月の光

「いや、マジでやばいでしょ!君、僕がやべー奴だったらどうするの?キメラさんがいきなり襲ってきたらどうするの?この荒野に続いている小さなあの扉がいきなり消えたらどうするの?」


「いや、まあその時はその時で」


私は何となくノリで生きていたので、そういう危険な目にあう可能性を考えていませんでした。


「この荒野は寂しい場所ですけど、メガネさんもキメラさんもエルフさんも悪い人には見えなかったので大丈夫かなと思いました」


「ああ、そう。まあ、それならそれでいいけど…」


エルフさんは、石が入った宝箱をチェックします。私はまた石を一つ一つ見ながらノートに記録し、箱詰めしていきます。


「あ、そうそう。気になったんですけど、『スラ吉』とか『スラ次郎』とかなんでこんな面白い感じの名前がついてるんですか?」


「最初は、石に番号もついてなかった。番号と名前をつけて弔ってやろうという話になったんだ。現代日本っぽい名前に見えてるんでしょ?それ、本来はこっちの言葉、まあエルフ文字なんだけど、キメラさんが日本語に見えるよう君に幻術かけてる」


「うわ~幻術かけられてたんだ、私!うわ~」


「そりゃキメラだからね。それくらいできるよ」


「じゃあ、このあたりの石には11月23日って刻まれてるんですけど、これも日本の暦に合わせてる?」


「そう。彼らの命日だ。11月23日なのか、君のところでは。どういう日?」


「勤労感謝の日で、労働している人に感謝する日です」


「ああ、それは良かった。スライムの彼らも労働していたろうからね」


うわ~なんか色々といたたまれない気分になりました。私は、石の記帳と箱詰めを続けます。


「あ、そうだ今日は月が出るはず。ちょっと来てみて」


そう言われ、私はエルフさんのあとについていきました。遠くに見える石の塔に向かって歩いていきます。


「あの塔は何ですか?」


「あの塔はスライムの石でできている。スライムの亡骸を数えて分類してから、種族別に墓を建てるんだ」


何千と積まれたスライムの石でできた墓に到着します。近くで見ると、一個一個の塔が高い!かなり空高くまでそびえています。塔の高さはまちまちだけど、大体100メートルぐらいの高さかな。


「月が出ると、塔が光るんだ。見ててごらん」


この荒野にきてからずっと空は厚い雲に覆われていました。薄暗い夜が続いていたのですが、風がやみ、雲から月の光が差し込みます。ああ、こっちの世界の月はブルーなんだな、と感心しました。ブルーの月もきれいなんですね。月の光が荒野を照らし、やがてスライムの墓塔を照らしました。スライムの墓塔は赤、青、黄、緑、オレンジ、紫と色とりどりの色に輝きます。


「うわー!きれいですね」


「うん。生き返ることはないんだけど、月の光が当たった瞬間だけ、スライムの石が生前の色を帯びるんだ。たぶん、彼らが生きた証なんだと思う」


ああ、そういうことを言うエルフ君の横顔は何とも寂し気でいて、どこかあたたかい微笑をたたえていました。


「なんだかよく分からない仕事だなって思ってたんですけど、この月に照らされてお墓が一瞬輝く風景を見ると、大切な仕事なんだなって思いますね」


「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」


月はしばらくしてまた雲に隠れました。石の塔はまた元の姿を取り戻しました。


私はまたその後も石を数えては箱詰めする作業を続けました。なんだか石の一つ一つに意思があるかのような気分になりました。生きていた頃、スライムの彼らはどんな生活をしていたんだろう…。そんなことを考えながら記帳と箱詰めを続けました。


「お疲れ様。今日はこれで終了」


キメラさんの声が聞こえてきました。


「ありがとう、人間さん。またよろしく」


そう言ってエルフ君は手を振りました。そうか、私は「人間さん」なんだ。私は手を振って荒野を去りました。


「仕事には慣れてきましたか?」


洋館に戻って、キメラさんがやさしく聞いてきます。


「はい。慣れてきました。あの石はスライムの亡骸だったんですね」


「そうです。亡骸をそのまま墓石にしています。あまりにも数が多く、私達の世界の者だけでは処理しきれないんです」


「あの…私の名前は名乗らなくていいんですか?」


「いいんです。こっちであなたの個人情報がちょっとでも知れ渡ると、人間界に追いかけてくるモンスターもいますから。人間に良くない感情を持っている者も多い。でも私はあなたを信用しました。エルフ君もあなたを信用しています。それだけで十分です」


ああ、君の名は?と聞かないほうがいい世界もあるんだなと感心しました。そうか、私をなるべく危険な目にあわせないためなのか…。


「本当に助かりました。ありがとうございます。また、こちらに来て手伝ってください」


ああ、なんか不思議な気分だな、そんな大したことやっていないのに感謝されるのは。

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