斧之柄、頑張る
巨木の前に辿り着いたはいいものの、どこか様子がおかしい。
「ここから二層に行けるの?」
「うん。そうなんだけど……」
二層に続く道は下り坂になっていて、大人が二人通れるかどうかという道幅らしい。
話を聞いた限りでは横向きに歩けば三人くらいは通れそうなものなのだが、どうしてか木の前にはたくさんの冒険者が集まっている。
おかげで俺の位置からだと二層への道が全く見えない。
「あの、どうしたんですか?」
羽二重さんが聞くと、集まっている冒険者の一人が答えてくれた。
関所でも思ったけど、俺は知らない人と話すのが苦手だから羽二重さんが前に出てくれるのはありがたいな。
「あぁ、なんでも二層の入り口んとこにモンスターが陣取ってて進めないらしいぜ」
「それは二層のモンスターじゃないんですか?」
「それがわからねーらしい。そもそもモンスターなのかもあやふやだって話だ」
「どういうことですか?」
羽二重さんは軽く首を傾げつつさらに質問をした。
「そいつが完全に入り口を塞いじまってるんだってよ」
「手は尽くしたんでしょうか?」
「今ここにいる奴らでできることは一通り試したっぽいな」
「そうですか……。ありがとうございました」
羽二重さんは先に進める見込みがないことを知ると、少し何かを考える様子を見せてから情報をくれた冒険者に感謝を述べて俺のほうへと向き直った。
「今日の探索は一層だけになりそうです」
「そうみたいだね」
「じゃあ戻ろっか」
「うん」
「戻るときは別の道にするね」
「うん」
ダンジョンの入り口から巨木に繋がる道は、最終的に巨木の前で合流して一本になる。
次は別の道を探索するらしく、羽二重さんは来たときの方角とは別の方向に進み始めた。
おれはそれを追う形で進む。
ここはさっき通ってきた道の前半よりも少し狭いくらいの幅がある。この道も奇襲の心配はしなくていいかもしれない。
その道を歩いて冒険者の集団の姿が見えなくなってきたところで羽二重さんが振り向いた。
「オノ」
「ん?」
「喋り方が戻ってるけど、集中力が切れてない?」
言われてみれば、二層への入り口に着いたあたりから気が抜けっぱなしだったかも。
「うん、切れてるかも」
「こっちの道はそんなに気を張らなくても大丈夫かもしれないけど、一応この辺でちょっと休もっか」
「うん、ありがとう」
「初めて入るダンジョンだもん、しょうがないよ」
羽二重さんに促され、木を背もたれのようにして座ってから息を吐く。
気付かぬうちに息が詰まっていたようだ。
「あ、でも気は抜かないようにね」
「あ、うん」
完全に気が緩んでた。
一人じゃないとはいえダンジョン内でリラックスしてしまうとは……。身体は脱力しつつ気配を探れるようにならないと。このままじゃ一人で探索するときに休憩ができなくなる。
目を瞑り深呼吸をして感覚を研ぎ澄ます。
土の匂い。銃の音。木の匂い。発砲音。風の音。破裂音。枝葉の音。銃声……。
「ねぇコマ、さっきから銃の音がうるさいんだけど」
「うん。だんだん近づいてるみたいだから休憩は終わりにしよう」
「了解。どうする?」
「私が音で」
「了解」
立ち上がり、持っていたスタンバトンをホルスターに仕舞いグローブをはずして木の枝や落ち葉を拾い集める。
羽二重さんは姿勢を低くして音が聞こえた方向に向けてライトを振りつつホイッスルを吹いている。
俺は集めたものを道の真ん中まで持っていきライターに巻きつけたガムテープを少し取って燃やし、火の勢いが強くなってきたら軽く枝を乗せていく。
その状態で少し待つと枝がいい感じに燃えてきたので拾った葉っぱをちょこちょこと投入する。
「オノ」
「ん?」
「気付いたみたい」
「え……」
せっかく面白くなってきたところなのに……。
名残惜しいけど仕方ない、消そう。
「じゃあ行こっか」
「うん」
息を大きく吸ってゆっくり吐き、焚き火のせいでリラックスしてしまっていた気持ちを切り替える。
直後、先程の休憩時に聞いたものとは異なる枝葉の音が耳に届いた。
「コマ」
「一応戦闘準備をしよう」
羽二重さんの号令を聞き、ホルスターから拳銃を抜いていつでも撃てる状態にする。
その間も葉を揺らす音はこちらに向かって移動を続けるが、音の原因となっているものの姿を視認することができない。
羽二重さんならわかるかもしれないので予想を聞いてみる。
「モンスターの見当は?」
「速度と位置から考えると、たぶん【グァラス】だね」
グァラスは黒い鳥型のモンスターで、冒険者達からは力が強い大きめのカラスだと言われている。
「でも違うかもしれないから油断はしないようにね」
「了解」
グァラスは光る物を集める習性があり、光っているものを見ると見境なく突進するという。
今の俺達は光る部分が目元だけなのでそこを狙ってくる可能性が高い。
だが狙われる場所がわかっていれば対処するのは簡単だろう。
「オノ」
「ん?」
「グァラスの卵って食べたことある?」
「え?」
上方に意識を向けつつグァラスへの対処法を考えていると、羽二重さんがそんなことを言いだした。
「グァラスの卵、食べたことある?」
急になんだろう?
