第17話 残酷な真相

もはや顔立ちもわからないほどに酷い怪我であったが彼女である明白な事実があった、自分が彼女の誕生日に買ったリストバンドその折れた腕にされていたからだ。


私は半狂乱状態になりながらも携帯で救急車を呼んだ。


そこからはあっけなく話は進む、倒れていた女性は瑞穂であった。

酷い暴行により頭蓋骨を骨折、両手足は石のような硬いものを何度もぶつけられ完全骨折、それ以外にも筆舌に尽くしがたい暴力に晒された彼女は35時間にも及ぶ集中治療も虚しく還らぬ人となった。致命傷となったのは頭部を何度も木に打ち付けられたことによる脳挫傷と判明した。


彼女の両親曰く約束していた時間よりも1時間も早く家を出ていたらしい。理由は不明だが恐らく私を驚かそうと茂みに隠れていたところを犯人に襲われ抵抗し激昂した犯人に殺害されたというのが警察の見解であった。


第1発見者である私が一番最初に疑われもしたが現場に残された体液とDNAが一致しなかった為容疑者から外れた。


その後の捜査で無職の中年男が自主した。


その男は留置所で自殺、事件は終わった


かに見えた。


この事件により心を病んだ私は半年ほど診療内科にかかりなんとか中学を卒業し高校を出た後、親の家業の工場を継いだ。


あの事件の以降、松野とは通院のこともあり疎遠となった、彼は卒業前に連絡も無く引越ししてしまっていた。


あの事件から10年以上たった後だった、リーマンショックによる不景気の波は私が継いだ工場を襲い、やむなく工場を手放すこととなり新たな求職を求める日々を過ごしていた。


「大鳥一色君だね」


その日は職業安定所に求人を探しをしていた時だった。その頃には両親も死に身内は一人もおらずかつての従業員達とも顔を合わせていなかった、名前を呼ばれるのは久しい感覚であったのを覚えている。


声のする方に振り替えると夏が終わってまだ日が立たず残暑が残るというにも関わらず分厚いトレンチコートを着た自分より5歳か10歳ほど歳上でらしき男がいた、帽子を被っておりその瞳はまるでテレビで見た海の底の深く暗い蒼であった。瞳の色からして外国人もしくはハーフであるのが見てとれた。


「どちら様でしょうか?」


初めて見る顔だった、かつての取り引き相手かとも思ったが取り引き先に外国人はいなかった。


「ここで話すのは何だからあそこで座って話をしよう、コーヒーの一つでも奢るよ」


男は背後を親指で指差す、その先には喫茶店があった、初対面であったが人との会話に飢えていた私は彼の話を聞くことにした。


「いらっしゃませ、2名様でよろしかったでしょうか ?」

「禁煙席を頼みたい」

「かしこまりました、あちらの空いている席にどうぞ」


喫茶店の店員が席を案内する男は奥の窓際の席に腰掛ける。


「ホットコーヒーを一つ、砂糖ミルクは3つずつ」

「コーヒーですね、後、砂糖とミルクはそちらにございますご自由にお使いください」

「おや、これは失敬、君もコーヒーでいいかな?」

「……アイスで」

「かしこまりました、ごゆっくりどうぞ」

「立ってないで座りたまえよ」

残暑では考えられない注文をする男の向かいの席に座る、室内に入っても男はコートを脱がない。


「ご用件は何ですか?」

「本題に入る前に一つ聞いてもいいかな?君のご両親が亡くなられたと聞いたのだが本当かな?」

彼は両親の知り合いなのだろうか?

「ええ、経営を立て直そうとした父が事故で死に母も後を追うように病気で死にました」

「そうか、それは辛かったろう、ご冥福をお祈りします」

「あなたは両親の知人の方なのですか?私に一体何のご用が?」

「知人というほどではないんだがね」

男は手元にあるシュガースティック3本とコーヒーミルクを開封しコーヒーに注ぐ、かなりの甘党なのだろうか?厚着にホットコーヒーという真冬の組み合わせなのに男は一切汗をかいていない。

「では本題に入ろうかな」

男がそういって話を始めた。

「10年以上前に起きた事件の真相だ」

かつての記憶が脳裏によぎり目眩に似た感覚に苛まれる。

「……事件とは?」

十中八九あの事件であるのは間違いなかったが念の為に聞いた。

「とぼけなくてもいい、君の想像している通りあの山で起きた強姦殺人事件だ、君の恋人が亡くなったね」

予想は的中した。

「犯人は捕まって獄中で死んだはずだ!」

「確かにそうだ、

思いもよらぬ答えが返ってきた。

「君の中学校の同級生に市議員のご子息がいただろう、獄中死した男は彼の……いや、厳密に言えば彼らのだ」

たしかに市議員の息子が自分の同じ学年にいたのは覚えがあった、名前は中嶋、だがこの時点では私は奴に対してピンとこなかった、自身と因縁がある、または恨みを持つ中学生時代の人物といえばあのいじめっ子連中しか覚えがない。優等生で名の通っていた中嶋が彼女を殺す動機がない。

「動機がないと言いたげだねぇ……」

暑すぎて飲めないのか中々コーヒーを口にしない、そもそも何故真夏にホットコーヒーを頼むのかわからないが彼が私の疑問に気づいたようだ。

「確かに私には市議員の息子が同級生はいる、だが彼が私に恨みを抱かれるようなことはしていないし、彼女に恨みが……」

一つ思い当たることがあった、瑞穂は学校内でもトップクラスの成績を持っていた、彼女が学年1位になった際に前年度まで1位だった

中嶋は2位に落ちてしまっていた。

「思い当たる節があるようだね」

「あなたは一体……何を知っているのですか?」

「全てさ」

男の眼は一切揺るがない、その瞳は嘘偽りない真実を知っているという凄みを感じた。

「では少し視点を変えようか」

「視点?」

「そうだ、視点だよ」

男の意図を理解できないでいる内に男はこう切り出した。



心臓がストンと落ちるような感覚に陥る、この汗は残暑のせいではない気づけるはずだ気づこうとしなかったというべきか、全てが繋がる。


「どうやら理解できたらしい」


そういうと男は甘ったるそうなコーヒーを一気に啜ると二人分のコーヒー代を置いて席を立ち上がった。

「真相を知りたければ、ここに書かれている電話番号にいつでも連絡してくれ」

更に電話番号が書かれたメモを私の目の前に差し出しこう耳打ちした。


「この場で話にくいこともあるしね、そしてもし……」

男はこう続けた。


「全てを投げ打ってでも一矢報いたいのならね」


男の言葉の意味が理解できていたが身体が動けなかった。

「コーヒー、冷めてしまわぬうちに飲みたまえ……おっと、君のはアイスだったか」

男は店を出る直前そういうと店を後にした。私は絡まった思考を落ち着かせる為にコーヒーを一気に流し込んだ、氷が溶けたせいか薄く感じた。



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