後編 『(本気で)バスの外に出させてみよう!』
『異世界へのゲートをくぐります。乗客の皆さまはシートベルトを締めて、手すりに摑まるようにしてください』
私(バス)の車内に大の声でアナウンスが入る。緩やかな速度で私(バス)を走らせていた大だったが、琴音が乗客の状況を確認してからOKのサインを出すと、一つ深呼吸して、足に力を込めたのがわかった。
『では、異世界に移動します。道路の質が変わって揺れますので、ご注意ください』
注意の放送をすると同時、窓越しに大は私(バス)の前方に意識を集中した。
そして、私の目の前に現れる真っ黒な空間を穿つ穴。横から見ると平面的で、裏側から見るとなにもないというその不思議な穴こそは、大の使う『異世界へ移動するためのゲート』だった。
私の車体ですら余裕で通れるその穴の中へ、大は私(バス)を加速させて突っ込む。突入すると一瞬だけ真っ暗闇の中へ車体が放り出されたが、それはほんの一瞬だ。
すぐに見慣れた異世界の道にタイヤがつき、大は移動が成功したことにほっと溜息を吐く。何度経験しても大はこの移動になれないようで、真っ暗闇の中へ車体が放り出された瞬間息を止め、異世界に到着すると大きく息を吐く。
『異世界に到着いたしました。それではこれから、ルアダーシュ領中心街、メインストリートに移動します』
アナウンスを終えて、大は『後は任せた』とばかりに疲れた表情で琴音に視線をやった。
それを受けて、琴音は安全のために座っていたガイド席から立ち上がり、マイクを手に取る。
「それではこれより、ルアダーシュ領中心街、メインストリートを端から端まで、ゆっくりとバスで移動していきます。それが終わった後は自由時間とさせていただいて、こちらで用意しました硬貨で買い物を楽しんでいただく予定です。――それでは早速近づいてきましたメインストリート、そのお店などを一つずつ紹介していきますね!」
自分の父親が収める、慣れ親しんだ領地の説明だからだろう。琴音はいつもより少々高いテンションで、窓の外に広がるメインストリートの光景を説明していく。この後買い物をする予定なのもあって、ツアー客たちも皆熱心に琴音の話を聞いているようだった。
楽しそうな様子でガイドする琴音を、ゆったりとした速度でバスを走らせる大は時折横目で見ては、口元を緩める。
琴音はあまり気づいていないようだったが、大はよく琴音の事を見ている。特に、異世界に移動してきた直後に多い。
きっと、大にとって琴音の明るさは精神的な癒しであり、支えになっているのだろう。なにか不安なことがあると、自然と視線が向いてしまうような、そんな相手なのだ。
是非とも私としては二人の関係が上手くいってほしいものだが、バスである私があまり口を挟むことでもないだろう。
せいぜい、琴音にたまにアドバイスする程度。そのくらいがちょうどいい。
そんなことを考えながらしばらくタイヤを回していると、やがて騒がしいメインストリートを通り過ぎて、その端に到着した。ここから先はいわば住宅街にあたる場所であり、店の類はあまりない。
「これにて、メインストリートのガイドは終了となります。それではこれよりツアー参加者の方々には硬貨を含めたいくつかの物品を受け取って頂いたあと、バスから下車していただきます。自由時間は一時間半。一時間半後には、この場に再度集合するようにお願いします。――では、前の席の方から順にどうぞ」
琴音が事前に準備していた硬貨などを渡しながら、乗客を一人一人外へと誘導する。乗客は一度バスの外に留まり、全員が下りるのを待っていた。
五分ほどかけて全員が下車し終えると、最後に琴音もバスを降りて、ツアー客に語りかける。
「なにか困ったことがあれば、手荷物に含まれているガイドブックを参照していただければ大抵のことは解決できると思います。どうしてもなにか問題があった場合には、ルアダーシュ領主直属の騎士がメインストリートの各所に居ますので、そちらに助けを求めてください」
はーい、とツアー客たちから元気な返事が返ってくると、琴音は勢いよく拳を上げて、とびっきりの笑顔で宣言する。
「それでは、自由時間スタートです! ルアダーシュ領メインストリートを、存分にお楽しみください!」
『お――――っ!』
客たちがメインストリートに散っていくのを見送って、琴音はバスの中に戻ってくる。しかし、ドアが閉められない様な位置で止まると、運転席に座ったままだった大にむかって声をかけた。
「ダイドーさん、ちょっといいですか?」
「うん? どうした、コトさん」
