第三十二話 ブタっぽい俺の箱庭⑤ ヒステリア森林の夜の王 大蝙蝠
樹液の木の枝にぶら下がってムシキングを食べているのは、体長六メートル。いや羽を平げればもっとある巨大な巨大な蝙蝠だった。
「サンバイザーオン!」
俺はムシキングを捕食する蝙蝠を見上げながら声を出すと、いつでも鑑定が使えるように、最近の森の探索時にはいつも首にかけているサングラス(サンバイザー)を、いそいそとかけなおすと巨大蝙蝠を鑑定した。
ヒステリア森林の夜の王 大蝙蝠(おおこうもり)
夜の森の支配者。
性格は容赦なく樹液の木を縄張りにし、日々樹液を餌にしている虫たちを補食している。
糞は木や草を腐らせる森の厄介者。だが長い年月をかけて、甘い樹液を餌とする昆虫たちを食してきた肉はよく熟成されていて、とてもうまい熟成肉になっている。
「とてもうまい塾生肉になっている。ってことは、普通の蝙蝠肉でさえあの甘さなのに、あれを上回るうまさなのか!?」
俺が目の前に突きつけられた衝撃の事実に衝撃を受けていると、ムシキングを食い終わったヒステリア森林の夜の王。大蝙蝠が、まだ腹が満たされていないのか、俺に照準を合わせてくる。
「この俺とやろうってのかよ、いいぜ。どっちが食いもんか教えてやんよ」
俺と大蝙蝠との死闘が幕を開けた。
まず最初に仕掛けてきたのは大蝙蝠だ。
大蝙蝠はムシキングを平らげた枝から頭を下に向けると、俺に向かって一切躊躇することなく、まっ逆さまにダイブしてくる。
「上等た! このまま受け止めて串刺しにしてやるぜ!」
俺は疲労していた体を支えるために、杖がわりにしていたハルバードを両手に持つと、こちらに顔を向けながら、まっ逆さまにダイブしてくる大蝙蝠の口に照準を合わせる。
「このまま串刺しにして、終わりだ!」
俺がそう思っていると、大蝙蝠がまっ逆さまにダイブしながら、口を開いてくる。
「なんだ?」
俺が疑問の表情を浮かべていると、大蝙蝠は開いた口内から、「ハワワワワワワワワッ」という奇怪な音を響かせてきた。
蝙蝠の吐き出してきた音をまともに受けた俺は、たまらず声を上げた。
「耳がいてえ!」
くそっ多分俺をおやつの山まで案内してくれたあの蝙蝠が道中障害物にぶつからないようにつかっていた超音波って奴と同じ奴だ。
そしてその超音波を吐き出している蝙蝠があまりにも巨大なために、俺の体にも影響が出たのだろう。
あまりの耳の痛みに、俺が思わずハルバードを持つ左手をはなして、耳を超音波から護ろうと、左手で蓋をするように左耳を押さえつける。
そこを好機ととらえた大蝙蝠が、まっ逆さまにダイブしたまま巨大な口を開け牙と足先にある左右の鋭い鉤爪を剥き出しにして、俺を一気に仕留めようと伸し掛かってきた。
「ブヒッ!?」
耳の痛みに注意をそらされていた俺は、それでもなんとか豚声を上げながらも、両手でハルバードを持ち直し、平行に構えて、夜の王である大蝙蝠の牙と鉤爪を受け止める。
「ブブッ!? 重てぇ!」
受け止めたまではいいが、大蝙蝠のあまりの重さに、俺の足と膝がガクガク震え、大地を数センチほど陥没させる。
まずい! このままだと非常にまずい! 今ここで何かの横槍でも入ったら確実に潰される!
