第4章 刻まれた獅子 解決編

第12話 刻まれた獅子 正体編

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 突如、真っ暗闇の車内に悲鳴が鳴り響く。

「「なんでええええええ!?」」

 ほぼ同時に完全に一致した叫び声をあげる二人の探偵。

「この……けだもの!最低!最低!」

「鹿屋さん!声!声!」

 半狂乱の女探偵を必死になって宥める男の名前は『和戸尊』そして未だに自身の身体を抱きしめ雄叫びを上げ続ける女の名前は『鹿屋 凛音』、身体を触られたかもしれないという感じの反応だ、それもそのはず彼女の男装は完璧と呼べるものだった、衣服を


否、本名、『鹿屋 理央』である。


身体を触られたかもしれないという感じの反応、それもそのはず彼女の男装は完璧と呼べるものだった、衣服は男物、髪は束ねてあるが男性でもありえる髪型、胸にいたっては念入りにサラシを巻いて隠す周到さである、触れずして看破するのはほぼ不可能と言っていい。


 しばらく静寂の後、彼女の方が声を上げた、かなり疑心暗鬼になっているのが見て取れる。

「何なのあんた!」

「こっちこそなんなんですか?犯人に気付かれちゃいますよ!」

「あっ……」

 突如として彼女の頭から血の気が引く、彼女が車外に出る、彼も後を追う。

「……ごめん、変態呼ばわりしちゃって」

「……えっと、こちらの方こそ御免なさい、探偵のプライドを傷つけてしまって」

 汐らしくなった彼女を見て察したであろう和戸の方も鹿屋に謝る、沈黙だけが過ぎてゆく。


木枯らしが吹く真夜中の空に探偵


 二人は廃墟に佇む、


 気まずい雰囲気は流れ続ける。


「……傷ついたなぁ」


 鹿屋が呟く。


「本当にすみません!まさか本当に女性とは思わず……」

「それ、俺が男だったら殴られていたかもな」

 和戸が申し訳なさそうに呟き、鹿屋は解いた髪を揺らしながらぶっきらぼうに答える。

「しかも途中でため口連発するわ、やたら考え込むし、ぼーっとしていてイライラする」

「…………」

 言葉の機関銃が和戸を撃ちぬく。

「……でも俺も悪かった、無理に見学だの言って連れ回した挙句ネギトロめいた死体と鉢合わせさせるなんて俺もどうかしてる」

「…あの………」

「何?」

 和戸が鹿屋のマシンガントークを止める、かつて入口であったであろう所を仕切りに指さす、その先になにやら黒い物影が蠢いている。

「追いかけますか?」

 和戸が急かす。

「いや、いい泳がせておこう」

 そういうと鹿屋は身を屈めた、そして音を殺しながら和戸にも屈むように指示した。

「泳がせるのは何故ですか?」

「ああ、あいつは間違いなく犯人だ」

 和戸に動揺が走る。

「えっ!捕まえないと……」

 鹿屋が人差し指を鼻先に寄せた、和戸も理解し無言で頷く。


 しばらくすると黒い影は姿を消した。


「よし、頃合いだ」

 鹿屋が呟く、和戸も彼女の後を追う、廃墟の団地はさながら心霊スポットのように彼らを迎え入れた、夜風は強く建物を軋ませる、地鳴りのように、それでも二人の探偵は廃墟を突き進む。

「ここか」

 月明りが彼らを味方した、かつて人々が暮らしたであろう廃墟の一室、その一部屋だけが不気味にも明るかった。

「全く同じだ!昼の現場とさっきの犯行現場と同じだ……!」

 廃墟に響かない声で和戸が叫ぶ。

「犯人は間違いなくここに罠を仕掛けたはずだ」

 彼は不気味に明るい部屋へと突入した。

「やっぱりだ」


 部屋の頭上には網状の糸が木枠に収まり空白となった屋根の代わりをしていた、その上には真っ暗で何も見えない。

上階うえに行こう」

 階段を駆け上がる。

「ここがちょうどあの一室の一番上の部屋だ」

 和戸は頭の中を整理した。


1.これまで殺人現場は全て五階まで吹き抜けのような構造。

2.二人の男が殺された、一人は今朝見つかっており二人目は恐らく夕方の現場で殺された。

3.被疑者の一人は妻子持ち、その妻子も行方不明

4.彼らの共通点は同じ中学校出身ということ


 情報量の多さに頭がパンクしそうになる、彼女はたったの五時間弱でここまで情報を収集したのだ。

「まるでホームズみたいだ」

 彼女の足が止まる、だがここは五階ではない。

「あのさぁ、そのあだ名やめてくれる?」

 苦虫を噛み潰したかのような表情だ。

「ん?なんでさ」

「嫌いなんだよ、ホームズが!」

「はっ?」

 和戸の頭に血が昇る、表情はさながら悪鬼の類のようだ。

「ホームズほど素晴らしい『探偵』はいないだろ!!」

 廃屋に怒号が響き渡る、彼が彼女に始めて見せた憤怒の表情だ。

「薬物中毒者じゃないか!」

「ワトソンが止めさせた!」

「お前が?」

「違う違う違う!!作中のJ・H・ワトソンだよ!君の耳は節穴か!!」

 暴走機関車のように息を吐く。

「わかった、わかった、ごめん怒鳴り倒して」

 喧嘩の真っ只中の猫のようにフーフーと言う息に思わず折れる、深呼吸、表情が和らぐ。

「こちらこそ、すみませんでした、勝手にあだ名なんてつけちゃって」

「いや、こっちこそごめん……」

 五階までは黙々と歩いた、だが会話は弾んだ。

「そういえばさ、なんで俺が女なんてわかったんだ」

「え、だってあの時いたでしょ?カフェでの面接で」

 彼女の顔が紅葉のように赤くなる、口元が震える。

「後、『ワトソン君』って車の中で言ってたのがその証拠、隣にいた男の人は所長さんですよね?」

「いやいや、待って待って止まって」

 歩みも止まる。

「どうしたんですか?」

「それだけでなんで女だって解ったの?意味がわからないんですけど?」

「だって優しいじゃないですかあなた」

 今度は彼女が暴走機関車だ。

「いやいやいや、なんでなんで?なんで私が優しいの?」

「テストの時にヒントをくれたことと偵察の時、気を掛けてくれたからですかね」

 彼女の身振りが止まる、だが顔は紅潮している。

「そ、そんなの上司として当たり前でしょ、勘違いすんな!馬鹿!」

 ぶっきらぼうこのうえない上司に困惑する和戸。

「あっそうだ」

 突如思い出したように声を上げる。

「あの誓約書、最後の一文、あれは何なんですか?」

 彼女が無表情になる。

「いずれわかるさ、いずれな」

「本当にですか?」

「約束する」

 

 

 彼らは最上階についた、月明かりも届かない暗闇完全にベランダから差し込む光だけが頼りだった。

「俺から離れるなよ」

「わかった」

 鹿屋は顔を近づけ埃かぶった床を指さした、ある一定の境から埃が無い。

「ああ、その境界線ラインには入るなよ、今朝の野郎と同じ目に合うぞ」

 

 和戸は唾を飲んだ、彼はやっと答えを得た。

 

 



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