帽子を置きながら琴音に顔を向ける大。一方、琴音は少しだけ悪い感じの笑顔を浮かべていた。表面上はにこにこしているが、そこにふくまれた不穏な空気を感じ取ったのだろう、大もわずかに身構える。
これから琴音は、大に『仕事だから外に出ましょう』と誘う予定だった。それこそが私と一緒に考えた作戦。仕事ならば、大も嫌々ながら外に出るはずだ、という。
理由としては色々と考えてあるが、最後の一押し用に上司から一筆いただけたのが最も効果があるだろうと思われる。しかも異世界を歩き回れば給料を少し足してやるとまで上司は書いてくれた。
これならば確実に大も外に出るはず。私はもちろん、琴音もそう思っているのだろう、自信のこもった表情で大にバスの外に出てもらうための言葉を告げようとして――琴音が言葉を発する前に、大が厳しい目でおきかけていた帽子をかぶりなおした。
「おい、琴音」
「えっ? あ、はい、なんでしょう? まだ何も言ってませんよっ?」
「違う。後ろのやつ、知り合いか? それとも、異世界の野次馬か?」
少し慌てていた琴音は、大の言葉に慌てて後ろを振り向いた。すると、琴音の背後五十センチほどの所に、目深にフードを被った、妙に腰の曲がった人間が経っていた。顔は見えないが、やけに息が荒いように感じられた。
最初は驚いてバスの中に逃げ込みかけていた琴音だったが、すぐにいつも通りの調子を取り戻すと、優しい様子で話しかける。
「えーっと……すいません、珍しいのは分かるんですけど、あまり近づかないようにお願いしますね」
フードの男は答えない。ただ、だんだん、吐息が荒くなって行き……その異常な様子に、琴音は困ったように大に視線を向けた。
大も帽子のつばを抑えながら数秒、困ったように考え込んでいたが、やがて毅然とした表情で告げる。
「異世界の人。悪いが、少しバスを移動させるから、そこから退いてくれるか?」
ぴく、とフードの人物の肩が震えた。大の言葉に反応したのは明らかで、フードの中から、大に向かってゆっくりと視線を移動させる。そして男は、掠れた声を発した。
『お……れも……つれて、け……日本……帰る……』
「……なに?」
『おれも……帰るぅうう――――ッ! ゥォァアアアア――――ッ』
咆哮を発しながら、男はフードを脱ぎ捨てた。
そして現れたのは、狼男としか言いようのない姿をした生き物。
『のせろぉお――――っ』
狼男は猛り、無理やりバスに乗り込もうとする。だが。
「ぼ、【暴虐の加護】っ」
自らの【加護】を発動し、シニョンキャップを外して肉体を強化した琴音が、尻尾を振って狼男を打ち払う。
バスから無理やり距離を取らされた狼男だったが、ふらつきながらもすぐに立ち上がり、再びバスに迫ろうとしてきた。
「ダイドーさん! 発車を!」
「わかってる!」
数秒動きを止めていた大も、琴音の言葉に背中を押される様に動きを再開し、ドアを閉め、バスを発車させる。
大は一瞬、どちらの方向に向かうべきか考えたようだったが、すぐにメインストリートの入口の方へと私(バス)の鼻先を向けた。メインストリートを出ればしばらく平坦な道が続く。逃げるには確かに良い方向だろう。
とはいえ、メインストリートには人も多く、最高速度を出して逃げるようなことは出来ない。バスの発車から数秒、狼男は人外の速度でバスと並走し始めた。そしてバスの走行をがんがんと叩きながら、運転席に居る大に語りかけてくる。
『おれも……のせろぉ……っ! 帰る、帰るんだ、記憶が全て消える前に……日本に……!』
「ちっ……お前、転生した人間か!?」
心底不快そうに大が舌打ちすると、狼男は涎を垂らしながらぎらついた目を向けてくる。その目には、消失の恐怖による焦燥が滲んでいるように思えた。
『そうだよ……っ! こっちに転生したのに……こんな、動物になるなんて……! しかも最近、どんどん、記憶がきえてぇええ……っ!? だから、早く、早く帰らないと……! 家に、家にぃいい……っ』
「自分で転生しておきながら、勝手な……! 第一な、琴音みたいに大半人間ならともかく、お前みたいな獣人は帰っても射殺されるのがオチだぞ!」
狼男は自分で自分を『動物』と言っているだけあって、人語を話してはいるが【魔物】なのだろう。大たちの世界への移住は、最低限人間としての基本的な形を保っていることが条件の一つに存在する。狼男の姿では、絶対に住むことは許されない。
……しかし、狼男は気になることを言っていた。記憶が消える、と。
異世界に死んで転生すると、元々持っていた記憶は徐々に消えるのだろうか……?
