72 集団指揮訓練

 教練も半ばを過ぎた頃から、集団指揮の教練が始まっていた。過去に行われた戦闘における陣形や、地形などを利用した戦法の事例を詰め込まれる座学と、実際に指揮を経験するシミュレーション訓練だ。

 帝国軍における指揮方法には、大きく分けて間接指揮と直接指揮のふたつある。関節指揮とは、あらかじめ作戦を兵士にプログラムしておき、戦闘において指揮官は後方で状況を確認する。兵士兵器マシンにある程度自律性が必要であり、状況を予測したプログラムをしなければならないが、指揮官の安全度は高くなる。一方直接指揮は、部隊と共に指揮官も移動し、都度指示を与える方法だ。急変する状況にも柔軟に対応できるメリットはあるが、指揮官が敵に狙われやすく、指揮官が行動不能となった場合に部隊が瓦解する可能性が高い。

 タケルの同室メンバーでいえば、ブライスは間接指揮が得意で、ギューとルーは直接指揮を得意としている。ルーの場合、指揮そっちのけで敵陣に自ら飛び込んでしまうため、指揮官としての適性は低く見られている。タケルはどうか。教官から見たタケルの評価は、得意もなければ不得意もない、一通りこなせるが特出した点もない。器用貧乏な指揮能力と言えるだろう。


                ◇


 自軍は、優位に作戦を進めていた。この日の目標は、貴重な鉱物資源を採掘している施設を、破壊することなく敵から奪取することだった。タケルは、目の前に展開された情報をチェックし、このまま進軍しても問題ないと確信した。先行している斥候部隊からも異常なしのサインが届いている。

 今は、直接指揮のシミュレーション中だ。そのため、タケルは指揮官用の軍用装備を身につけている。デポルから貰ったフラジの強化スーツよりも装甲が厚い分、重く動きにくい。しかも指揮官には、さまざまな情報がリアルタイムで届けられるため、時としてつまずきそうになる。実際に躓いてもたいした怪我はしないだろうが、ここはシミュレーションルームであり、教官だけでなく手の空いている教練生も見ているはずだ。


 ようやく、敵施設が視認できる位置まで到達した。施設は破壊できないため、空からの支援は期待できない。タケルは、長距離攻撃兵器を装備したスナイプマシンに、施設の防衛兵器を攻撃するよう指示をだした。扇状に展開したタケルの部隊から、幾筋かのレーザーが放たれて、ピンポイントで敵の施設にある砲塔やレーダーに当たった。レーザーそのものは視認できないが、タケルの装備は自動的に自軍から施設への攻撃をビジュアル化している。

 数秒後には、敵の防衛兵器とレーダーが溶け落ちた。これで、敵の反撃は封じた。あとは、地雷のような埋設兵器に注意して進み、施設に乗り込んで制圧すればミッション成功だ。タケルは、地中探査システムを搭載したマシンを先行させ、周囲を警戒しつつ施設に向かう。ファイスプレートに展開しているマップには、敵性勢力の表示はない。

 施設内部に突入した直後には、施設内に残っていた敵からの抵抗を受けたが、タケルたちは大きな損失も出さずに拠点内を制圧していく。やがて、タケルは制圧が完了した施設の制御室に足を踏み入れた。順調に進んでいる。これでミッションは無事達成――と思われた時だった。轟音と共に施設が揺れた。

「なんだっ?!」

 タケルの声に反応するように、制御室内に置かれたディスプレイに灯が点り周囲の様子を映し出す。そこには、先ほどまではいなかったはずの敵が、砲塔をこちらに向けて並んで居た。

「え?」

 思わず間抜けな声を漏らすタケル。ヘルメット内の表示には敵の表示はない。なのに、なぜ――。考えるまもなく、施設を取り囲んだ敵の一斉攻撃が始まった。

「防御を!こちらから攻撃する手段はあるか!」

 タケルの音声による指示に対する返答は……「防衛機構使用不能」「攻撃兵器使用不能」という絶望的なものだった。そもそも施設の防衛兵器を破壊したのはタケルたちだ。タケルが頭を振り絞って打開策を考えている間にも、敵からの攻撃は続いている。そして、敵の砲弾が岩盤を貫き、タケルがいる制御室へと到達した。世界が、白い光に包まれ――。


『――実習終了』。

 シミュレーションルームにアナウンスが鳴り響いた。気が付けば、タケルはひとり部屋の中央で立っていた。周りには何もない。破壊されたマシンも自分の死体も。

 あれが実戦だったら、と考えるとゾッとする。しかし、敵の気配はなかったはずだ。偵察部隊は何も見つけていない。なのに、なぜ敵が包囲できたのか。タケルの脳裏に、ミーバルナの姿が浮かんだ。まさか、彼女がタケルに仕掛けたイタズラではないかという疑念。彼女ならやりそうだから怖い。

 結論から言えば、ミーバルナは冤罪だった。これは全教練生が受ける試練のひとつだったのだ。偵察部隊が敵に鹵獲され、欺瞞情報を流されていたというだ。教練生に負けることを経験させることが目的の訓練であり、このシチュエーションにおいて勝利することはほぼ不可能だ。それを聞いたタケルは「コバヤシマル・シナリオかぁ」と呟いたが、誰にも理解されなかった。

 しかし、今回の教練でただひとり、この訓練をクリアした者がいた。ブライスである。もちろん事前に内容を知っていたとか、プログラムを書き換えたということではない。彼女は、自分が使用するマシンすべてに一種のウィルス、地球でいえば“トロイの木馬”型ウィルスを仕込んでいたのだ。敵に偵察部隊が鹵獲された時点で、敵はブライスのウィルスに感染してしまい、彼女を罠に掛ける前につぶしあって自滅してしまった。

 なぜ、自軍のマシンにウィルスを仕込んだのかと教官に問われたブライスは。「え?自分たちのシステムが攻撃されるのは当たり前で、それに対抗する手段を執っておくことも当たり前ではありませんか」と答えたという。


                ◇


 教練期間も残すところ7日となった時、実地試験の実施が発表された。ある意味、卒業試験的な位置づけらしい。同室の四人がチームを組み、それぞれに与えられた役割をこなし、チーム毎に決められたミッションを達成するのだ。

 タケルたちのチームでは、ブライスが斥候偵察任務を、ルーが情報分析(参謀)を、ギューが間接指揮を、そしてタケルが全体の指揮を担当することになった。意図的に、各人が苦手なことをやらせようということだろう。それは他の部屋も同じで、任務割り当てを聞いた全員が渋い顔をしている。

 そして、タケルたちが挑戦するミッションは――この惑星メレデオ5の中緯度に位置する標高6000メートル級の山、ランシュア山の山頂にあるカルデラに不時着した敵艦の鹵獲もしくは破壊という任務であった。

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