俺が足を震わせ大地を陥没させながらも、なんとか大蝙蝠の一撃を堪え忍びながら、頭で考えていると、今まさに来てほしくない横槍。不意の一撃が俺の体を襲った。
大蝙蝠が牙を剥き出しにしている口を開け、喉を振動させてきたのだ。
まずいっ今あの超音波を喰らったらっヤバイ! と、俺の本能が告げてくる。
俺は大蝙蝠の動作から次に来る行動を予想して、戦慄した。
数瞬の後。ほぼゼロ距離で大蝙蝠の超音波が俺の頭に直撃したのだった。
「ブヒヒヒヒイイインッ!」
大蝙蝠の超音波をまともに食らった俺は、悲痛なブタ声を上げながら、脳を超音波の振動で揺さぶられていたのだった。
そして頭の内部を揺らされた俺は、思い通りに体に力を入れることができずに、大地に膝を落としていた。
そして俺が大蝙蝠の放った超音波を頭にまともに喰らって、思うように力が入れられなくなっていることを大蝙蝠も感じ取ったのか。俺が大蝙蝠の二本の鉤爪をかろうじて受け止めているハルバードを大蝙蝠は鉤爪で握りしめて俺から取り上げると、その場でホバリングしながら明後日の方向に向かって投げ捨てたのだ。
「ブヒ!?」
大蝙蝠の予想外の行動に、ハルバードを失った俺が驚愕の表情を浮かべていると、大蝙蝠は武器を失った俺の顔を見下ろしながら、顔を笑みの形に歪ませると、舌なめずりをしながら、俺の身動きを封じるために、ハルバードを失った俺の両肩に鋭い鉤爪のある足を乗せて俺の体を押さえつけて来たのだった。
そしてそのまま脳を揺らされて、体に思うように力を込められず、大地に両膝を折っている俺を頭から喰らうために、巨大な口を開けて俺の頭に喰らい付いてきた。
瞬間、俺は迫り来る大蝙蝠の方になにかを必死に我慢しているいっぱいいっぱいの顔を向けて、盛大に吐しゃ物を吐き出したのだった。
「ピギャッ!?」
俺が吐き出した吐しゃ物をもろに顔面に受けた大蝙蝠は、悲鳴のような奇声を発すると、俺の両肩に置いていた両足を離して、たまらずその場を転げ回った。
いったい何が起きたのかというと、蝙蝠の超音波をほぼゼロ距離でまともに食らった俺の脳が甚大な被害を受けて平衡感覚を失ったのだ。
そして平衡感覚を失うということは、つまり、乗り物酔いと同じになるわけで、とどのつまり乗り物酔いに陥っていた俺は、大蝙蝠の顔面に目掛けて我慢できずに大量の吐しゃ物を吐き出していたのだ。
この異世界に来てからありとあらゆる肉類を食して、消化してきた強力無比な自分の胃酸を。
それをゼロ距離でまともに顔面に受けた大蝙蝠が、顔の大半を溶かし、今まで経験したことのない生きたまま消化されるという、あまりの痛みと苦しみに耐えられず、地面を転げ回っていたのだった。
「ゲフッゲホッバカが、俺を酔わせるからだ」
俺は吐瀉物(ゲロ)で汚れた口許を手の甲でぬぐいながら文句を言った。
そう、俺は乗り物にとことん弱い。
車やバスに乗れば三十分と持たないし、船ならば足を踏み入れた瞬間に酔う。
そんな俺の頭を揺さぶったのがてめえの敗因だよ、夜の王。
俺は酔いが回りつつも、何とかドデカズボンのベルトに差し込んで、尻に敷いている斧を右手で取り出して握りしめる。
それから一歩一歩ゆっくりと、斧を振りかぶりながら、地面を転げ回りのたうち回る大蝙蝠に近づいていった。
「てめえの敗因は俺を酔わせたことだ。夜の王」
斧を振りかぶりながら、ヒステリア森林の夜の王である大蝙蝠に近づいた俺は、振りかぶっていた斧に渾身の力を込めると、夜の王の首めがけて勢いよく降り下ろして、巨大な蝙蝠肉をゲットしたのだった。
そして、いい加減虫たちや大蝙蝠との戦いで消耗しきっていた俺は、リュックを背負ったまま、その場で倒れるようにして、仰向けで大の字に横たわったのだった。
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