第26話 灰色の領域

 警察署から借り受けた犯人が使用した凶器と注射器を車の荷台に乗せ3人はある場所に向かっていた。鹿屋と所長の言うグレー・ゾーンとは一体何を指しているのか、そして警察の科学捜査班を超える鑑定ができる場所、事務所の瞬間移動機能、和戸は今まで目にして来たものを想起しながら自分がこれから働く探偵事務所がただの探偵事務所ではないことはわかりきっていた。

だが上司に質問しても「あっちに行けばわかる」としか返ってこなかった。

和戸の不安を他所に車は山奥の廃村らしき場所に辿り着いた。

「はぐれないように着いて来てくれ」

所長が躊躇なく廃村の中にずんずん入り込んでいく、鹿屋も現状が飲み込めない和戸も彼の後ろを追った。

「よし、こっちだ」

しばらく歩いて廃村のちょうど中程にたどり着いた。

複数ある廃屋の一つに所長が入っていく、廃屋の中は埃であふれ天井には蜘蛛の巣が幾重にも重なっていた。

一体こんな場所に何の用があるのか?唯一事情を知らぬ和戸は不安半分期待半分の心持ちで上司2名の後を追った。廃屋の中に入り中を見渡すと彼はよくわからない妙な違和感を感じ少し奥に足を踏み入れる。


「和戸君、そこから2、3歩ぐらい離れてくれ」


所長が和戸にその場から離れるように指示する、彼が立っていた場所は畳が剥がれ建物の基礎がむき出しのコンクリート地盤であった、一方所長の目の前には土壁が広がり目線よりやや下の方に手形状の跡が残されていた。

和戸がその場から離れるを見た所長は土壁の手形に合わせるように自身の右手をかざした。

すると所長の手元がブルーライトで明るく照らされる、和戸側からは所長の背中で隠れてしまい微かに電子音声が聞こえてくる以外は彼が何をしているのか見えなかった。


不意に地響きが起きる、天井から埃は木屑が雪のように降り注ぐ。


和戸は驚愕した、ついさっきまで自身が立っていたコンクリートの地盤がゆっくりとスライドし地下へと続く階段が出現したのだ。

この光景を目にした彼は違和感の正体にやっと気づいた、この廃村はどう見ても新しくても昭和、下手をすれば大正よりも古い建物だ、なのにこの建物の地盤に使われている資材はコンクリート、どう見ても時代に齟齬が発生する。

「もう少しの辛抱だ、ついてきてくれ」

そういうと所長が出現した階段を降りていった。

「頭、気をつけて」

所長の注意は一歩遅く和戸は天井に頭をぶつけてしまった、じんじん痛む頭を抑えつつ少し屈みながら地下へと続く階段を降りていった。奥の方で電灯がすでに点灯しており地響きの正体が3人の前に現れた。


彼らの前に昇降機エレベーターが現れた、ただのエレベーターではなく見慣れた箱型ではなく、斜めに降る珍しいタイプのエレベーターであった。


初めて乗るタイプのエレベーターに和戸は少し興奮した、それよりもこのエレベーターが何処に続いているのかがとても気になった。


エレベーターが止まった先には大きく厳かというべきか分厚い鋼鉄でできた門が彼らを待ち受けていた。

和戸を除く二人はエレベーターから降り気にせず門の前へと向かった。和戸も少し遅れながらも後を追った、彼らが門の前に立つ門は自動で開いた。


門をくぐるとそこは巨大な秘密基地のような否、秘密基地そのもののような場所であった。


和戸が辺りを見渡す、門から入ってすぐに広がるのはエントランスらしい中心には受付らしき場所が確認できた。

受付の後ろ、エントランスのちょうど中心にあたる場所には一本のガラス造りの柱がそび立っておりその中をエレベーターが上下していた。その柱からは通路が複数、壁面まで延びておりさながらガラスの大木といった所か。

 「驚いているところ悪いが和戸君と私たちは一端別行動だ」

 平賀所長の声にハッと我に返る。

 「質問したそうな所悪いが今から健康診断を受けてもらう」

 ここがどういった施設なのかを質問する前に所長の言葉が防いだ、もう一人の上司はいつの間にやらエントランスの受付に立って手続きをしているようだった。そうこうする内に鹿屋が手続きを済ませ二人のもとに戻ってきた。

 「手続き終わったよ、所長、和戸にはを」

 和戸は鹿屋に手渡されたものに目をやる、待ちうけ番号が表記されている、携帯ショップや銀行でもらう整理券のようだ。

 「診療所はあっち、看護婦さんの指示に従って行動すればいい」

 そうは言うものの始めてくる場所で単独行動するのは大人といえども少し心細いらしく、和戸の表情が曇る。

 「心細いのはわかるが我慢してくれ、終わり次第エントランスで待っていてくれ」

  どうこう言っていられず和戸は整理券を片手に診療所コーナーへと足を運んだ。

 「よし私達も行こう」

  和戸を見送ると鹿屋と所長も目的の場所に向かった。

 

 「調はっと……」

  エントランス中心のエレベーターに乗り込み2階で降りる、突き当たりを右に曲がると『調査部門』と看板が掲げられた一室がそこにあった。だがなにやらあわただしく職員が出入りしている。