私が疑問を覚えている間にも、大は巧みなハンドルさばきで人を避け、なるべく早くメインストリートを抜けようと車体を操る。
しかし狼男も小回りが利く上に足が速い。運転席の横に、ぴったりとつけてきていた。
『射殺なんかされるかぁあ……っ! 強い、おれは、強くなった! この力を持って日本に帰れば、やりたいほうだいだぁっ』
「……根本がそういう思考だから、まわりと上手く行かなくて異世界に行きたくなんてなるんだろうよ! この社会不適合者が! ていうかな、自分の世界で上手くやれないのに異世界言ったら上手く出来るってなんで思えるんだ! しかも結局帰りたくなってるとか、みっともないにも程があるだろ!」
『う――るせぇええっ! とにかくのせろぉおっ』
窓に狼男がとびついて来ようとするが、大は上手く車体を揺らしてかわす。そして、そろそろメインストリートの入口が見えてくるかと言うあたりにまで来ると、それまではらはらとした様子で見守っていた琴音が、窓を開けてその身を乗り出し、狼男にいつでも攻撃できるような態勢をとった。
そんな琴音の事を横目で一度、ちらりと確認してから、大はまだ言い足りないのか狼男にどなるように言う。
「それと言っておくけどな、異世界に行くならせめて死ぬ直前にしろ! お前みたいなやつでも、居なくなれば残されたと感じる人間だっているんだから――なっ!」
『なにっ!?』
バスがブレーキをかけて停止する。反射的に立ち止まる狼男だったが、バスと狼男では停止の速度に違いがあった。バスの方が狼男よりもやや進んでから停止すると、ちょうど、狼男の立つ位置に、窓から身を乗り出す琴音がやってきて。
「そ――れぇっ!」
『ぅぉぁああ―――っ!?』
首根っこを掴まれた狼男が、琴音によって投げられる。狼男が空中に居る間に、大は急いでアクセルを踏み込み、メインストリートの外へと逃げて行ったのだった。
×××
「異変に気づいてあたしたちを追ってきていた警備の方に向かってなげましたから、しばらくは追いついてこないはずです」
そんな琴音の言葉を聞いて、人気のない平原を走っていた大は一度バスを停止させる。
張り詰めていた息をゆっくりと吐くと、全体重を運転席のシートに預け、ぐったりとした。
「……まったく……とんでもない奴もいるもんだな……それにしても、転生した人間は記憶が消えるって言うのは初めて聞いたなぁ……」
「あの……ダイドーさん」
いつの間にかバスの中に戻っていた琴音が、言いにくそうにしながらも大に向かって声をかけた。私と一緒に考えた、外に出させる作戦を実行する……わけではないだろう。
「あの……異世界に行く人を嫌ってるのって……なんでですか? その、さっき、あの【魔物】と会話してた時、すごく怖い顔をしていたから……なんでかと思って」
「別に……」
ふい、と琴音から見られないように窓の外に顔を向ける大。だが、私にはその表情は分かってしまう。大は眉根を寄せ、口元を引き結んで、悲しそうな顔をしていた。
自分を落ち着かせるように、細く長く息を吐いた大は――やがて、琴音の質問に答えた。
「俺の親は……俺がバス運転手の研修を終えるころに、異世界に転生したんだ。転生すると死体もなにも残らない。当時はまだ突貫の法も整備されてなかったから、結局失踪扱いだよ。墓も作れてない。けど、多分、この世界にいる……はずだ。転生前は、俺と同じようにこの世界に移動できる能力を持ってたからな」
「あたしの……世界に?」
「ああ。けど、こっちの世界に俺がバスでやってきても……両親がなにかアクションをしかけてきたことはない。バスなんて目立つもので移動してれば、さぐりに来るかと思ったんだけど。……あるいは、さっきの奴が言っていたことが本当なら、記憶が消えて俺のことを忘れてるのかもしれないな」
「異世界が嫌いなのって……それで、ですか? 両親が……異世界に消えたから……異世界が、嫌いなんですか?」
悲しげな表情で琴音が問うが、大はそれには答えない。
