其の六 従者、誘拐犯を背負う

 ヤーシャと名乗った魔族の少女について、ギシュタークの印象は最悪といってもいいだろう。


「べ、別に助けてなんて言ってないんだからね」


「あんたは人質なんだから、大人しくアタシに逆らわないでよね」


「とにかく、あんたのせいで、アタシの飛行魔車が墜落しちゃったんだから、責任取りなさいよ」


「こんなか弱い女の子を歩かせるとか、非常識よ。おんぶしなさい」


 わけがわからない。

 ギシュタークは背中の上の少女が、まるで別の言葉を話しているのではないかと思ってしまう。

 いい加減、放り出してしまおうか。

 何度、彼が考えたことか。


「さっさと歩きなさいよ! 日が暮れちゃうじゃない」


「あー、もー! 静かにしてよ!」


「っ…………」


 ビクリとヤーシャが震えるのを背中で感じて、ギシュタークは言いすぎたかなと、少しだけ後悔した。


 魔の森の中を歩いているといっても、きちんと手入れが行き届いている小道を進んでいる。


「なんか、調子狂うなぁ」


 口の中でボヤいたギシュタークは、頭上に広がる鈍色の雲に向かってため息をつく。


 常に魔の森を覆い隠していた黒い靄は、驚くべきことにただの目隠しだった。

 ヤーシャ専用の飛行魔車が墜落したあたりは、鬱蒼とした木々に囲まれ薄暗かったが、すぐに近くに獣道とは呼べないきれいな道があった。

 背中のヤーシャの話では、もう少し行けば小さな村があるらしい。


 伝え聞き想像していた魔の森と、まるで違う。

 魔の森も、それから背中の魔族も、まるで違う。


 落下の衝撃で意識を取り戻したギシュタークは、その体をぐるぐる巻きにしてあった荒縄を引きちぎり悲鳴を上げていたヤーシャを抱きかかえて飛行魔車を脱出した。

 考えるよりも早く抱きかかえた少女が、魔族だと知ったのは、地上に着地した後のこと。ついでにそこが魔の森の外れで、自分は聖王を呼び出すための人質だとも、聞かされた。





 ◆◆◆


 わけがわからなかった。


「なんだよ、それ! 僕が人質ぃ?」


「そう、人質。聖王の奴を呼び出すためのね」


 腰に手を当てて、偉そうに言ってくるヤーシャは、ギシュタークよりも弱そうだ。

 先ほどの墜落の時のこともそうだが、同族からチビとからかわれるギシュタークよりも小さな体。翼人族のものと似た緑青色の小さな翼は、その体を支えることもすらできないだろう。


「聖王の奴が来たら、ちゃんと帰してあげるから、大人しくアタシの言うこと聞きなさい」


 ツンと顎を突き出す彼女は、魔族だと言ってた。

 ならば、彼女は敵だ。ならば、魔獣化してぶっ飛ばしてもかまわないだろう。ぎゅっと両の拳を握りしめ、いつでも魔獣化できるようにする。


 ォォォオオオオンオオオオオ…………


 突如、響き渡る不気味な声。


「っ!」


 オォオオオオンォオオオオオオオオオオオオ……


 まるで周囲の鬱蒼と生い茂る木々たちが、唸っているような低い低い声。


「一体、どこからっ」


 ォォォォォオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ


 敵意や憎悪そのものが叫んでいるような声。


 ギシュタークの視界には、悲しそうな顔で胸の前で両手を組んだヤーシャは入っていなかった。


「……」


 綺麗な歌だと思った。

 ヤーシャが紡ぎ出す歌声がとても綺麗だと、ギシュタークは思った。

 知らず知らずのうちに両手をだらんと下げてしまうほどに、彼はヤーシャの歌に聞き惚れていた。


 気がつけば、低い声はやんでいて、歌も終わってしまった。


 パチパチパチ……


 ほとんど、無意識だったに違いない。ギシュタークは、食い入るようにヤーシャを見つめながら拍手をしていた。


「ちょ、う、嬉しくなんかないんだからねっ! 拍手してもらっても、全然嬉しくなんかないんだからねっ」


「あ、ごめん」


 何も、顔を真っ赤にして怒ることないのに。

 ギシュタークはため息をついた。


「謝ってほしいわけじゃないんだから。だいたい、あんたのせいで『ガケノシタ』の連中が怒っちゃったんだからっ!」


「『ガケノシタ』?」


 首を傾げるギシュタークに、そんなことも知らないのかと、ヤーシャは鼻を鳴らして腕を組む。まだ少し、ほんのり顔が赤い。


「そっ、『ガケノシタ』。崖の上の連中が、捨てた子どもたちの成れの果て。みんな、赤ちゃんだから、アタシが歌ってなだめてあげなきゃ、すぐに崖の上を登ろうとしちゃうんだから」


