74 生き延びるために、足掻く
ルーの装甲破損表示は、模擬信号かと思っていたのだが、ルーは実際に怪我をしているらしい。なぜ訓練で実弾が使用されているのか、それは後で考えることにして、タケルはギューを呼び出した。
「すまない、ルーが負傷したようだ。助けに行ってくれないか?」
『わかった』
「それから……相手は実弾を使っている。当たれば君も負傷するぞ、気をつけろ」
『……そうか。了解した』
「なんで、試験のハズなのに、こんな状況に……」
落ち着け、状況を把握しないと。タケルはブライスに敵の様子を聞いた。
「敵の砲台みたいな兵器は、カルデラの周囲をぐるっと取り囲んでいて、レーザーと質量弾で攻撃している。地下に隠されていたのね、見落としていた」
敵はこちらを包囲している?いや、この艦以外にエネルギー反応はなかったはずだ。それはタケルも確認している。
「おそらく、動力源も地下。隠蔽されていたんだわ」
「この艦の
「今、動力炉を臨界に持っていこうとしているけど……やれるとしても、そんなに持たない。残存エネルギーがあまりに少ないの」
このままでは、周囲の攻撃で徐々に削られ、最期は全滅だ。その前に教官たちが気づいてくれれば。そこでタケルにある考えが浮かぶ。これが事故やトラブルではなく、意図的に仕掛けられたものだったら。タケルたちを殺すことが目的だとしたら。そして、それが教官たちの考えたシナリオだったら。最初から仕組まれた罠だったら。タケルは頭を振って、そんな妄想を振り払う。そんなはずはない。教官たちが救援に来るまで、全員が生き残るんだ!
ギューがルーを連れ、艦橋に入ってきた。ルーの左太もも部分は焼け焦げている。ギューがルーを手近なシートに横たえると、タケルはすばやく装甲をはずし傷の様子を確認した。レーザーの熱で焼けた皮膚は炭化し、一部が崩れ落ちている。タケルはバックパックから緊急用の医療キットをとりだし、ゲルをルーの傷に塗っていく。その間もルーは苦痛に耐え、小さな悲鳴を漏らしながら大量の汗を流している。ゲルには細胞活性剤と再生用のタンパク質、細胞を構築するナノマシンが含まれている。ゲルを塗った太ももに、医療キットに入っていた人工皮膚を張っていく。緊急時の一時的措置だ。
ハイボガンを取り出したタケルを見て、ルーが「眠りたくない」と言った。タケルはハイボガンに鎮痛剤のカプセルをセットしながら「部分麻酔だから」といって、太ももの付け根に鎮痛剤を打ち込んだ。これで傷の痛みはだいぶ抑制されるはずだ。
「どうなっている?」
ギューがタケルに尋ねる。
「囲まれて集中砲火を受けている。演習システムのトラブルか、それとも……いや、何が起きているのか判らない。ただ、相手は――敵は、僕たちを殺す気で攻撃している」
「そうか、なら問題ない。こっちも殺す気で行くだけだ」
とはいえ、こちらからの攻撃手段は、十台程度のマシンしかない。艦の外で警戒に当たらせていたマシンは、最初の攻撃ですべて破壊されてしまった。残った兵力で、一点突破を計るか。しかし、ルーは負傷して動けない。タケルが頭を悩ませていると、ブライスが声を掛けてきた。
「この艦のシステムを把握した。で、少し相談があるんだけど」
タケルとギューが、ブライスが使っているディスプレイが見える位置に移動した。三人とも強化服のバイザーを上に上げている。
「簡単な概略図を示すね……これが、この艦の設計図ね。空間が贅沢に使われている点を除けば、トワ帝国のものとあまり変わらないわ。武装もね」
「使える兵器があったのかい?」
タケルの問いに、ブライスは曖昧に答える。
