前編 『(凶暴)フルーツ狩りに行こう!』

「右手に見えますのが、ルアダーシュ領の領主、エムベル・ムト=ルアダーシュの城になります。この世界では珍しい、木材・レンガ・石材による複合建築なのが特徴的ですね」


 私(バス)の中に、マイクでボリュームアップされた女性の声が響く。声の主は二十代のバスガイドの女性。

白い肌に、やや癖のある真っ黒いミディアム・ヘアの側頭部にはシニョンキャップが二つ。少し気だるげな、ともすれば妖艶にも見えるたれ目が特徴的な美人。

 バスガイドである彼女、陸奥 琴音(むつ・ことね)は、今日も明るい声で乗車しているツアー参加者たちに語りかける。

 現在走っている辺りの説明は彼女にとっては簡単なことなのだろう、その口調はよどみない。


「この世界の政治は議会制で、日本と同じように、いくつかの政党によって国が運営されています。一応国王は居ますが、いくつかの事柄を除いて決定権はなく、主に議会の進行役を務めます。一方、地方を治める領主は一度国から使命を受けると大きな権力が与えられ――」


 しかし、いかに見目麗しいバスガイドである琴音とはいえ、この世界の政治についての説明には、乗客は少し退屈そうだった。

 とはいえ、それも目的地に到着するまでの話。

 琴音の話が佳境に差し掛かったころ、運転手である大道大は一度バスを停止させ、琴音に声をかけた。


「コトさん、そろそろ」

「わかりました。……お待たせしました! これより目的地である、ルアダーシュ領特別飼育場、狩猟エリアに到着いたします」


 琴音の言葉に、待ってました! と乗客から声があがる。

 騒がしくなってきた乗客たちをいさめることもせず、琴音は説明を続ける。


「こちらの特別飼育場では、植物を自分の体に生やして育成する亀型の生物を多数飼育しております。今回のツアーは事前に説明しました通り、この生物からフルーツを狩ることが目的ですが……狩場に入る前に、いくつか注意をしておきます。ちゃんと聞かないとわりと命に係わるので、静かにして聞いてください」


 命に係わると言われては乗客も聞かざるをえない。一気に静かになった乗客を見渡してから、琴音は注意事項の説明を始めた。


「まず、飼育されている亀型の生物はすべて【魔物】と呼ばれている生き物です。この世界に住む人間は土地の神などから【加護】を受けて生活しているのですが、中には自分で自分に【加護】を与えられる生物も居ます。本来【加護】を受けることのない、対話能力をもたない程度の生物が【加護】を持つと、【魔物】と呼ばれます。この飼育場の亀型の【魔物】は、遺伝的に必ず【加護】を持って生まれる珍しい生物ですね」

「それは事前に聞いたけど、亀は亀だろ? 危険なんてないだろ」


 乗客の一人が『ナメた』様子で言う。それに対して、琴音は『にっこり』と凄味の混じる笑顔を返しながら言った。


「はい、もちろん亀は亀です。【加護】の効果は主に甲羅に生える植物を育成するために使われていますし、動きもあまり早くありません、が――中には強力な【加護】を備え、人間では敵わないような力を発揮する『亀』も存在します。なので、そういった強い【魔物】を見つけたら大声を上げて助けを呼ぶなどするようにしてください。もしも助けを呼ばず、大けがを負っても――事前の契約通り、責任は負いませんので♪」

「あ、はい……気をつけます」


 すっかり殊勝な態度になった乗客の一人を見て、琴音は満足そうに頷いた。


「では、各自持ち込んだ武器の準備をしてくださーい。狩場内にバスは停車させたままにしておきますので、危険を感じた際の避難、トイレに行きたい、休憩したいなど、いつでも戻ってきていただいて結構です。それでは、運転手さん、お願いします」

