第24話 暗雲

何かが焼ける匂いで目が醒めると見知らぬ天井が広がっていた。少しの思考の後に事務所に泊まっていたことを思い出す。

私服のまま寝たせいか少しぎこちない体を起こし布団を畳んだ後に部屋を出た。

「おはよう、よく寝れたかい?」

「おはようございます」

台所から所長の声がした、声の方に目をやるとテーブルにきっちり3人分の朝食が用意されていた、匂いの元はどうやらこれのようだ。

卓上には目玉焼きにソーセージ、焼いた食パン、正に朝ごはんというべき定番メニューが並んでいた。

「さぁ朝食にしよう」

「はい、いただきます」

席について手を合わせる、昨日は夕飯も食べずに寝入ってしまったせいで空腹であったこともあってか、ありふれた朝食が特別なご馳走に見えた。

「へぇ、所長が朝食作るなんて珍しい、さては新入りの為に張り切ったな?」

いざ実食というタイミングに背後から声がする、振り向くとそこ鹿屋が立っていた、昨日と変わらない服装と寝癖から、見たところ寝床に戻らずソファで一夜を過ごしたのが一目で分かった。

「またソファで寝てたな?」

「いいじゃん減るものじゃないし」

そういうと隣の椅子に座り朝食に目をやる。

「ソース取って」

「自分で取れ、自分で」

ものぐさな鹿屋を叱責する、鹿屋は渋々席を立ち食器棚から3人分のコップと下段の扉からソースを取り出しキッチンシンクの調味料台から醤油瓶を抜き出す。

「はい醤油、お前はソースでいいか?」

所長の前に醤油瓶を置き、コップを並べる。

「あっ、ケチャップで」

冷蔵庫からケチャップと牛乳を取り出しケチャップをこちらに手渡し牛乳を各々のコップに注いだ。

「ありがとうございます」

再び鹿屋が席に着き朝食に手をつけた、朝食一つでも個人個人の好みと特徴が出る。

目玉焼きにかける調味料から食べる順番から全てが違う。

食パンを齧り牛乳で流し込む、食パンにマーガリンとイチゴジャムを塗り頬張る、私は食パンの上にケチャップをかけた目玉焼きを乗せてかぶりついた。

時間にして10分もしないうちに全員が食べ終わる、恐らく2人も夕飯を食べずに寝てしまったようで黙々と食事をしてた。

「それにしても安心したよ、大丈夫そうで」

最初に口を開いたのは皿を洗いながら鹿屋だった、なにやら心配していたらしい。

「なんのことですか?」

「いや、あの現場を見た後だから食事も喉が通らないじゃないかってね」

「食後に嫌な話を振るな鹿屋!」

現場の情景が一瞬脳裏をよぎる、だが不思議とあのトラウマになりかねない情景に耐えれる自分がいた。

「すまない和戸君、気分を害したか?」

所長が様子を伺う。

「大丈夫です、ぶっちゃけその後のカーチェイスの方がよほど怖かったんで」

「テンパってたもんなお前」

「鹿屋ぁ!!」

笑う鹿屋に叱責する所長、かなり怒気がこもっている辺り彼女のしでかしたことは当然といえば当然だがかなりアウト寄りの行動だったらしい。

「それに……」

「それに?」

カーチェイスもそうだが印象に残ったものがあった。

「鹿屋さんの推理も凄かったですし」

「!」

彼女の頰が紅潮する、冷静に装っている割に唐突な褒め言葉に表情が緩んだようだ。

「そこは褒めなくていいぞ和戸君、調子に乗るから」

所長が水を差す。

「それにお兄さんに力を借りただろ?1人で調べてたら絶対間に合わないしな」

所長の指摘が図星のようで鹿屋の表情が痛いところを突かれたと物語っている。

「確かに兄貴に規模の大きい廃墟を調べてもらったのは事実だ、でも犯人周辺は自分の足で探したさ」

会話の途中でふと2つの事柄が引っかかった。

「そういえば、犯人はどうなったんですか?かなり体調が悪そうに見えたんですが」


昨日、犯人の大鳥一色は救急車で病院に搬送されたのだ。

「実のところ、まだ詳細はわからないが倒れた理由は判明したと望月警部から昨日連絡をもらっている」

所長は何やら詳細を詳しく聞いたらしい、彼は続けてこう言い放った。

「腎臓ガンだそうだ、それも末期ガンのな」

「「末期ガン!?」」

思いも寄らぬ病名に鹿屋と私は同時に声を上げる。衝撃的な事実に唖然としている私を余所に深く考え込む鹿屋、顎に親指と人差し指を当て考え耽る姿は出会ってから始めて見た彼女の長考だった。この事件において一切の迷いもなく真実に辿り着いた彼女がはたから見てもわかるほどに考えを張り巡らせているのだ。


数秒の沈黙の後、最初に口を開いたのは鹿屋の方だった。


「犯人があの時打った注射器アンプルは?」

犯人はあの時もがき苦しむ最中リュックから注射器のようなものを取り出しそれを注射していたのだ。

「あれが自決用の毒だったのか……!」

「いや、注射器の中身はもう調べはついている、毒にも薬にもならん水溶液ということらしい」

所長の返答に肩透かしを喰らう。だが彼女は質問を続ける。

「なら犯人の入院してる病院は?聞かなきゃいけないことがある」

「それならいつもの警察病院だ、だが行ったとしても今、犯人は未だ意識不明の重体だ、まともに応答できないぞ」



突如固定電話が鳴り響く、電話に最も近かった鹿屋が受話器に手をかけた。

「はい、こちら並木探偵事務所……望月警部!?」

電話の相手はどうやら望月警部その人のようだ。

「……えっ?犯人が!?」

噂をすれば影というがどうやら電話の内容は昨日の犯人の件らしい、そして彼女の表情から最悪の事態が見て取れた。

受話器を置くと彼女はそそくさと自分の部屋に戻ろうとした。

「おい!話の内容はどうした!?」

所長が部屋に戻るのを引き留める、彼女が部屋の扉の前で止まる。

「犯人がついさっき死んだ」

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