「別に、俺ももう三十手前のいい大人だ。両親なんて居ても居なくても生きていくうえでは何も支障ない。けど……今、両親が居れば……大人になった今なら色々してやれたのになとは思うんだよ」
恩返しとかな、とつぶやいて、大は遠い目をする。
……しかし、そんな悲しげな様子の大の言葉を、私は途中から聞くのを忘れて、堰を切ったように流れ出す自分の記憶に戸惑っていた。
大の言葉で、夢の中で見ていた映像が、夢から醒めた瞬間にはもう思い出せなくなっていたあやふやな映像が、はっきりと、次々と、頭に浮かぶ。
そして、理解させられる。
私を作った人間が――夢に出てきたあの『二人』が。
大の両親であることを。
大の両親は記憶が消えることを理解し、消えゆく転生前の記憶を『私』という形にして、秘術『六道』として完成させた。それを異世界で作った子供である琴音の母が受け継ぎ、両親の予言に従って、琴音の母は……私をこのバスに術として刻み込んだ。
『二人』の子である、大を守るために。
大は必ず、バスに乗って異世界にやってくると……大がバス好きなのを知っていた両親は、言っていたから。
私は、いわば、大の両親の前世の記憶の結晶だ。記憶はかなり、あやふやな部分はあるが。
……そう思うと、大になにか言わなければと思う。けど……何を言えばいいんだ? 私は、所詮、バスなのに。琴音は私の存在を感じているから文字で会話しているけれど、大にそれをやっても驚かせるだけな気がする。
一体どうすれば――と、私が悩んでいると、不意に大が帽子をかぶりなおして厳しい目でサイドミラーを覗き込んだ。
「予想より早かったな」
サイドミラーには、こちらに走ってくる狼男の姿が豆粒程度のサイズで映り込んでいる。しかしバスに並走出来る狼男ならば、すぐにこちらにやってくるだろう。
「コトさん、あいつをどうする? 捕まえて領主にでも引き渡せばいいのか?」
「そもそも捕まえられるかが問題なんですけど……前みたいにあたしが引きつけて、バスで轢きます?」
「バスでひくのは勘弁してほしいんだけどな、出来れば。大事なバスを毎度傷つけるのは精神的によろしくない……けど、そうも言っていられないか」
覚悟を決めて、大がゆっくりと私(バス)を走りださせる。それを見て琴音も気合の入った真剣な表情で頷いて、手近な窓を開けた。
「上に出ます」
「中に入られたら困る、出たら閉めてくれよ」
「もちろん」
車体の上に乗った琴音は、【暴虐の加護】を発動し角を伸ばし、尻尾をしならせる。
そしてもう百メートルほどまで迫ってきていた狼に向かって、加速する私(バス)の上から挑発するように声を投げかけた。
「狼男さん、こっちですよ! このバスに、乗れるものなら乗ってみてください!」
『……言った、なぁ? 乗れるものならとぉ……ならぁ――うるぅぁあああッ!』
「えっ――きゃああっ!?」
「コトさん!?」
吼えた狼男の姿が掻き消えた――かと思うほどの高速で移動する。そして琴音の眼前に現れると、車体の上から琴音を突き落とした。突然のことに大はブレーキをかけようとするが、それを琴音が叫んで制す。
「ダイドーさん! 止めちゃダメッ!」
「っく……!」
琴音の言葉に従い、苦々し表情ながらも大はそのままバスを走らせ、ある程度走ったところでUターンして狼男に向かい合った。人質として確保した琴音の首を軽く締めつける狼男は、いやらしい笑みを浮かべてゆっくりと近づいてくる。
『ヒトジチ、だぁ……! のせろ、おれも……のせろぉお……っ』
「くそ……」
大が苦々しい表情で悪態を吐く。だが、私(バス)をゆっくりと進めるのは止めない。止めれば狼男が勢いよくこちらに突っ込んできそうな予感が、私にはあった。同じようなことを、大も感じているのだろう。
「……一度止めれば……乗れると思ってくる……か? いや……けど……」
琴音が居ない今、狼男に対する対処手段は激減している。大が顔を歪めて考えこんでいるのを見て、私は――『私たち』は。我慢が、出来なくなった。
