第二十六話 ブタっぽい俺の蝙蝠ステージ③ ブタと巨大洞窟とおやつの巣

「にしてもあの蝙蝠。よくあんなヨタヨタで木にぶつからないな? ああそうか確か蝙蝠は、口から超音波を出していて、それが障害物に跳ね返って帰ってくる超音波の流れを聞いて、障害物を交わしていると聞いたことがある。これがそれか」


 俺はヨタヨタしながらも、森の木に一切ぶつからずに森の奥へと進んでいく蝙蝠のあとを追いかけていった。


 そうしてしばらくの間、俺が行く手を遮る草花を鉈で刈り取りながら、蝙蝠の後を追って道なき道を進んでいると、俺の行く手に見上げるほどの巨大な岩山が現れる。


 そしてそこには、横十メートル。縦五メートルほどもある巨大な洞窟がぽっかりと口を開けていた。


 蝙蝠は巨大な洞窟の前にまで飛んで行くと、こちらを振り返り、俺に挑発的な視線を向けてくる。


 それからすぐさま巨大な岩山にぽっかりと開いた洞窟の中へと飛び込んでいった。


 まるで蝙蝠の態度は、俺にこれるものなら来てみろといっているみたいだった。


「上等じゃねぇかっあの中におやつエサがしこたまあるってんならいってやる!」


 俺は蝙蝠の挑発にのると、これから手に入れることになるおやつエサに思いを馳せながらも、森の草木を薙ぎ払うために手にしていた鉈をベルトに差しこんで、背負っていたリュックを下ろすと、リュックの中から一際長く野太い薪を取り出して、薪の先端に百円ライターで火をつけて松明を作った。


 それから俺はリュックを背負いなおして、松明を左手にハルバードを右手に握りしめると、蝙蝠の消えた洞窟を見つめて舌なめずりをしながら、蝙蝠の消えた巨大な洞窟の中へと入っていった。


 俺が左手に持ったたいまつを掲げながら、洞窟に消えた蝙蝠を追ってしばらくの間岩肌で出来た洞窟の中を歩いていくと、洞窟の高さが倍ほどになったかなり開けたホールのような場所に辿り着いた。


