ニートだった俺が新米冒険者になってダンジョン探索をしてみた

@_sai_

二日目の朝

 社長に雇われる形で一年半続けた自宅警備員の職を辞し、冒険者になってから一日経った。


 昨日は先輩への挨拶と探索に必要なものを買い揃えただけで仕事らしい仕事はしなかったけど、そのおかげで必要なものは全て揃えることができた。


 冒険者には書類仕事なんてしないだろうから、今日から迷宮ダンジョンの探索を開始することになると思う。


「さて、そろそろ準備しますか」


 普段使いの眼鏡をはずしてスポーツ用の眼鏡を掛け、昨日買った服に着替える。

 ハイネックシャツに長めの襟が付いたようなワイシャツを着てブレザーを羽織り、ポケットが八個あるカーゴパンツと靴下を履く。

 帽子と手袋とグローブはダンジョンに入る前に着ければいいから道具類を入れてからポケットの中に仕舞う。


 これらは一見すると普通の洋服に見えるが、布の部分は全て蜘蛛の糸で作られているので防護服として機能する。


「よし、準備完了かな」


 腕時計を着けてから忘れ物がないことを確認すると玄関に行き、ブーツを履いて家を出る。

 このブーツも服と一緒に買ったもので、素材はよくわからないが硬くもなく柔くもなく丁度いい硬さのブーツだ。


「冒険者にならなかったらブーツなんて一生履かなかっただろうなぁ」


 家を出てブーツの履き心地を確かめながら歩くこと数秒。

 会社の前に辿り着いた俺は、社長の自宅兼事務所のインターホンを押した。


『鍵は開いてるから入ってきてくれ!』

「はい。お邪魔します」


 中に入り社長の部屋に向かう。


「おはようございます」

「おう! お早う!」

「おはよう」


 部屋に着くと、社長と共に先輩の羽二重はぶたえさんが待っていた。

 羽二重さんは俺の同級生で、社長の友人の娘さんだとかで数ヶ月前に社長に誘われて入社した先輩だ。

 社長はサイズが間違ってるんじゃないかと思うようなぴったりとした服を着ているが、羽二重さんは俺と同じような恰好をしている。


「よし。挨拶も済ませたところで確認だ。斧之柄おののえ君はウチの社是は覚えてるか?」

「しゃぜ……?」


 昨日聞いた社訓みたいなやつかな?


「安全第一ってやつですか……?」

「よし! じゃあそれを忘れずに探索をするように!」

「あ、はい」


 え? もう行くの?


「それじゃ早速行ってもらおうか!」


 マジか。


「とりあえず今日は小鞠こまりと一緒に行動して色々と教えてもらうといい!」

「はい。わかりました」


 今日は羽二重さんに付いていくようだ。


「じゃあ行こっか」

「はい。よろしくお願いします」


 同級生だけど先輩なので一応敬語で答える。


「遠慮せずにガンガン稼いでくれていいからな!」

「はい」

「じゃあ行ってくるね」

「おう! 安全第一でな! 斧之柄君も無理せずにな!」

「はい。行ってきます」


 社長に挨拶を済ませ、社長の家を出る。


「じゃあ行こう」

「はい」


 俺達はダンジョンに向かって歩き始めた。

 ここは住宅街の小道なので人も車もあまり通らないけど、先輩の横に並ぶのはおかしな気がするので俺は羽二重さんの斜め後ろを歩く。

 何も喋らずに歩いていると、羽二重さんがこちらを向いて言った。


「そういえば、斧之柄君ってもう認定証は持ってる?」

「あ、はい。昨日作りました」

「そっか。じゃあ作らなくても大丈夫だね」

「はい」


 俺が言うと羽二重さんは前に向き直る。

 認定証はそれぞれのダンジョンで発行してもらう必要があるカードで、ダンジョンに入る前には必ず見せることになっている。


「斧之柄君」

「はい」


 またしても羽二重さんは振り返って言う。


「嫌だったら断ってくれてもいいんだけど、話しづらいから横に並んでもらえないかな?」

「あ、はい。わかりました」


 俺は早歩きをして羽二重さんに並ぶ。


「免許証は忘れたりしてない?」


 家を出るときに確認してきたが一応ブレザーのポケットに手を当てて確認する。


「はい。大丈夫そうです」

「そっか」

「はい」


 他に忘れ物がないかも確かめとこう。

 懐中電灯もあるし、懐中時計もある。ロープとかビニール袋もあるし、ガムテープを巻いたライターもちゃんとポケットに入ってる。救急セットも入ってるし携帯食料と水も持ってきてる。

 ……あれ? コンパスがないや。


「武器は全部ギルドにあるの?」

「あ、はい。家に持ち帰っても使えませんし、ギルドに預けてあります」


 今着ている服やブーツもそうだけど、昨日買ったものは全て社長のポケットマネーで買ったものなので私物じゃない。持ち帰ったところで邪魔にしかならなそうだからギルドに預けてる。


「じゃあ忘れ物はなさそう?」

「あ、えっと……コンパス忘れました」

「時計はどこで買ったの?」

「あ」


 そういえば時計に付いてるから買わなかったんだった。


「ふふっ」


 なんでだろう? 羽二重さんと話してると年上の人と話してるように感じる。

 女性のほうが精神年齢が上だという話だからそのせいだろうか?