《大》
「……あ? なんだ……この、文字……?」
《私が――いや、『私たち』がいる。エンジンを切らずに、自動運転に切り替えて、バスの外に降りるんだ。降りたら扉をしめて、目の前に狼男を誘導して。そこまですれば、相手も警戒しないはず》
「待て……お前は……誰だ? このバスにそんな高度なAIなんて――」
《『私たち』は、『私たち』だよ。大を守るために、ここに居る》
私の言葉に、大は何を思ったのかわからない。しかし目を見開いて、何かを言おうとして、それを飲みこむと、自動運転モードに切り替えて立ち上がった。
「……頼んだ」
そしてシートに帽子を置くと、そのまま私(バス)の外に出る。そして狼男に向かって、誘導するための会話を始めた。それを見ながら、私は私自身に問う。出来るのか、と。
私の中には確かに狼男をどうにかする方法が眠っている気がするが、出来るかはよくわからない。けれど、やるしかない、とも思う。
私が生まれた意味は。私が意識を持った意味は。今、ここにあるのだから。
決意を固めるとほぼ同時、琴音を突き放した狼男がこちらに向かって歩いてきた。大が、解放された琴音に向かって走りよる。自然と私(バス)から離れるような形になったのは都合がいい。
十五、十三、十――狼男が近寄ってくる。だけど、まだ。
五、四、三、二――今――ッ!
『ああっ!?』
全速力でタイヤを回転させて、狼男に突っ込む。自動運転は安全面の問題でまだ一般的にはなっていない。転生したこの狼男の知識の上でもそうなっているだろうし、まさか、私が勝手に走り出すとは夢にも思わなかったのだろう。
フロントバンパーが勢いよく狼男にぶつかる。バンパーが凹んだのは感じたが、それでも私は止まらない。ただ、自分の内側、『秘術・六道』としての自分自身に意識を集中し――急ブレーキをかけ、車体の重さを前方に集中し、狼男を、跳ね飛ばす!
『がっ――』
跳ね飛ばされた狼男の背後に、大きな黒い穴が空く。それは、大が異世界に行く時に開くゲートそっくりだ。
けれど、私、『秘術・六道』が開いた穴はどこにもつながっていない。どこにもつながらない闇の異空間へと、狼男は落ち、そして、黒い穴は消えた。
それを見て、大と琴音が私に駆け寄ってくる。大は私の存在を半信半疑ではあるのだろうけど、傷ついたバンパーを撫でながら、語りかけてきた。
「……終わったんだな。助けてくれた……んだよ、な?」
大の言葉に、短くクラクションを鳴らして答えた。すると大だけでなく琴音も目を丸くしたが、やがて顔を見合わせて笑いだす。
「はは……まさかバスに意識があるなんてな」
「あたしは知ってましたけどね」
「マジか。教えてくれよ、もっと早く」
「言っても信じないと思ったんですって。異世界嫌いのダイドーさんだから――って、あ。そういえばダイドーさん、外……出ちゃってますね?」
琴音に言われて、大は『しまった』という顔をした。それからすぐにバスの中に戻ろうとしたが……ドアに手をかけたあたりで手を止めて、琴音の方に振り返る。
「……少し、散歩でもするか。メインストリートに戻る前に」
「え……い、いいんですか!?」
「まあ、出ちまったものはしょうがない。それに――『二人』が気に入って向かった世界なんだろうからな。いつまでも嫌ってたら、それはそれで親不孝だろう」
行くぞ、と言って琴音より先に歩き出す大。琴音はちらりと私の方を一度だけ振り返ったが、すぐに大を追いかけて行った。
私はそんな二人を見送りながら、一言、誰に見られるわけでもない文字を画面上に表示させる。私を作った二人が、大の両親が、きっと今告げたいであろう言葉を。
《異世界へようこそ。楽しいツアーに、行ってらっしゃい》
END
異世界バスツアー ~俺は絶対にバスから降りないからな!~ 七歌 @7ka
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