 「人だかりができてるな」

 「そういえば、手続きに時間が掛かるかもって待ち受けで言われたっけかな」

 列に並んでる男に声を掛ける、目の色と肌色から見て日本人ではないようだ。

 「ちょっとお聞きしたいのですが、いったい何があったんですか?」

 背の高い男は振り向き声をかけた所長の方を見据える。

 「なんだい?今少し立て込んでいるんだが、君たちの所属は?」

 「申し遅れた、私達は日本支部の探偵事務所の所長の平賀です」

 そういうと所長が名刺入れから名刺を取り出し男に手渡した、男がまじまじと名刺に目をやり鹿屋の方に目をやる。

 「じゃあ君の後ろにいるのはもしかしてエイイチの妹さんか!?」

 男が驚いた表情を見せる。

 「なんで兄貴を知ってるの?」

 「知ってるも何も今回の案件のMVPだよ、君のお兄さんは!」

 鹿屋が露骨に嫌な顔をする、するとハッとしたように鹿屋が男に質問した。

 「もしかして兄貴ここに来てる!?」

 「ああ、一緒に来てるよ」

 鹿屋は問いただしながらあたりを見回す。

 「あなたも探偵の?」

 慌てる鹿屋を尻目に所長は男に話しかける。

 「いや、俺は交通局所属だよ、ノースカロライナのハイウェイで大規模なが発生してね、いつもなら偽情報流して通行止めでハイ、終了なんだが今回はその穴から大量の遺物が流れ込んできてね、対向車線にまでぶちまけられてる」

 周囲を警戒していた鹿屋も男が話しだすと男の方を向き直り話に耳を傾ける。

 「早朝だったから車が数十分でハイウェイを走り出すくらいの時間帯でレッドコールで出動した俺らじゃ人手が足りない上に遺物処理のクリアランスを保持してる連中が渋滞に巻き込まれて間に合わないっていう状況だったってわけさ」

 二人とも話に聞き入る、もう周りの事は気にする様子はない。

 「そこで急遽、部門違いの代理のクリアランス保持者が来るって事になった」

 「それがあいつってわけね……ところで気になったんだけどシンクホールって?本来の意味じゃないよね?専門用語?」

 「それは「『不規則に発生する異空間トンネル現象』と言えばお前にもわかるかな?」

 突如会話に誰かが割り込む、鹿屋は咄嗟に背後の声の主を視界に入れる。

 「その程度の基礎知識も知らぬとは身内として嘆かわしいよ、所属上無縁とはいえ知っているべきではないかリオ?」

 そこにはダークブラウンのロングコートを手に持った長身の男がそこがそこにいた。瞳の色は理央と同じ色で大きく見開いていないにも関わらず威圧的とも取れる存在感を放っている、髪は黒く短く少し後退し額がやや大きく見える俗に言うM字禿げの一歩手前と言った所か。

 「ああ、エイイチ!」

 「精査は終わったかい?ジョン?」

 どうやら外国人の男の名はジョンと呼ぶらしい、お互いに気さくに挨拶を交える。

 「精査の方は長引くとさ、穴の出所はあっち側にある兵器保管庫だったらしい、保管リストから差し引きしておおよそ保管庫の3割がこちらに流れ込んだようだ」

 ジョンの言うそれらしきリストを英一に手渡す、ジョンに一言礼を言うと英一は受け取ったリストを舐めまわすように上から下まで念入りに目を通す。

 「異常性の有無時点にこれが世間に露呈しなくてよかったよ、こっち側ではオーバーテクノロジーな代物がわんさかだ」

 リストを見終えたあと安堵からか少し笑みを浮かべてジョンにリストを返却したわいのない会話を済ませたのち

 「ところで君たちは何故ここに?」

 踵を返し二人につめよる、視線は鹿屋の持つ件の凶器が入ったケースに集中しているのが見てとれた。

 「それを報告する義務があるんですか?探偵部門アメリカ支部所長?」

 喧嘩越しに鹿屋が返答する。

 「お前には聞いてない、平賀所長に聞いているのだ」

 やや叱責じみた声で妹を嗜める、なまじ視線がケースの方に向いていたので鹿屋は不服そうに引き下がる。

 「新人の雇用登録で赴きまして」

 「ではそのケースは?」

 鹿屋の持つケースについて聞く。

 「あれ?ご存知ない?」

 「妹からは聞いてない、私が昨日手伝った案件で間違いはなさそうだがもしや異世界案件だったのか?」

 「念には念というだけですよ、犯人は町工場の出身でしたし製造できないこともないでしょうし」

 「よければ詳細を聞かせてもらえないだろうか?

 はぐらかすような言い回しが気になったらしく妹の差し金と察したようだ。

 「ええ、かまいませんよ」

 所長は承諾する、鹿屋の方はあからさまに不服そうな表情を見せる。


 不意にアナウンスが施設内に響く。


『アメリカよりお越しのコードネーム『マイクロフト』様、アメリカよりお越しのコードネーム『マイクロフト』様、探偵部門アメリカ支部よりお電話です』


 以下のアナウンスが繰り返される。今度は英一の方が不機嫌そうな顔でアナウンスが流れるスピーカーを見上げ睨み付けた。

「どうやら部下からのヘルプコールらしい、後でまた事件の詳細を送ってもらえないか?メールアドレスは妹が知っているから必ず送らせてくれ」


 そういうと英一はエントランスに方へと戻っていった。












 

 




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