初探索!
ダンジョン。
正式名称は「忽現性未確認領域」という。
いつからか世界各地に現れるようになった未知の領域。
その出現方法は二つあり、建造物や洞窟などが突然出現する方法と既存の空間が拡張される方法だ。
俺達が探索を行うのは空間が拡張されてできたダンジョンで、大人が入れるほど大きい木の洞が突然ダンジョンになったものだ。
「そういえば、まだコードネームを決めてなかったね」
ダンジョンの入り口である木に向かっていると、前を歩いていた羽二重さんが急に振り返り言った。
「そうだね」
二人とも苗字に敬称を足したら六文字もある。
緊急時には一文字でも少ないほうがいいだろうから、短い呼び名が必要かもしれない。
「なにかいい名前ある?」
「んー……」
羽二重さんは虫の名前とかは嫌だろうから、花か動物の名前から取ったほうがいいかな?
花の名前でパッと思いつく短い名前はユリ・バラ・ハスくらい?
動物だとサイ・カバ・ワニ・サル・イヌ・ネコ・トリ・ヘビ・ウシ・トラ・ウマ……。
うん、ないな。
「特にないかな。羽二重さんはなにか名乗りたい名前とかある?」
「私もとくにないなぁ」
「じゃあ教習で使った名前にする?」
冒険者免許を取得する過程で数人のグループを作って行う実地訓練がある。
その訓練ではお互いのことをコードネームで呼び合うことになっているから、冒険者になっている人間なら誰でも一度はコードネームを使ってやりとりをしているはずだ。
「うん、そうだね。そうしよう」
「じゃあ俺のことはオノと呼ぶ方向で」
「うん。じゃあ私のことはコマって呼んで」
「了解」
「じゃあ行こっか」
「うん」
コードネームが決まるとダンジョンの入り口にある関所に向かう。
関所にはガタイのいいおじさんと標準体型のおじさんが立っていて、二人とも迷彩服を着て迷彩柄のヘルメットとアサルトライフルを装備している。
モンスターが飛び出す可能性のあるダンジョンの関所には元冒険者を雇っているという話なので、あのおじさん達は元冒険者なのかもしれない。
モンスターというのはダンジョン由来の生物の総称で、普通の植物や虫などもモンスターに分類される。
モンスターはダンジョンにだけ存在する気体がなければ生きられず、ダンジョンを出ると糸が切れたように動かなくなってしまう。
動かなくなるまでの時間はモンスターによって違うらしいけど、二人ならそれまでの時間稼ぎは十分にできそうだ。
武装しているからなのか死線を乗り越えてきた冒険者だからなのかはわからないけど、おじさん達からは威圧感を感じる。
羽二重さんはそんなおじさん達に躊躇なく歩み寄り挨拶をした。
「おはようございます」
羽二重さんが挨拶をすると、ガタイのいいおじさんが返事をした。
「おお!
武納さんというのは社長の苗字だ。
社長も元冒険者らしいので、もしかしたら知り合いなのかもしれない。
これからお世話になるかもしれないから俺も挨拶をしておこう。
「おはようございます」
「おお! おはよう!」
「新しくウチに入った斧之柄君です」
「あぁ! 君が噂の新人君か!」
噂……?
「斧之柄です。よろしくお願いします」
俺が挨拶をすると、今まで黙っていた標準体型のおじさんが喋り始めた。
「見たところ斧之柄君は拳銃しか銃を持ってないように見えるけど、ライフルとかは使わないのかい?」
「……はい」
俺が答えると、おじさん達は何かに納得したように何度か頷く。
「噂は本当みたいだな!」
「みたいだね」
それを見ていた羽二重さんは噂とやらに興味を持ってしまったらしく、おじさん達に詳細を尋ねた。
女性って噂が好きよね。
まぁ俺も気になるから止めないけどさ。
「噂ってなんですか?」
「確か、命を預けるメインウェポンを見た目で決めたって話だったな!」
「だね」
「なっ!」
まだ誰にも言ってないんですけど!?
「それ誰から聞いたんですか!?」
「誰って、そりゃ武納さんからに決まってるだろ?」
「なんで社長がそんなことを!?」
「武納さんは自分と似たようなものを感じるって言ってたよ」
「それはどこまで広まってるんですか!?」
「俺らと武納さんしか知らねーよ。こんな話、軽々しくするもんじゃねーだろ」
「普通は自分達の身の安全とか、効率よく稼ぐことを考えて選ぶからね。知ってるとは思うけど、自分の趣味を優先する人は少ないよ?」
「まぁ俺らは趣味を優先する派の人間だけどな!」
「そうですか……」
ならよかった……。
また誰かに聞かれるだろうから適当な理由を考えておかないと。
「まぁ、武納さんとこの冒険者に武器がどうのと突っ込む人間はそういないだろうから、あんま気にしなくてもいいと思うけどな」
「そうなんですか?」
「うん。武納さん自身が趣味で武器を選ぶ人だからね」
「まぁここで冒険者やってたらそのうち聞くことになるさ」
「だね」
「よし! それじゃ仕事しようかな!」
そうだ、仕事中だった。
俺は認定証をポケットから取り出しておじさんに見せる。
「おし、じゃあ気をつけてな!」
「わかってるとは思うけど、ダンジョン内では油断しないようにね」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
俺と羽二重さんはおじさん達に挨拶を済ませると羽二重さんを先頭にしてダンジョンの入り口へ向かい、ダンジョンに入る手前で一度立ち止る。
「今日は一層目の探索をメインにして、余裕がありそうなら二層にも行くからそのつもりでね」
「わかった」
「じゃあ行くよ?」
俺はそれを聞き深呼吸を三回する。
その間、羽二重さんは何も言わずに待ってくれていた。
一回目は気持ちを切り替えるためのもの。
二回目は気持ちを落ち着かせるためのもの。
三回目は集中するためのもの。
「うん。行こう」
羽二重さんは首肯で答えて木の洞に入り、それに続く形で俺も中に入った。
「おぉ」
ダンジョンの中は森になっていた。
木の中だというのに昼間のように明るく、どこからともなく吹く風が木の枝や葉を揺らして音を立てる。
「後ろを見てみて」
羽二重さんに言われるまま後ろを見る。
「ん?」
普通に壁と入り口があるだけだが……?
