73 凍てついた罠

 ブラハリー72がある惑星メレデオ5は、メレデオ星系における生命存在領域ハビタブルゾーンの外縁ギリギリに存在する惑星であり、惑星全土が氷と雪に覆われた厳冬惑星であった。惑星表面は、生命が存在するには過酷すぎる環境なのだ。にも関わらず、教練生たちは4,5名のチームに分かれて、各地に散らばり最期(と思われる)課題に取り組んでいた。ランシュア山ではタケルたちが、与えられたミッションに取り組んでいる。目的の場所は把握しているが、悪天候のため彼らはなかなか前に進むことができなかった。3日目の夜を迎えても、目的の敵艦までは、まだ30キロメートル以上の距離があった。高低差を考えれば、あとどれくらい掛かるのかも定かではなかった。


 簡易テントの周囲では、風がゴウゴウと唸りをあげて暴れまわっている。風に備えて積み上げたアイスブロックも気休めにしかならない。テントを固定しているアンカーは、深い雪を貫き岩に食い込んでいるから、飛ばされる心配はない。とはいえ、防寒着を通して伝わってくる風の音は、精神に深く染み込み不安感を増大させる。

 遺伝子改造を受けて強化された身体は、軽い疲労を覚える程度だったが、精神はそうもいかない。ましてやここ3日間、まどろむことしかできないとなれば、なおさらである。この状況が続けば、やがて肉体にも影響を及ぼしかねない。

 眠れない。タケルは寝袋の中で身をよじった。

「ふん。この程度で音を上げるのか、軟弱野郎め」

 薄い断熱生地一枚挟んだ向こうから、地響きのような怒鳴り声が聞こえた。タケルが眠れない、もうひとつの理由がこの男だった。なぜ、こんな奴と同じテントで過ごさなければならないのか。タケルの中に負の感情が沸き上がる。こんなことなら、と後悔も心に浮かぶが、それはあまりにも後ろ向きな考えだと、気持ちを切り替えて眠ることに集中するのだった。


 こうした状況になると、あのうるさいドナリエルでさえ懐かしく感じるようになるのだから不思議なものだ。ミーバルナ教授からは、ドナリエルの起動キーワードを伝えられているが、タケルはそのキーワードを呟きたくなかった。呟けばドナリエルの助けを得ることができるだろうが、それは何か負けたような気がするのだ。それは、タケル自身にも説明のつかない感情であった。

 もしかしたら、小説、『銀河の侍』を読んだせいなのかもしれない。読者という第三者の視点から見ると、主人公にあまりにも主体性がなく、状況に流されているように思えたのだ。もちろん、タケル自身をモデルにしているとはいえ、『銀河の侍』における主人公とタケルは違う。違うはずだ。しかし――他人から見れば、タケルは流されているように見えるのではないだろうか。そんな疑念が、タケルの深層心理に根付いてしまったのかもしれない。


 エルナもいない、ドナリエルも停止しているこの状況は、タケルに内省する機会を与えたのだ。これが吉と出るか凶と出るか、それは誰にも判らない。


                ◇


 ようやく吹雪が収まった朝、一行はできるだけ目標に近づくべく先を急いだ。タケルは、偵察のためにブライスを先行させる。

「ブライス、先行して逐次報告を」

「わかってるわよ」

 タケルの言葉にかぶせ気味で返事をしたブライスは、何台かの偵察用マシンとともに前に出た。

「なんで私が前にでなきゃいけないのよ……こんなの……ブツブツ……」

 通信装置から、ブライスの呟きが聞こえる。

「ブライス!文句ならマイクを切ってちょうだい!」

 ルーがブライスに注意すると、ブライスは返事もせずにマイクを切った。ブライスの小さな呟きはなくなったが、今度はルーが怒り出した。

「何よ、あの態度!任務なんだから文句を言わずにやればいいのよ!」

 どうやら女性陣も友情にヒビが入りつつあるようだ。良くない傾向だ。本来であれば、指揮を執るタケルがなんらかの手を打つべきだが、彼も余裕が泣く、そこまで配慮できなかった。

「行こう」

 すでにバラバラになりつつある部隊は、それでも目標に向かって動き出した。


                ◇


 およそ1キロメートル先、カルデラの中心付近に破損した艦が、半ば地面に埋まるようにして着陸していた。トワ帝国軍においては強行侵攻艦イトリムスと呼ばれている艦で、全長約200メートルと《ミーバ・ナゴス》より小さい。が、装甲は厚く無骨な印象を受ける。

