第2章 刻まれた獅子 新米探偵編

第4話 刻まれた獅子

「そこにいる彼は?」

 訪問者は私に目を向ける。

「彼は今面接中の和戸尊君だ」

 所長は訪問者に伝えた、私は気を取り直し彼に挨拶した。

「和戸です、よろしくおねがいします」

「警視庁、捜査一課の望月だ、よろしく」

 彼の威圧感で身体が固まる、捜査一課といえば殺人、放火といった人の命に関わる犯罪捜査をする人だ、それなのにどうしてここに来たのだろうか?探偵が警察と関わるのはフィクションの世界だけだと思っていた。

「警部、今日はどんなご用件で?」

 鹿屋が警部に要件を尋ねる、ついさっきの彼とは違いかなり印象が変わった、そう例えるなら仕事人のような面持ちだ。

「実はだな、ついさっき隣町の解体予定のマンションで死体が発見されたんだ」

 殺人事件、死体の状態は?そもそも他殺なのか?自殺なのか?いや、自殺の線は薄いはずだ、プロの彼らが殺人と断定したのなら間違いないはずだ。

「僕たちの案件ですね?」

鹿屋が質問する。

「そこなんだがな、死体の状態が余りにも異常でな」

異常?損壊が激しいのか?

「不謹慎な言い方なんだがな、その遺体がだな……」

 警部は少し黙った後こう言った。

「不謹慎だが、その……サイコロステーキのようなんだ」

 サイコロステーキ?この警部は何を言っているんだ?もしかしてバラバラ殺人のことを言っているのか?

「ふん、それは興味深い」

鹿屋が反応する、そして間髪入れずに質問した。

「死体はそのまま?」

「ああ」

 警部も即答する。

「よしじゃあ行こうか、和戸君!」

 唐突すぎる、彼は私を殺人現場に来いというのだ。

「あ……」

 返事が出せず数秒困惑していると彼の顔が私の間近にあった。

「その表情、『何故僕を誘ったの?』って表情だね?」

 図星だった、私は無言で頷く。

「まぁ、わかりやすく言うと社会見学だ」

 なるほどという顔になる、実際の現場を見てどのような仕事をしているか知ってもらうために私を誘ったようだ。

「……わかりました、同行します」

「素直でよろしい」

 鹿屋はそういうと私から距離を離し警部に向き直った。

「では行きましょうか警部」

 私達は警部の乗ってきた車に乗り事件現場に赴いた、自分に待ち構えている恐怖と言いようのない違和感を抱えながら……



「着いたぞ、ここだな」

車がたどり着いたのは使われなくなった団地であった、至る所が苔むして老朽化のせいか壁に亀裂が走っている、不良が残したであろう珍妙な落書きが点在している。

「この中だ、足元に気を付けてくれな」

 足元を見ると割れたガラス片、中身が変色したペットボトル、弁当の空箱、不法投棄されたであろう廃材がうち捨てられていた、ふと強烈な悪臭が私を襲った、廃墟に入ってから常にかび臭かったが一際臭う、吐しゃ物のような臭いだ。

「ここだな」

先を歩いていた警部が止まりかつて人が住んでいたであろう部屋を指さした。


絶句した。


 その廃墟の一室は間取りのせいかとても明るく感じた、だがそこの床には夥しい血と汚物の山、否かつて一個体の生命だった存在がそこにはあった。

 異臭と強烈な光景に私は吐き気を催しそうになった、生半な気持ちで現場に行くと言い放った自分を呪った。

「おい、現場汚すなよ」

 鹿屋の一喝で少し冷静になる。

「だ、大丈夫……」

 呼吸を整えて、鼻を摘まむ、目を背けたい惨状に目を向けた、足元に散らばる残骸は紛れもなく人間のモノらしい、ここまで酷い状態だともう人なのか人以外の動物なのかわかったもんじゃない、白い物体は骨だろうか?よくよく見ると無機物らしきものがある、服の破片のようだ、ジャンパーのような上着だろうか?その破片にはライオンのエンブレムのようなものが見て取れた。

「これはひどいな」

そう言うと鹿屋は臆さず遺体に近づきじっくりと観察した。

「臭いな、何喰ってたんだ?こいつ?」

 余りにも淡々と周囲をなめ回すように現場を観察していた。

「警部、僕は少し周辺を探索してきます」

そういうと彼はそそくさと現場を出て行ってしまった、私もここにいることに耐え切れず現場を離れた。

「すぅ……はぁ」

「大分参っているな」

 現場の一室、通路を抜け外に出る、息が詰まる、ひたすら息苦しい、一方の鹿屋は平然としている、現場慣れというのだろうか?あの惨状を見て微動だにしない、というかこちらを見てニヤニヤしているのは何なんだ?

「ふむ、相当応えたな?頼み事を頼もうかと思ったんだけどなぁ」

「何をですか…?」

「嫌、なにちょっと周辺への聞き込みでも頼もうかと思ってな」

 数回の会話で乱れていた呼吸も整った、彼は一体なにを考えているのだろうか?

「不安が顔に出ているな?じゃあそんな君に一つ諺を進呈しよう」

 まるで国語の教師のように彼は少し間を開けて言った。


「『当たって砕けろ』だ」


 なんと表現すればいいのやら、流石に無茶が過ぎるだろう。

「どうだい?出来るのか?出来ないか?」

 彼が囃し立てる、もうどうにでもなれ、そういう気持ちで私は決心した。

「わかりました、行ってきます」

「いい顔するねぇ、じゃあ行ってこい!新米君!」



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