第6話 刻まれた獅子 捜索編
「……駄目だ、もう駄目だ!」
たまらず愚痴が零れた、もう恐らく聞き込みを続けても情報は得られないだろう。
「仕方ないか……」
メモを開く、焦って書いたこともありひたすら汚い、速筆の練習でもすべきだったか、自分の字と記憶を頼りにまとめていく。
不審者は3人いた、一人は青いジャージの男、もう一人は剣道の師範、最後にホームレスの老人。
数年前に廃墟団地から何か削るような異音を聞いたという証言。
コンビニ強盗事件は2、3日前の出来事である。
不審者3人の内の1人の師範には聞き込みに成功している、その日は早くに稽古を終えたらしく彼の生徒達もアリバイを証明している、そもそも刀であんなに人体をバラバラにできるはずなどないはずだ。
残る二人は行方が分からず仕舞い、だが老人にあの所業ができるはずもない、しかも目撃証言が全員曖昧すぎるのだ、なら間違いなく犯人は青いジャージの男のはずだ、だがどこに住んでいる?近隣住民曰く、パーカーも羽織っていたらしく顔がわからない。
しばらく考えこんだ後、悩んでも仕方がないので私は現場に戻ることにした。
現場に戻ると無残な亡骸は片されていた。
「聞き込みの方はどうだったかな?」
警部が声を掛ける、私は成果を伝えた。
「……なるほど、こっちは遺体の下に花見やキャンプで使う市販のビニールシートが敷かれていたことと被害者が独身であること、かなり質が悪い男だったらしい、暴力団とも関係を持っていたようだしな」
鑑識が言っていた通り人でなしだったようだ、だがこれで暴力団の抗争の可能性も浮き出た。
「ただ、死亡推定時刻が全くわからんのだ、遺体の損壊が激しすぎるうえに遺体の一部は犬猫かはわからないが食い荒らされていたからな」
遺体の記憶が蘇り目がチカチカする、気分が悪い。
「ひとまず事務所に戻ろうか、初事件がこんな惨い案件なんだから気が滅入っても仕方がないからな、パトカーで送ろう」
警部は察してくれたらしく、私は無言で頷いた。
並木探偵事務所についた頃には完全に陽は落ちかけていた、私は警部と警察関係者の方々に礼を言い事務所に戻った。
「おー、どうだった?初の聞き込み?」
客間のソファに鹿屋が寝そべっていた。
「どうだったじゃないですよ!放置はあんまりじゃないですか」
私は黙りかねて彼に文句を放った。
「はっはっは、悪い悪い、で?どうだった?成果は?」
彼は成果の方にしか興味がないらしい。
「近隣のコンビニ強盗があったのと野次馬の中に大きなスポーツバッグを持った男がいたぐらいですかね」
私はぶっきらぼうに言った。
「違う違うそうじゃない」
彼が話を遮る。
「聞き込みは楽しかったかって聞いたんだ」
私は聞き込みのことを思い返す、OLの女性、駐在さん、いろいろな人に聞き込みをしたが彼らは最初は嫌な顔をしていたのに最終的には心を開いてくれた、何故だろう?
「その表情、さっきの報告、君は想像以上に聡い人間だ」
唐突な誉め言葉に頬が緩む。
「ここに入ってきた新入りのほとんどが聞き込みで折れるんだよ!恥ずかしいやらなんやら言い訳してね」
彼は不機嫌そうに言ってのけた。
「だが君は違った、嫌々であっても臆さず突っ込んだのは評価に値する」
少し間を開けてから彼は言った。
「だからこそ君にはこの事件の真相を暴く瞬間をお見せしようと思う」
余りにも唐突すぎる、だが彼の瞳は確信を得ている、私が数時間かけて情報を集めている間に彼はあの猟奇的殺人を行った犯人に辿り着いたというのだ。
「あっ、そうだ」
彼が思いついたように口を開く。
「君がたどり着いたスポーツバッグの男、間違いなくそいつが犯人だと私は思う」
思うと言うあたり確証はないらしいがどうやら何かのヒントになったらしい。
「よし、次に証拠を明確にしなくてはいけないな、犯人は間違いなく証拠を二重で消す準備が整っているはず、じゃあ行こうか」
「行くってどこに?」
「二番目の殺人現場だ」
思いもよらない言葉が飛び出す。
「まだ殺人事件が起きるんですか!?」
「それも連続殺人だ」
彼はわき目も振らずに事務所の壁の消火栓に近づき躊躇なく開けた、私の質問には答える気はないようだ。
……おかしい、あれは開けた途端けたたましい音を立てるはずだ、だが鳴らないのだ、よく見てみると消火栓と思っていたそれの中身にホースは無く代わりに少なからず50はあるであろうスイッチがそこにはあった。
「埼玉、埼玉っと、あっ、ここか」
理解が追い付かない私を無視し彼女はボタンを一つ押した、その瞬間、アラームが鳴り響き次の警告が事務所内に響いた。
『転送を開始します、転送を開始します、窓及び扉付近から離れてください』
警告は2、3回鳴ると窓のシャッターがガラガラと音を立てて閉まった。
「さて、少し驚いたかい?」
彼は冷静だ、こっちは頭がおかしくなりそうだ。
「少し所じゃすまないですよ!この事務所、誓約書もわけわからないし、この警報!ロボットにでも変形するんですか!?」
彼が腹を抱えて笑いだす。
「笑ってないで答えてください!!!」
私は怒気を込めて彼を問い詰めた、というよりももう堪忍袋の緒が切れそうになっていた。