 ブライスからの報告によれば、周囲に敵はいない。また、敵艦の熱放射も少なく、沈黙したままだ。

「欺瞞の可能性は否定できないけれど、少なくとも偵察結果からは兵器のほとんどは破損していて使用できないし、兵器の周囲に活動もない。敵兵がいたとしても抵抗はできないのではないか」

 ブライスからの情報をルーが分析した。タケルも同意見だ。

「とりあえず、マシンに敵艦を制圧させてくれ」

 ギューは、タケルの命令に黙々と従い、マシンに命令を伝えて送り出した。十数台のマシンは、荒涼としたカルデラの表面を車輪装甲と脚歩行を組み合わせてスムーズに進んでいく。敵艦を包囲したのち、螺旋包囲陣でゆっくりと近づいていった。螺旋包囲陣は、数体一組になったマシンが放射線状に敵を取り囲み、それぞれが螺旋を描くように近づいていく陣形で、敵を包囲するとともに攻撃を分散させる意味合いがある。自軍からの反撃時には射線に味方が入らないためフレンドリーファイアの心配が少ない。間接指揮の指示としては楽な部類に入る。

しかし、マシンが近づいても敵艦は反応しなかった。やがて、タケルたちのマシンは敵艦に到達する。マシンたちは、それぞれ手近な亀裂などから、艦内へと入っていった。ここまで苦労してやってきたことを考えると、拍子抜けする状況だ。この状況に、メンバーの誰かが少しでも違和感を覚えていたら、未来は少しでも変わったはずだ。


 マシンたちが敵艦内部を探索している最中、ブライスが偵察から戻り合流した。

「念のため、センサーを何カ所かに埋めてきた」

 ブライスはそう告げると、今度は敵艦内の探索を申し出た。やけに積極的だな、とタケルが指摘すると、ブライスはあの艦を制御しているシステムに入りたいのだと本音を語った。

「あれは、トワ帝国の艦じゃない。たぶんゲルカ星系の艦」

 わざわざ教練のために、鹵獲してきたとは考えにくい。ゲルカ星系との戦争で入手したものだろう。苦手な探査任務でイライラも貯まっていたのだろう、ブライスの好奇心をこれ以上抑えきれないと判断し、タケルは敵艦に乗り込むことにした。制圧がミッションの目的なのだから、艦橋ブリッジにタケルが入れば終了になるはずだ。もう、一刻でも早くこの試験を終わらせたかった。


 艦橋ブリッジといっても、地球でいう艦橋のように甲板から飛び出しているわけではない。たいていの場合、指揮を行う艦橋は艦の中心部分に配置されている。この艦も、そうだった。非人型種族ノ・アレジアであるゲルカ人の艦は、意外なことに通路も広く、扉も大きかった。通常、容積を稼ぐために軍艦は必要最小限にしか幅をとらない。まして、3メートル以上も高さのある天井など、タケルだけでなく他のメンバーも見たことはなかった。

 艦橋ブリッジに着くと、ブライスが早速システムの解析を始めた。タケルは指揮官席を探してその周囲を見て回った。ギューは艦内のチェック、ルーは艦の外で探査を行っている。もし、制圧が勝利条件なら、彼らの試験はもう終わっているはずだ。しかし、教官からの連絡はない。まだ試験は終わっていないのか?こうして艦の中に――。


「まさか!」

 思わずタケルが声を上げる。つい先日苦い思いをした不可能なシミュレーション実習。あの時は平原、今回はカルデラと少し状況は違うが、すごく似ているとも言える。だとすれば。

「ブライス!周囲の状況を再確認!欺瞞情報に踊らされないよう、多重チェックを!ルー!何か異常はないか!」

『こちらは何も変――』

 ルーの返事は、爆音に遮られた。艦に衝撃が走る。

「ルー!」

『敵が!囲まれ……応戦し……負傷……』

「ルー!どうした!」

「タケル!ルーのバイタル表示が!」

 ブライスに指摘されて、タケルはメンバーのバイタル表示を呼び出す。ルーのアドレナリン値が急激に上がり、血中酸素濃度が減っている。装甲の左大腿部が破損表示。

「そんな!敵に囲まれて――嘘っ!タケルっ!」

「なんだ!」

「敵が……を使っている……」

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