「ああ」


 運転手の大は頷いて、鉄、および一部塀に囲まれた特別飼育場の狩猟場へと侵入した。

 狩猟場はだだっ広く、亀のための餌場と、水場も兼ねている池がいくつか存在している。

 亀たちは特にバスに驚く様子もない。記憶が確かならば、私(バス)が初めてこの場所に来た時には狩場の隅に移動するなどしていたはずだが、慣れたのだろう。

 停車してすぐ、ドアが開く。参加者たちは各々武器を持って、勇んでバスの外に出て行った。

 そして最後の乗客がバスを降りると、バスのドアを締める操作をした大は、一仕事終えた達成感にため息を吐いた。


「まったく……異世界で亀相手にフルーツ狩りなんて、酔狂なやつらばっかりだな。今はちょうど、イチゴ狩りのシーズンだろうに。異世界のせいで農家も商売あがったりだろう」

「異世界観光のせいでフルーツとり放題とかの観光は確かに下火みたいですけど、これを機に取り放題に当てていた分のフルーツを海外に出荷したりして、結構稼いでいるそうですよ? 悪いことばかりじゃありませんて。あと、別に農家の収入は観光だけじゃないですから。むしろそれ、副収入ですから」


 運転席で窓の外を眺めながら愚痴を吐く大を、琴音がたしなめる。正論を言われては大も押し黙るしかなく、不機嫌そうに被っていた帽子を脇において備え付けの携帯食料を一つ手に取った。

 目の前に広がる異世界に子供の用に口をとがらせ携帯食料をぱくつく大に、琴音は苦笑を浮かべるしかない。


「ダイドーさん、相変らずの異世界嫌いですねぇ」

「むしろ嬉々として異世界にいく奴の方がどうかしてる。給料も待遇も破格だからこうして働いちゃいるが……出来れば異世界なんて来たくない」

「この世界も悪くないですよ? せっかく来てるんですから、ダイドーさんもちょっと降りてフルーツ狩りしましょうよ」

「い・や・だ」

「取りつく島が無さすぎてあたしも絶句です」


 何が面白いのかからからと笑う琴音。毒気を抜かれる快活な笑い方に、大も少しだけ不機嫌そうな様子を潜めて窓の外に目をやった。

 私(バス)の外では、ツアー客たちが各々武器を持って亀に襲い掛かっている。亀たちは甲羅を叩かれると手足を引っ込めて大人しくなるため、手足を引っ込めているうちに背中に生えている木や植物から果物を回収して、食べる。


「あれ、普通に動物虐待とかだよな」

「異世界ですから、普通の光景ですよ」

「あーあー、楽しそうに亀殴っちゃって。果物より亀殴るのが楽しみになってるだろ、あれは……ストレス解消なんだろうなぁ。怖い怖い」

「あまり執拗に殴らないようにって、事前の案内には書いてあったんですけどねー。ストレスを与えすぎると果実の成長に影響があるので」

「注意しに行くなら行っていいぞ。俺はバスを守ってるから」

「守ってる、じゃなくてこもってる、の間違いですよね? ……まぁ、でも、ここの狩場の管理者になにか言われてツアーがなくなっても困りますし……ちょっと言ってきます」


 思案顔でバスを降りる琴音。それを、大は相変わらずつまらなそうな顔で見守っていた。

 しかし、琴音が執拗に亀を叩いているツアー客接近したところで――大は、少し離れたところで起こっている異変に気づいて目を細めた。


「あれは……まずそうだな」


 座席に座りなおしてシートベルトを締め、大は帽子をかぶる。そして切っていたエンジンをかけなおすと、運転席の窓を開けて叫んだ。


「コトさん! 後ろ、後ろ! 亀キレてる!」


 大の視線の先には、どす黒いオーラを纏って、ノシノシと琴音たちの方に迫る一際大きな亀型の【魔物】。琴音もその存在に気付いたようだったが、琴音がアクションを起こすよりも早く亀が動いた。


『――――――!』


 亀が甲高い鳴き声を上げて、地面を蹴る。弾丸のように加速する亀の体は、まっすぐに琴音の隣に立つ、ツアー客へと飛んでいく。

 普通の人間には避けようのない速度。普通なら慌てる場面だが、大はアクセルに足をかけながらも事態を静観していた。

 なぜなら。


「――【暴虐の加護】」


 砲弾と化した亀を前にして、琴音が何かつぶやいた。途端、琴音の頭部から、シニョンキャップを突き破って二本の角が伸びる。さらに、タイトスカートの中からするりと、牛のものに似た白い尻尾がはみ出した。