「ないけど、どうしたの?」
「グァラスの卵ってね一個千円で売れるんだ、しかもすごい美味しいの」
「うん、それで?」
「グァラスが飛んできたらさ、スタンバトンで迎撃してみない?」
なるほど。卵を取るためにグァラスの巣の場所を特定したいと。
そんなに美味しいなら俺も食べてみたいし、高く売れるなら会社も儲かる。
やってみる価値はあるか。
「了解」
少し緩んでしまった気持ちを引き締め、拳銃を腰のホルスターに仕舞ってから反対側に着けてあるスタンバトンを取り出して伸ばす。
「来たね」
音の源が姿を現し、俺達のそばにある木に留まった。
「やっぱりグァラスみたい。こっちに来るように少し顔を動かしてみて?」
「了解」
羽二重さんの指示に従ってグァラスの姿を視界に捉えたまま軽く顔を動かす。
眼鏡と眼球に光を反射させるために顔をランダムに動かし続けるが、グァラスはこちらを見ていないのか一向に飛んでこようとしない。
「この木に巣がある可能性は?」
そんな都合のいいことはないだろうと思いながらも冗談半分で問いかける。
その間も顔を動かすのは忘れない。
あ、ちょっと頭が痛くなってきた。
「その可能性はあるね」
あるらしい。
グァラスが留まった木は背が高く足場が少ない。登れないこともないが落ちたら確実に怪我をする高さだ。巣があるかもわからない状態で危険を冒してまで登る必要はないだろう。
「これを登るってこと?」
「うん」
「落ちたらどうするの?」
「落ちないから平気だよ」
「グァラスは?」
「今から追い払うから大丈夫」
そういうと羽二重さんは拳銃を取り出してグァラスに向けて引き金を引いた。
銃弾は近くを通り過ぎただけだったが、羽二重さんの狙い通りにグァラスは巣から飛び立った。
「あ、こっちに飛んできたらスタンバトンで迎撃をお願い」
羽二重さんが言い終わるよりも早く、グァラスが羽二重さん目掛けて急降下していた。
俺は急いでスタンバトンのトリガーを引く。
スタンバトンはバチバチと音を立てながら電光を放ち、それを見たグァラスは進路を変えて空を切る。
こんなことなら最初から眼じゃなくて電気に誘導すればよかったんじゃないか?
「マジか」
グァラスは俺の顔に向かって飛んできている。
光源ではなく光を反射した眼鏡に狙いを変えたようだ。
俺は仕方なくスタンバトンへの誘導を諦める。
グァラスは一直線に顔へと向かってきている。
頭に直撃すれば痛いだけでは済まないだろう。
俺はグァラスをギリギリまで引きつける。
そして当たる寸前。
腰を落として一歩前に出た。
後ろで鈍い音が鳴り響く。
俺はすぐさま反転してスタンバトンを向ける。
「ん?」
グァラスの姿が見当たらない。
地面からは傾いたアンテナが二本生えている。
俺はちょこちょこと動くそれに歩いて近づき、放電したスタンバトンを当てた。
「よし」
グァラスには悪いが、また動き出したら感電させよう。
そうだ、羽二重さんはどうしてるかな?
そう思って羽二重さんのほうを見ると、絶賛木登り中だった。
羽二重さんはロープを命綱兼木登りの道具として使って、器用に木を登っている。
俺がグァラスと羽二重さんの様子を交互に見ていると、あっという間にグァラスが留まっていた場所まで到達してしまった。
運動が苦手だとか言ってたけど、あれはなんだったんだろう?
「どう?」
「バッチリ!」
羽二重さんは満面の笑みを浮かべながら両手に一つずつ卵を持ってこちらに向けている。
「これロープに付けて降ろすから、下まで行ったらはずしてくれる?」
「うん」
木の上からビニール袋が結びつけてあるロープが下りてきた。
動き出すと怖いし、一回いっとこうかな?
でもやりすぎると命の危険があるっていうし……。それにこの状態の生き物に攻撃するのはちょっと抵抗が……。
いやいや、自分達の安全が第一だ。
色々と葛藤したが、自分達の身の安全を優先してグァラスにバチっとやってからロープに近づき卵が入った袋を回収する。
「グァラスは生きてる?」
「……たぶん」
「じゃあ、巣に戻すからそのロープを巻いてもらえる?」
「うん」
袋を邪魔にならないところに置いてからスタンバトンをホルスターに戻し、グァラスを掘り出してから土を払って脈を確かめる。
うん。大丈夫そうだ。
生存が確認できたので落ちないようにロープを巻く。
「巻いたよ」
「じゃあ引き上げるね」
グァラスが上に登っていく。
強敵だった……。
まぁでも次はもう少し上手くやれそうだ。
今度は初めからスタンバトンを使おう。
そんなことを考えているとグァラスを巣に戻した羽二重さんが降りてきた。
羽二重さんがロープの回収を終えたのを確認し、ビニール袋を渡す。
「戦利品も手に入ったし、今日はもう帰ろっか」
羽二重さんは俺から受け取った袋を笑顔で掲げている。
「それだけで大丈夫なの?」
卵がいくつ取れたかはわからないけど、二人分の給料を払うには足りないんじゃないかと思う。
「今日は初日だし、これだけあればたぶん大丈夫だよ」
「そうなの?」
「会社の経営とかはよくわかんないけど、なにかあればオジサンがなんとかしてくれるだろうから大丈夫だよ」
「ならいいけど……」
もう少し探索したほうがいい気がするなぁ……。まぁ初日に頑張りすぎてもよくないし、ここは先輩に従いましょう。
「じゃあ帰ろっか」
「うん」
俺達はギルドを目指して歩き出した。
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