「そうだ。斧之柄君はどの武器を使ってるの?」


 ……あぁ、この質問が来ちゃったか。

 まぁ、一緒に行動するんだから使う武器を確認するのは当然だよね……。


「拳銃です」

「おぉ、珍しいね」

「はい。そうですね」


 メインウェポンが拳銃の人は結構珍しい。

 大抵の人はライフルかショットガンをメインウェポンにして、拳銃は何かあったときのためのサブウェポンとして装備する。

 理由は簡単で、威力も射程もライフルやショットガンのほうが優れているからだ。

 だから理由もなく拳銃を使う人間はいない。


「羽二重さんはなにを使ってるんですか?」

「ん? 私も拳銃だよ」

「そうなんですか?」

「うん、ウチはお父さんが許してくれなくて。まぁ仮に許してくれたとしても重くて持ち歩けないかもしれないけど」


 俺の身長が百七十センチに届かないくらいで、俺の口と同じくらいの高さに羽二重さんの頭がある。

 羽二重さんはそんなに力があるようにも見えないし、構えながら動き回るのは大変かもしれない。


「ライフルもショットガンも長い間持ってると疲れますもんね」

「そうそう。それに私はあんまり体力がないから尚更ね……」

「そうなんですか?」

「うん、運動が苦手なんだ。斧之柄君はどうして拳銃なの? ライフルのほうが威力もあるし射程だって長いでしょ?」

「あ、えっと……」


 どうやって誤魔化そうか……。


「あ、言いたくないなら言わなくても平気だよ?」

「あ、いえ。言いたくないわけじゃないんですが、ちょっと言いづらいかなーっと」


 特に複雑な事情はないんだけど、ちょっと変だからなぁ。


「じゃあ言わなくても大丈夫だよ」


 ここはお言葉に甘えようかな。


「ありがとうございます」


 その後も羽二重さんと何気ない会話を続けながら数分歩き、ギルドに到着した。


 ギルドというのは俗称で、正式名称は「忽現性未確認領域探索支援免許保持者支援及び危険物取り扱い管理施設」だ。

 基本的にダンジョンの入り口を囲うように建設されて、施設内では冒険者の支援や銃刀法の関係で外に持ち出すことができない武器とかの管理や販売が行われている。

 だからギルドへの出入りは厳しく管理されていて、免許証と持ち主の指紋がなければ入ることも出ることもできない。


「なにか買う?」

「いや、大丈夫で……大丈夫」


 ここに来るまでに同級生だし敬語は止めて欲しいと言われたけど急に敬語をなくすのはなかなか難しい……。


「ふふっ。じゃあ武器を受け取ったらダンジョンに入ろう」

「わかった」


 また笑われてしまった。


 気を取り直して受付に行き、免許証と武器を交換してもらう。

 武器は免許証と交換する形で受け取り、帰るときに武器を預けて免許証を返してもらう仕組みになっている。

 ギルドへの出入りには免許証が必要なので、これによって武器の持ち出しを防いでいるらしい。


 俺は受付で武器を受け取ると右腰に拳銃の収められたホルスターを着け、左腰にスタンバトンを入れた警棒用ホルスターを着ける。

 スタンバトンというのはスタンガンの機能が付いた警棒で、ボタンやトリガーを引くと電流が流れるようになっている。

 次に右腿に剣鉈を収めたレッグシースという鞘を巻きつけ、左腿には予備の拳銃を入れたホルスターを巻く。

 拳銃のマガジンも預けていたので全て受け取り、ブレザーのポケットに二つ入れて残りはズボンのポケットに仕舞った。

 最後に、ポケットに入れておいた帽子をかぶり手袋とグローブを着ける。


「終わった?」


 装着が終わったところで羽二重さんに声を掛けられた。

 羽二重さんは先に準備を終えていたようで、既に装備が整っている。


「あ、はい」


 羽二重さんの装備も俺と同じような配置だ。

 服装もほとんど同じように見えるので、違うのは帽子くらいかもしれない。

 俺は野球帽のようなキャップをかぶっているが、羽二重さんはキャスケットのような丸みのある帽子をかぶっている。


「じゃあ行こっか」

「うん」


 装備を整えた俺達は、ダンジョンの入り口へと向かった。

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