「ちょっと待って」


 とんでもないことを、聞いてしまった気がして、ギシュタークは青ざめる。


「崖の上の連中って……」


「翼人族。おとーさまから、そう教えてもらったわ。酷い連中よね。いらない赤ちゃんを、平気で捨てるんだから」


 ここ百年くらいは数は減ったけどと、ヤーシャは肩をすくめた。


「『ガケノシタ』の連中は、お母さんが恋しいし、憎いの。記憶なんてなくても、考える頭がなくても、それだけはわかっているの」


「……」


 でもと、ヤーシャは目を伏せて続ける。


「崖の上に登っても、結局、崖の上の連中にやられちゃう。本当に、酷い連中よ。二度も自分たちの子どもを平気で殺すんだもん」


 ギシュタークは、なんて言ったらいいのかわからなくなった。


 おそらく翼人族は、その事実を知らいないままでいるのだろう。

 それから――


「ごめん。知らなかったや。ねぇ、君は……」


 小さな翼を持ったヤーシャも捨てられた子どもなのか、なんて心優しいギシュタークが尋ねられるわけもなかった。




 ◆◆◆


 あの優しい子守唄を聞いてしまったせいで、ヤーシャのことを放っておけなくなってしまった。


「ねぇ、ちょっと休憩したいんだけど……」


「……ふんっ、しかたないわね。ちょっとだけよ。日が暮れる前には、森際モリキワ村に行かなきゃいけないんだからね」


「うん、わかってる」


 ヒョイとヤーシャが背中から飛び降りると、ギシュタークは側にあった木の下に座り込む。その足取りは、フラフラとおぼつかなかないものだった。

 ヤーシャはそんな彼に背を向けて、ごそごそと肩掛け鞄の中身をあさっている。


「あ、あんたさ、お腹すいてない? 空いてないならいいけど、人質に何かあったら困るし、その、あのぉ、アタシのおやつ、わけてあげてもいいんだからねっ」


 返事はない。

 ギシュタークを知る者ならば、すぐに彼の異変に気がついただろう。


「ねぇ、いらないなら、いらないって……」


 頬を膨らませながら振り向いたヤーシャは、みるみるうちに青ざめる。


「ちょっと、あんた、しっかりしてよ!! ねぇ、ねぇってばぁあああ」


 ハァハァと浅い呼吸を繰り返すギシュタークの青い顔からは、冷や汗が浮かんでいた。


「しっかりしてよ! あんたは、人質なんだらぁ。アタシのアタシのぉおお…………」


 ヤーシャがギシュタークの体を揺さぶっても、苦しそうに呻くだけだった。


 大粒の涙が、彼女の緑青色の目から溢れ出てくる。


「なんなのよぉおお。しっかりしてよぉお。ねぇ、ねぇってばぁあああ」


 彼女はただ、帰還してから異世界ニホン人にかかりっきりになっている魔王養父のために、聖王を呼び出したかっただけだ。


 泣きじゃくる彼女の頭上で、巨大な光の玉が魔の森にせまっていたことにも気づかなかった。


「死んじゃ嫌なのっ。ねぇええええ」


 本当に、人質を傷つけるつもりはなかった。

 飛行魔車が墜落しなければ、こんなことにはならなかったはず。


 泣きじゃくる彼女の背後に、人影が現れた。


「こんなところにいたのか」


「お、おとーさまぁあああ」


 すがりついてこようとした養い子に目もくれずに人影――魔王ガラムは、苦しげに浅い呼吸を繰り返す獣人族の少年の前で、膝をついた。


「どうやら、『ガケノシタ』の呪いを少々くらったようだ」


「死なない?」


「ヤーシャ、俺は呪いに関することなら、大抵のことはどうにかできる」


 伊達眼鏡を押し上げて、ガラムはやれやれとギシュタークの額に手をやる。

 すぐにギシュタークの呼吸は規則正しいものになった。


「よかったぁ。死ななくて」


 背後で安堵の声をこぼした養い子に、後でどんなお仕置きをしようか考えながら、ガラムはぐったりとしたギシュタークを抱き上げた。

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