いや、木の洞に入ったのに壁があるのはおかしいか?
「壁に入り口があるようにしか見えないでしょ?」
「うん」
「そのまま上を向いてみて」
羽二重さんの指示に従って上を見る。
壁に沿って目線を上へと上げていく。
徐々に首を傾けるが、相変わらず壁しか見えない。
首を限界まで動かしても壁しか見えず、仕方がないので上体を後ろに反らせて更に上を視界にいれる。
そこでようやく羽二重さんの見せたかったであろうものが目に飛び込んできた。
「木……?」
入り口があるのは壁ではなく、長大な木の幹だった。
木との距離が近いというのもあるが、枝や葉の茂っている部分はほぼ真上を見なければ視界に入らないほど上方にある。
初めて見る光景に口をポカンと開けたままの俺に羽二重さんは言った。
「はぐれたり方向がわからなくなったりした場合はこの木を目印にすれば戻ってこられるからね」
「了解」
何を言われたのかイマイチ理解できなかったが、とりあえず返した。
「ふふっ、そろそろ出発しよう」
笑顔の羽二重さんに肩を叩かれてようやく我に返る。
「最初のほうは道幅も広いし奇襲の心配はないだろうけど、一応周りには気を配ってね」
そうだ、ここはダンジョンの中だ。気を引き締めていかなければ。
「了解」
森の中には道がいくつかある。
ギルドの建設で必要になった木材はこの森から取ってきたらしいので、恐らくその時に作ったものだろう。
道によっては大型トラックが二台通っても余裕がありそうなくらいの広さがある。
木々はそこまで密集していないため森の中にも光が届き、加えて背の高い木が多いため見通しがいい。
道の幅もあるので羽二重さんが言う通りモンスターに不意を突かれることはなさそうだ。
そんなことを思いながらも警戒は怠らずに羽二重さんに先導されて道の中央を歩く。
すると何かの音が耳に届いた。
俺は音がした方向に顔を向ける。
しかし、特に異常はみられなかった。
「コマ、今の音は?」
「ん? あ、今のはたぶん銃声だよ。結構遠そうだし、一発しか聞こえなかったから私達は気にせず進もう」
「なるほど。了解した」
他の冒険者が銃を撃った音か。
それからも羽二重さんの後ろを歩きながら何かが聞こえるたびにそちらを向く。
ほとんど枝や葉が折れたり擦れたりする音だったが、たまに銃の音やモンスターの声らしきものも聞こえてきた。
聞き覚えのない音については羽二重さんにその都度確認をして一つ一つ覚えていく。
何度か同じ音について質問をしてしまった気がしなくもないが、毎回丁寧に教えてくれたから心配しなくても大丈夫だと思いたい。
そうして何度目かの質問を終えた頃、急に道幅が狭くなっている場所に辿り着いた。
羽二重さんはその道の前で一旦立ち止まり、腰に着けていたスタンバトンを右手に取った。
「ここからは道が狭くなるから気をつけて進もう」
「了解」
羽二重さんに追随する形で俺もスタンバトンを右手に持つ。
奇襲には近接武器であるスタンバトンのほうが向いているので拳銃は使わないのだろう。
「じゃあ行くよ?」
「うん」
俺が答えると羽二重さんは中へと進み、それに続いて俺も中に入った。
狭いな……。
入る前にも狭いとは思っていたが、中に入ってみると本当に狭い。
中央を歩いているにも関わらず腕を伸ばすとスタンバトンが木に触れる。
ここで戦うのは無理がありそうだ。モンスターに遭遇したら森の中に逃げ込まざるを得ないかもしれない。
正直、探索初日の人間が来る場所ではないと思う。
「コマ」
「なに?」
「どこに向かってるの?」
「なんとなく二層を目指して進んでるよ」
「なるほど」
当初の予定通り二層に行くつもりなのだろうか?
警戒するだけで精一杯の俺とは違い、羽二重さんの声からはまだ余裕を感じる。
最初と比べれば慎重に進んではいるものの、このあたりはまだ余裕なのかもしれない。
「ここはどこ?」
「さっきの狭くなったところがだいたい半分くらいだから、だいたい六割くらい進んだあたりかな?」
「なるほど」
思ったより進んでるな。
「ここは探索初日で来ていい所なの?」
「私は来なかったよ」
「よし引き返そう」
「ほら、私は一人目の従業員だから」
「一人で探索を?」
「うん。だからあんまり無理ができなかったけど、オノには私が付いてるからね」
「なるほど」
残り四割なら頑張ってみるか。
俺達はそれからも歩き続け、二層目に続く道があるという巨木の前に辿り着いた。
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