Part Ⅸ the Quick Silber

 所長と共に階段を降りる、扉の先には彼はいた。

「終わったようだね、君の答えを見せてもらおう」

 所長が答案用紙を手に取りそれに目を通す、次第に彼の表情が明るくなる。

「おめでとう、合格だ」

 彼は心底安堵した表情を見せた、ああ、緊張していたのか。

「所長、オレにも見せてくれ」

 自分も内容が気になりテスト用紙を所長から取り上げる。


問5、3階建て 

問6、およそ3時16分(終了のチャイムを鳴らす前)

問7、車庫か物置

問8、3人

問9、裁判所と真実、法に基づくべき、情状酌量の余地があるかも吟味する。

問10、この質疑応答においては誠実にお答えしました。


 表面からは想像できないほど突拍子のないとんち染みた解答に思わず気が緩む。

「やるじゃない」

 思わず誉めずにはいられなかった。

「アナタの名前は?」

 彼がワタシの名前を尋ねる、そういえば紹介がまだだった。

「僕の名前は鹿屋凛音」

 よくよく見ると綺麗な目をしている、イサトさんが言うように誠実なのは確かなようだ。

「じゃあ、次に誓約書にサインをしてくれ、それで今日の所は終わりだ」

 いつの間にやら所長が誓約書を持っている。

「ありがとうございます」

 彼が手渡された誓約書に目を通す。


 ふと彼の表情が固まる、なるほどあの一文がよほど答えたと思える。


:当事務所を退所する際に業務に携わっていた全ての記憶の消去措置に従います:

 

 ワタシの時はどうだっただろうか?気にせずサインしたような気もする、なによりワタシに記憶に未練などなかった。


ピンポーン


 空気の読めないインターフォンが響く。

「鹿屋、出てくれ」

「はいはーい」

 所長の指示に従いドアに向かう。

「あ、警部」

 そこには望月警部が立っていた。

「そこにいる彼は?」

 警部は彼が気になるようだ。

「和戸です、よろしくお願いします」

「警察庁、捜査一課の望月だ、よろしく」

 挨拶を返せるほどには気丈夫なようだが拳が震えている、それにしても何があったのだろう?

「実はだな、ついさっき隣町の解体予定のマンションで死体が発見されたんだ」

 殺人事件、本来警察が探偵を頼ることは滅多にない、ということは………

「僕達の案件ですね?」

 警部がしきりにワタシの背後に目を向ける、どうやら部外者に聞かせたくないらしい案件のようだ。

「そこなんだがな、死体の状態が余りにも異常でな」

 なるほどじゃあこちらの案件というのは妥当だ。

「不謹慎な言い方だがなサイコロステーキのようなんだ」

 後ろをチラッと視線を流す、自信満々にテストを回答していた男はドブネズミのように惨めに縮みあがっていた、なら……

「ふん,それは興味深い」

 こいつにここにいられるかを

「死体はそのまま」

 実際の現場で

「ああ」

 見定めてみようじゃないか。

「よし、じゃあ行こうか和戸君!」

 しばらく黙り込んだ後、顔をあげた。

「……わかりました、同行します」

「素直でよろしい、ではいきましょうか警部」

 警部は呆気に取られたようだったがワタシはかまわず事務所を出た。

 

「着いたぞ、ここだな」

 警部の車が目的地についたのは事務所を出てすぐの空き地だった、だがただの空き地ではない、野ざらしにされすぎて人っ子一人寄らない団地、覆う木々は無造作に子供たちの遊んでいたであろう遊具は錆び付き動かない。

「この中だ、足元に気を付けてくれな」

 浮浪者共が食い散らかしたであろう残飯と落書き、反吐が出るほど胸糞が悪くなってくる。

「ここだな」

 異臭、それも飛びっきり強烈な死の匂い、それにしてもこの一室だけ異様に明るい、間取りだけではこうも明るくはならないはずだ、後ろでえづき声が聞こえる。

「おい、現場を汚すなよ」

 鹿屋の一喝で少し冷静になる。

「だ、大丈夫……」

 根を上げそうな声だ、なるべく足早に現場を出るとしよう。

「これはひどいな」

 警部の言っていた通り、これはヒトが成せる業じゃない、肉塊は生前の人間が羽織っていたものごと切断仕切っている、それにしても……

「臭いな、何喰っていたんだ?こいつ?」

 ひたすらに臭い、鼻が曲がる、のけ反ってしまいたくなる、少し下がろう。

「警部、僕は少し周辺を探索してきます」

 流石に臭いがきつい、少し新鮮な空気が欲しい。

「「すぅ…はぁ」」

「大分参っているな」

 隣で息を整える、差し詰め和戸は走り疲れた犬のようだ。

「おいおい、大丈夫かよ」

 こちらを睨みつける、手負いの獣とはこのことだ、実に情けない男だろうか。

「ふん、相当応えたな?じゃあそんな君に一つ諺を進呈しよう」

 我ながら国語の教師気分で、そして口調で話してしまう。

「『当たって砕けろ』だ」

 バンジージャンプを躊躇う芸能人のような表情に変わる、ちょっとおかしい。

「どうだい?出来るのか?出来ないのか?」

 囃し立ててみる、どうせこいつもワタシのもとを去る。


「わかりました、行ってきます」

 

 おもいもよらない言葉に不意を突かれる。

「いい顔するねぇ、じゃあ行ってこい!新米君!」

 私は自然と彼を激励していた。

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