第3話 裏の裏
後日、私はある事務所の前に立っていた、面接にはそれなりの自信はあったが事務所を前にして手が震える、拳を握り絞め武者震いを止める、一階にはシャッターが降りている、二階に続く階段の奥に事務所の入り口があるらしく間取りからして三階建てのようだ。
階段を一歩一歩踏みしめ
「はい、どなた~?」
チャイム越しから気の抜けた女性らしき声が聞こえる、人手不足と彼は言っていた、では彼女は秘書と言った所だろうか?
「私は和戸尊と申します、この度面接の約束でそちらに参りました」
「ああ、入って入って」
深く深呼吸をしてドアノブに手をかけゆっくり扉を開く。
内装は至ってシンプルだった、奥の方に事務机がありそこで資料をまとめたりするのだろうか?入口に入って右側には少し高級そうなソファがある、どうやらそこで依頼人の案件を聴くようだ、自分がここで仕事をするというのを想像するだけで心が躍った。
「おうい、何ぼーっとしてんの?こっちこっち」
先ほど玄関で聴いたインターフォンの声の主がそこにいた、着ている服装髪型からして男性のようだ、インターフォンの女性は一体どこに行ったのだろうか?
「すみません、すごく仕事がしやすそうな仕事場だなあと思って」
「ふぅーん」
彼はかなり馴れ慣れしいようだ、掴みどころがないと言ったほうが正確だろうか?
「待っていたよ和戸尊君、私がこの並木探偵事務所の所長、平賀宗助だ」
奥の扉からかなりすらっとした眼鏡をかけた男性が現れた。
「立ち話もなんだ、掛けてくれ」
そういうと彼はソファの方に目線を送った。
「失礼します」
軽く礼を言いソファに座る、体重を掛けると身体が沈むのでかなり姿勢を正すのに苦労した。
「早速だが、このテストを受けてほしい」
私に向かうように座ると彼は手に持っていたクリップボードを私の前に置いた、スーツのせいで気づかなかったがよく見るとかなりがっしりとしている、スポーツでもしているのだろうか?
「後これも」
どこから取り出したのかホテルの受付やファミリーレストランで見かける呼び鈴をクリップボードの隣に置いた。
「時間制限はないから一問一問きっちりと熟慮してくれ、私達は邪魔にならないように裏に下がっておくから解答を解き終わったらこのチャイムを鳴らしてくれ」
所長は呼び鈴を指さした、そして彼らは奥の扉に入っていった、私はクリップボードに取り付けられた解答用紙に目をやり書き始めようとした。
ギィ
突然、奥の扉が開く、驚いた私は扉の方に目をやるとインターフォンの彼がいた。
「そういえば、君、携帯の機種は?」
「あっ、りんごです」
余りにも唐突な質問に私は突拍子のない返事をしてしまった。
「ふーん、あんまり気ぃ張るなよ」
そういうと彼は扉を閉めた、どうやら意味は通じたらしい。
「ふう」
一呼吸入れてからテスト内容に目をやる、どうやらごく普通の入社テストと変わらないようだ、だが裏面にも問題があるらしい、私は問題の表側を解き終えると裏のページをめくった、内容は以下の通り
問5、この事務所は何階建て?
問6、今何時?
問7、この事務所の一階には何がある?
問8、ここの従業員は何人?
問9、殺人者を裁くと側になった場合どうするか?
問10、君は正直者か?
表面からは想像できないほど突拍子のないとんち染みた問題に首を傾げた、問5と問7はおおよそ外観から予想すれば容易に答え切れる。
事務所の外観はからして三階建て、これは窓の配置で容易に理解できる、そして一階はシャッターが降りているが店が入っているようには見えない、店が入っているなら大概その店の名前と営業時間の詳細がシャッターに記載されているか看板が用意されているはず、なら一階は倉庫か駐車場ではないかと結論付けられる。
そうなると問題は残り6、8、9、10の問題だ、探偵事務所というのだから間違いなく推理力を試しているのは間違いない、私は深く考えた。
まず6問目だ、これは時計を見ればわかる、所長がカンニングについて言及しなかったのは恐らく時計を見させない人の自制心に働きかける心理トリック、カンニングは原則禁止であるが所長は時間制限のこと以外は説明しなかった、テスト用紙にもその記述は存在しない。
私は事務所の中を見渡すと目の前に時計があった、ごく普通の円盤型の壁掛け時計はそう示していた。
私はそれの通りに答えを書こうとしたが一瞬手が止まる、時計は16時20分を示しているが外はかなり明るい、どういうことだ?夕方ならもう少し夕焼けが差し込むはず、私は席を立ち事務所を探索した。
壁掛け時計が16時半を指した。
探した結果、時間を示すものは二種類、事務机に露骨に置かれた腕時計、もう一つは子機に表示されているもの、事務机に各一つずつ配置されていたが全て同じ時刻だ。
円盤時計には16時30分、腕時計も3時、子機の表示も3時、では答えは3時なのだろうか?これもフェイクか?
事務所の間取り
所長
テスト用紙とクリップボード
ソファ
事務机
ふとテスト前の彼とのやり取りを思い出す。
『あっ、そうだ。君の携帯の機種は?』
『りんごです』
『ふーん、あんまり気ぃ張るなよ』
私は問6の問題を書ききると残る問題も仕上げきった、私は机に置かれたチャイムを自信を持って押した。
「終わったようだね、君の答えを見せてもらおう」
しばらくすると奥の扉が開き二人が戻ってきた、所長が答案用紙を手に取りそれに目を通す、次第に彼の表情が明るくなる。
「おめでとう、合格だ」
心底安堵した、自分の答えは間違えではなかった。
「所長、俺にも見せてくれ」
彼はそういうと所長から回答用紙を取り上げてそれに目をやる、彼も口元が緩む、二人は黙って私の方を見た。
「やるじゃない」
彼はいう、そういえばまだ名前を聞いていなかった。
「あの貴方の名前は……」
「僕の名前は鹿屋凛音」
よくよく見ると室内にしてはかなりの厚着だ、寒がりなのだろうか?
「じゃあ、次に誓約書にサインをしてくれ、それで今日の所は終わりだ」
そういうと彼は事務机の引き出しから封筒を取り出し中から誓約書を取り出し私に手渡した。
「ありがとうございます」
誓約書を机に置き、じっくりと目を通す、どうやら内容は会社の守秘義務や約束事の書かれた何の変哲のない誓約書に見えた。
最後の一項目を除いて
;当事務所を退所する際に業務に携わった全ての記憶の消去措置に従います:
まるで意味がわからない、まるでこれまでのテストは実はドッキリなのではないかと思えるぐらいの疑問が過った、言いようのないような恐怖に胸が苦しくなった。
ピンポーン
私の不安をよそに事務所のチャイムの音が響く。
「鹿屋、出てくれ」
「はいはーい」
所長の指示に素早く反応する鹿屋。
「あ、警部!」
彼の前に所長よりもがっしりとした肩幅のある男性が立っていた。
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