「そうパニくるなよ、今はこの事件の真相を解き明かすことを優先しようじゃないか」
彼がそう言ったと同時にシャッターがガラガラと音を立てながら開く。
『転送が完了しました、転送が完了しました、お疲れ様です』
少し気を落ち着かそうと息を整える、だが彼はそそくさと玄関に向かう。
「急ぐぞ、ワトソン君、今回の証拠は私たちを待ってくれないぞ?」
私は大きなため息を吐くと立ち上がり彼の後を追いかけた、事務所を出ると彼は足早に降りながら懐から車のキーのようなものを取り出す、キーホルダーにはボタンが付いており彼はボタンを押した、すると1階のシャッターがゆっくり開く、中はテストで推測した通り車庫だったようだ、シャッターが上がりきるのを待たずに彼は車庫に入り込んだ、シャッターが上がると彼は車に乗りエンジンをかけていた。
「早く乗れ、時間が惜しい」
車の窓を開け乗るように合図する、私は彼の指示に従い車の助手席に乗り込んだ。
「シートベルト絞めたか?飛ばすぞ」
彼は私がシートベルトを締めるのを確認すると間髪入れずに車をとばした。
「早すぎる!標識が見えないのか君は!?」
標識は40km、車のメーターを見ると80kmは出ている。
「これも作戦だ!あんま喋ると舌噛むぞ!」
彼は速度を落とす気は一切ないようだ、街中に入っても彼は決して速度を落とさない。
「そこのミニバン!止まりなさい!!」
案の定のサイレン、パトカーが後ろに迫っている。
「よし、釣れた」
なにがだ?
「正気か!?君は!?」
車の揺れが激しい、うまく喋れない。
「正気さ!」
彼は自信満々に言い放った、私を乗せた車はさらに速度を上げていく、追跡するパトカーは1台、2台と数を増やしていった、しばらくすると人気のない場所に着いていた、そこはなにか既視感を覚える廃墟が存在した。
彼は廃墟の目の前に駐車した、奥でなにやら音が聞こえる、工事をしているようだ。
「やっぱりか…」
彼はそうつぶやくと電話を取り出し誰かに連絡しながら廃墟に近づいた、私も後を追う。
パトカーのサイレンも背後から聞こえる、前には工事中と記されたフェンスが配置されていた、警備員らしき人もいる。
「すみませーん警察のものです!」
余りにも清々しい嘘に物理的に躓きそうになる、彼は躓きそうな私をそっちのけで戸惑う現場の作業員をよそに彼は解体中の廃墟をがんがん進んでいく、片手には携帯を持ちながら、誰かと連絡しているのだろうか。
「良かった、間に合った」
彼が安堵の表情を浮かべる。
「何が良かったんだ?そろそろ教えてくれたっていいだろう?」
彼が不敵に笑う、まるで勝利を確信したような笑みだ。
「ここ、何か共通点を感じないかい?」
廃墟の一室、見回してもよくわからない、彼が中に入るように誘う。
「上、見てみなよ」
彼が天井を指す。
「ふ、吹き抜け?」
そこには天井と呼べるものはなく老朽化のせいか大きな穴が開き天井は遥か上に存在した。
「今日見た殺人現場にも同じような構造になっていた」
私は驚愕した、遺体の凄惨さに天井に気づかなかったのだ、だからあの部屋だけ妙に明るかったのだ!
「私が君に聞き込みを頼んだ後、私は廃墟を見回り吹き抜けを見つけた、そこから警部に被害者の情報をあるだけ聞きパトカーに乗せてもらい事務所に戻った」
彼の推理に耳を傾ける。
「まず私は三つのことを調べた、一つは被害者を殺す動機を持つものを探すこと、これは被害者が恨みを買いやすい人でなしだったから後に回した、二番目に似たような廃墟がないか調べ上げた、そしたら四つの廃墟がどれも五階建てで第一次ベビーブーム頃に建てられた廃墟であることが判った、一つはもう取り壊されていた、もう一つはここ、そして三つ目が今日の事件現場だ」
どれも同じ廃墟、すなわち廃墟団地は隣県を跨いで四つもあったのか!でもそれが何に関係するのだろう?私は彼に疑問を投げかけた。
「そんなのどうやって調べ上げたんだ?大体五時間も無かったじゃないか?」
「私の知人に頼んだのさ、すこぶる有能な働きアリみたいな奴でね、さぁ話を続けよう」
露骨に嫌な顔をしながら彼は本題に戻った。
「三番目だが私はここ数か月で行方不明者がいないか確認した、そしたら二人の男が浮上してきた、しかも一人は妻子持ちでその妻子も行方不明ときた、そのご両親が捜索願いを出していたからね、そこから今回の被害者と共通点を調べ上げた結果、彼らは中学校時代の同級生であることが判明した」
彼の推理と行動力に驚嘆を隠せない、立ったの五時間で手助けもあったとしても明らかに早すぎる。
だが彼の推理には穴がある、暴力団の線も隠し切れないし犯人は複数犯かもしれない、そもそも殺害方法が解けていないではないか。
「……あ!いたぞ!」
激しい息切れと怒声が聞こえた、後ろを振り向くとそこには怒りに満ちた警察官が背後に立っていた。
「お待ちしておりました、鑑識さん呼んでもらえます?」
彼は涼しげに言った。
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