 突然に変化を果たした琴音は人間離れした反応速度でツアー客を抱えると、飛んでくる亀を避けるように、大きく私(バス)のある方向に向かって跳躍する。


 ――陸奥琴音は、元々異世界の住人であり、その中でも【魔人】と呼ばれる、自分で自分に【加護】を与えられる特異な人間だ。

 本名は『コティネ・ムト=ルアダーシュ』。今居る領地の領主の子の一人である。


 そんな琴音の活躍によって的を失った亀は地面に着弾し、何度か転がってから引っ込めていた手足を出してのろのろと起き上がった。

 それを見ながら、大は琴音のすぐ近くまで私(バス)を移動させ扉を開けた。お客ともども、怪我はないようだった。


「お客さん、とりあえずバスに乗ってくれ。コトさん、あの亀どうするんだ」

「あたしが引きつけますから、一度ひいてください。頑丈ではあると思いますけど、流石にバスの重量で体当たりされたら気絶すると思いますし」

「了解。――お客さんたち! 危ないから、ちょっと離れていてくださいよ!」


 大が声を張り上げると、お客さんたちは歓声をあげながら狩場の隅に移動した。もはや一種の見世物になっていることに、大はいらだたしげに舌打ちをする。琴音はいつの間にか、車体の上に飛び乗っていた。


「これだから異世界ってやつは……こんなのバス運転手の仕事かっ」


 いらだちながらも、アクセルを踏み込む動作は丁寧だ。私は大の意を汲み取り、六つあるタイヤを回し、車体を加速させていく。

 私(バス)の真正面の装甲にぶち当たるように、完璧な角度で大は亀に向かってハンドルを切る大。その完璧な操作に心地よさを感じていると、車体の上でドン! と天井を蹴る音がした。

 琴音だ。

 琴音は大きな跳躍で亀の背後に回ると、亀が振り向く前に【暴虐の加護】の力が宿った尻尾を、体を回転させながら亀に向かって振り回す。


『――――――っ!』


 そして、亀は悲鳴のような鳴き声をあげながら尻尾によって吹き飛ばされた。

 私(バス)の鼻先に向かって。

逃れえない衝突コース。亀を吹き飛ばす未来が訪れる直前、大は短く息を吐きながら呟いた。


「お互い、お気の毒様だな」


 次の瞬間、衝撃が走って。

 亀は吹き飛び、予定通りに気絶したのだった……


   ×××


 その後、ツアーは無事に終了した。

 現実世界に戻り、解散場所に到着したバスから乗客全員が下りたあとバスの格納庫に向かう途中、大はしきりに車体の前の方を気にして、ため息を吐いていた。


「あああ……またバスに傷が……! くっそ、こんな仕事する前は車体にかすり傷さえつけたことがないってのが自慢だったのに……!」

「まぁまぁ、今はこういう仕事なんだからしょうがないじゃないですか。別にバスが傷ついて給料が減るわけじゃないでしょ?」

「違うんだ、違うんだよコトさん、そういう問題じゃないんだ。精神的なっていうかさ? また過去の栄光に傷がついちまった的な感じなんだよ」

「バス運転手が過去の栄光とか(笑)」

「なにそのムカつく顔!? 謝れ、全てのバス運転手に謝れ!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、格納庫に向かっていく。

 しかし、車内に響く二人の砕けたやりとりは、元の世界に帰ってきた感じがして非常に良い。

 大の、私を心配してくれる言葉も、また。

 とはいえ。


「……次の仕事は明後日かー、あー、異世界行きたくないなぁ」


 私の運転手の異世界嫌いは、多少直ってもいいとは、思う所だが。

 兎にも角にも、今日の業務はこれにて終了。

 今日もまた、私が生まれた世界の車庫の中で、修理を待ちながら眠るとしよう。

 おやすみなさい。

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