 ここにおやつエサがあるのかと思った俺は、左手に持った松明で辺りを見回そうとするが、その時頭上からポッチャリと、水滴のようなものが俺の鼻先に落下してきた。


 俺は落下してきた水滴が何なのかを確かめるために、左手に持った松明を天井に向かって高く掲げながら、頭上を見上げた。


 俺の見上げたホールの天井には、無数の黒い影が蠢いていた。


 俺が天井に蠢いている無数の黒い影を目を凝らしてよーく見ると、それは数えきれないほどの蝙蝠たちが逆さまになって天井にぶら下がっている光景だった。


「おおっおやつの山だ! ということは、ここは蝙蝠たちの巣か? 巣がここにあるってんなら、多分俺の探してるおやつエサもすぐ近くにあるはずだ!」


 俺がお宝を堀当てたトレジャーハンターのように喜びに打ち震えていると、「キイッ」という甲高い声が洞窟のホール内に鳴り響いた。


 同時に、天井にぶら下がっていた蝙蝠たちが、まるで黒い雲のように一斉に俺に向かって急降下して襲いかかってきた。


 どうやら一足先に巣に逃げ帰り、俺をこの場まで案内してくれたあの蝙蝠が、すでに仲間たちを叩き起こして、臨戦態勢を整えていたようだった。


「くそがっおやつ肉の分際で俺に襲いかかるだとっ おやつエサに飢えた俺の底力ぁ見せてやるぜ! おおおおおっっ!!」


 俺は松明を地面に突き刺して、安定的な明かりを確保すると、四方八方から襲い来る蝙蝠たちに向かって、両手に持ち変えたハルバードを思いっきりぶん回した。


「ふんぬらばあっっ!!」


 特に狙いも定めずに、蝙蝠の塊に向かって俺がぶん回したハルバードは、一度で五、六体の蝙蝠たちを凪ぎ払う。


 しかし黒い雲のように群れている蝙蝠たちを五、六体薙ぎ払った程度では焼け石に水なのか、蝙蝠で覆われた黒い雲の勢いは一向に収まる気配を見せなかった。


「ならもういっちょおっ!」


 俺は気合いの声を上げながら向かって来る蝙蝠雲を何度も何度もハルバードを使って凪ぎ払った。


 しかし俺がハルバードをぶん回すたびに、蝙蝠たちは落下していくが、蝙蝠雲と化している蝙蝠の群れの数は、一向に減る気配を見せなかった。


「くそがいったい何匹いやがる!」


 あまりの蝙蝠たちの数の多さに、俺は苛立たしげに文句を吐き出しながらも、しばらくの間、蝙蝠雲に向かってハルバードを振り回しながら戦い続けた。


 そうして、俺が蝙蝠たちと戦い四半時ほどの時間が経過した頃には、俺は全身汗だくだくのつゆだくになって、息も絶え絶えになっていた。


 そしてそれに比例して、俺の腹も減り始めていた。


 まずいこの感じっあのオークとの戦いのときみたいだ。


 早くっ早くっなんでもいいから早く口に入れないと!


 俺ははやる気持ちを抑えて、ハルバードを片手に持ち変えながら、左手で水筒カレーに手をかけて飲もうとするが、片手では水筒の蓋がうまく開けられなかった。


「ああもうっ」


 俺は苛立たし気に怒声を吐くと、左の指を使ってなんとか水筒の蓋を開けようとするが、水筒を開けることに意識をさいたのがいけなかったのか。左手を蝙蝠に噛み付かれて、開け始めていた水筒を地面に落として中身をぶちまけてしまう。


「ああっ俺のカレー!」


 俺は自分にとっての第二の命の水であるカレーをぶちまけてしまったために、悲壮な声をあげながらも、世界共通の三秒ルールに乗っ取って、反射的に身を屈めて地面にこぼれたカレーを拾いにいってしまう。


 当然その隙を蝙蝠たちが見逃してくれるはずがなかった。


 地面に蹲りこぼしたカレーを直接口で飲もうと、俺が身を屈めた瞬間。俺の体に蝙蝠たちが群がってきたのだ。


 蝙蝠の群れに群がられた俺は、左手だけでなく。右足と左足。その次に肩と脇腹。そして腹と首筋と、次々に蝙蝠たちに噛みつかれてしまう。


 俺に群がる数十羽の蝙蝠たちは、俺に噛みつき牙を突き立てると、容赦なく俺の生命の源たる血液をむさぼり喰らっていった。


 そして、大量の蝙蝠たちに血を吸われて弱り始めた俺をまるであざ笑うかのように、俺の体に群がり血を吸えなかった蝙蝠たちが、俺が地面に落としてぶちまけた俺の第二の命の水であるカレーに群がりすすり始める。


「ああ……俺の……カレー。俺の貴重な命の水……飲む……な。勝手に……飲むん……じゃねえ。それは、俺の、俺の命の水なんだ。頼むから、やめて……くれ……」


 しかし俺が何度懇願しようとも、何度頭を下げて頼み込もうとも、野性動物である蝙蝠たちはやめてくれなかった。


 そして大量の蝙蝠たちに吸いとられ失っていく血液とともに、俺の力も失われ、俺の意識も遠退いていった。


 俺は死ぬのか? 大好きなカレーを蝙蝠たちに横取りされて、目当てのおやつエサも見つけられずに、ただのおやつ肉たちに血を吸われて……。嫌だなぁ。もっと、もっと。食いてえなあ……


 そして、俺の想いとは裏腹に、大量の血液を失った俺の意識も朦朧とし始めて、俺は意識を失っていった……。


 そしてとうとう水筒から流れるカレーがその流れを止め、また俺の血液も枯渇し始めた。


 そうして俺は、俺がこの世界に来てから、今まで蓄えてきたほぼすべてのカロリーを失ってしまったのだった。


 そしてその時、俺の中で何かがブッツリと切れた音がした。

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