭がいいのか、俺が蝶を狙って剣を振り回し始めると、空高く舞い上がって、俺の剣が届かない上空へと逃げてしまう。
しかも、ご丁寧に俺の反撃が届かない上空から、さらに俺の動きを鈍らせようと、鱗粉をフリカケのように振りかけてくる。
どうやら蝶は、俺の手の届かない上空から、俺に体を痺れさせる毒鱗粉を振りかけて、このまま俺の体を少しづつ弱らせて、俺を倒そうとしているようだった。
「ああくそっ厄介な!」
空に浮かび上がる獲物に対して、有効な攻撃手段を持っていない俺は、イラつきながらズボンのポケットに草の鞘で包んでしまっていた手持ちの包丁を、草の鞘から抜け出して投げつけることしかできなかった。
そして当然俺が蝶に向かってイラつくままに投げた包丁が、空中を優雅に飛び回る蝶に当たるはずがなかった。
俺がそうしている間にも、先ほど投げ飛ばしたクワガタが起き上がり、今がチャンスとばかりに、蝶の鱗粉によって体が痺れて、本来の動きがとれない俺に向かって飛び掛かって来た。
俺は飛び掛かって来たクワガタを待ちかまえようと、痺れる体に鞭撃ってクワガタに向けて剣を構えるが、その隙を狙って、今度は背中から俺の投げた包丁を空中であっさりとかわしていた蝶が、口にある普段縦に渦を巻いている花の蜜を吸うためのストローを鋭く伸ばし、鋭利な針のようにして背後から、俺が背中に背負っているリュックからはみ出しているわき腹を狙って、ストローで執拗に突きかかってきた。
どうやらこの攻撃方法からして、蝶は俺のリュックからはみ出ているわき腹をストローで突き刺して、俺の脂肪を吸い上げようとしているようだった。
「やべぇっ! 見た目に反してこいつ超凶暴だ!! まずはこいつを何とかしないと俺の脂肪がやばいっ!!」
俺は俺の脂肪を狙って襲い来る蝶の攻撃方法に戦慄しつつも、前から突撃してくるクワガタも放置するわけにはいかないと思って、何とかして前後を同時に攻撃する方法を考えようとするも、すでに俺に向かって突撃を開始していたクワガタがそれを許してくれるはずもなく、俺はとっさに剣を放り投げて、正面から突撃してきたクワガタのノコギリを両手でつかみ取った。
そうなれば、完全に死角となっている背後から蝶が襲い掛かってこないはずはないわけで、このままなにもしなければ俺の脂肪は、蝶のストロー攻撃によって吸い上げられてしまうはずだ。
だが今の俺は武器を手にしていなければ、クワガタのノコギリを抑えるのにいっぱいいっぱいで、背後の蝶にまで意識を向けられそうにない。
どうする? このままでは俺の脂肪が奴の餌食になっちまう。
と、俺が考えている間にも、蝶の魔手ならぬ魔ストローが、背後から俺の脂肪を狙って突きかかって来る気配を感じた。
そのため俺は、とっさに掴んでいたクワガタを背後に向かって勢いよく振り回した。
俺がクワガタの体を勢いよく振り回したおかげで、俺の脂肪を狙って来ていた蝶は、俺の振り回したクワガタにぶつかるまいと、羽ばたいて遠ざかる。
それから俺はブンブンブンブンブンッと、自分の体重と回転の遠心力を使って、ブタゴマのように勢いよく回転しながら、ゆっくりと空を旋回してこちらの様子をうかがい。隙あらば襲い掛かってこようとしている蝶に向かって、思いっきりクワガタを投げつけた。
俺に放り投げられたクワガタは、俺の手の届かない安全地帯にいるために、完全に油断してこちらの様子をうかがいながら、空をゆっくりと旋回していた蝶に向かって真っすぐに飛んで行った。
いきなりあり得ない場所から飛んで来たクワガタを目にした蝶は、一瞬体を固まらせるも、野生の本能によるものか。すぐさま体勢を立て直して回避行動に移ろうとするが、完全に俺の攻撃が届かない安全地帯だと思っていた上空にいて油断していたために、回避動作が一瞬遅れてしまう。
その一瞬が蝶にとっても、クワガタにとっても命取りとなった。
なぜなら一瞬ののち、回避行動が遅れて地上から俺に放り投げられてきたクワガタとまともにぶつかりあった蝶が、放り投げられてきたクワガタの勢いに押されて、湖の上へと飛ばされて行ったからだ。
湖に飛んで行ったクワガタと蝶は、自分たちが湖の上にいることを認識するととたんに焦りだし、すぐさま羽をばたつかせて湖の上から飛び立とうとするが、ぶつかった衝撃で、お互いがお互いに足をからめ合ってくっついてしまっているために、互いが互いに羽をうまく使うことができずに、絡み合ったまま水面付近に落下していってしまう。
そこへ、バシャンッと、湖から体長五、六メートルほどのブラックバスのようにやたら口がデカく、鯉に似た魚が飛び出して来て二匹の虫を丸呑みにした。
「おおうっモンスターフィッシュ」
今夜は焼き魚だな。と、俺が湖から飛びあがって虫を丸呑みにしたモンスターフィッシュを見ながら感想を漏らすと共に、理解する。
箱庭にいる虫が樹液を食い。その虫を魚が食うという。これが箱庭における食物連鎖なのだと。
そうして虫の対処法を得た俺は、それから虫を湖に向かって、ちぎっては投げ、ちぎっては投げていった。
そして木から落ちてきたあらかたの虫を片付けた俺は、これでようやくゆっくりと樹液の確保に動けると思っていたのだが、本当の問題はここからだった。
カミキリムシやクワガタに、玉虫たちや蝶といった虫の四天王っぽい奴らを倒したせいかどうかはわからないが、空気を振動させる物凄い羽音と共に、俺の目の前に奴が降臨したのだった。
森の王者、ムシキングが。
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