「うーん、それがねぇ。主砲は使えないこともないのだけれど、使うためには主砲の制御室まで行って、直接設定を変更しないと使えないのよ」
「主砲以外は?」
「だめね。エネルギーがあっても使えない。主砲だけは設定を変更すれば、今のエネルギー量でも撃てるわ」
タケルとギューが、主砲の制御室まで行くことにした。艦の外壁近くを通らなければならないので、敵の攻撃が続く限り危険度はどんどん上がっていく。ルーとブライスは、艦橋で情報把握と主砲の制御をしなければならない。ルーも負傷の状態から考えて、連れて行くことはできない。
タケルとギューはバイザーを降ろし、正面に艦内図と現在位置をオーバーレイ表示させる。
「ギュー、いけるか?」
ギューはだまって握り拳を上に突きだした。OKということなのだろう。
「よし、行こう」
二人は艦橋を出た。途中、外の様子に変化があれば、都度、ブライスが教えてくれるはずだ。
二人が移動する間も、敵の攻撃は続いていた。艦の中心部から外縁部に近づくほど、被弾時の振動が大きくなる。船体は良く保っているが、時間の問題だろう。
ゲルカ人の艦には、階段は無い。階を移動するには、エレベーターかスロープを使う。他にも、何に使うのか判らない装備があったが、使い方を調べる時間もないし、
艦の最上階に着いた。目的の制御室まではあと少しだ。タケルが制御室に通じる扉を開けようとした、その瞬間、二人の足下からドンと強い衝撃が襲った。
「ぬおっ!」
身体が跳ねる。タケルはかろうじて扉の一部にしがみつくことができたが、はね飛ばされたギューの身体は、通路の壁に激突した。
「大丈夫か!」
よろよろと立ち上がるギューに、悲劇が襲いかかる。金属が軋む音とともに、壁が消失、ギューの立っている床も、吸い込まれるように落下していく。タケルの視界から、ギューの巨体が消えた。
タケルはすぐさま、ギューのいた場所へと駆けつけると、艦の構造材に腕一本でしがみつくギューの姿が見えた。その足下に支えるものは何も無い。ギューのつま先から数メートル下には、赤く熱せられた船体の一部が、激しく煙を吐き出している。遙か下には、雪と塵、そして炎が渦巻いている。煙のわずかな隙間から、かつて外壁と床だったものの残骸が見える。いかなタフなギューであっても、落ちれば命はない。タケルは左腕を伸ばし、ギューの腕を掴んだ。
「よせ、無駄だ」
ギューの声がタケルのヘルメット内に響く。フェイスプレートに隠れて見えないが、ギューの視線はタケルに注がれている。
「ふざけるな!見殺しにできるか!」
「貴様は指揮官だろう?部隊が生き残るためには、何が重要か考えろ。俺を見捨てて先に行くべきだ」
ギューの言うことは正しい。タケルはギューを見捨てて制御室に向かい主砲を撃てるようにする、それが生き残るために必要なことだ。ギューが、自力で助かる可能性もゼロではない。外壁が崩れ落ちたのは何かが誘爆したためであり、敵の攻撃が直撃したためではない。しかし、もし敵が船体に大きく空いたこの穴に気が付けば、ここを攻撃してくる可能性は大きい。だが、タケルのメンタリティは、ここでギューを見捨てていくことができなかった。もし、ドナリエルが起動した状態であれば、無理にでもタケルを制御室に向かわせただろう。しかし、今、ドナリエルは休眠状態だ。タケルは、タケル自身の判断で、ギューを、同じ部隊のメンバーを助けると決めた。
「ボクは、部隊の誰一人も見捨てない!」
「愚かな」
「そんなことは判ってる!でも、誰も死なせない!死なせたくない!」
タケルはグッと左手に力を込める。もう少し引き上げられれば、両手で掴むことができる。もう少しだ。
しかし、ギューは巨体である上、今は装甲を纏った状態だ。フラジの強化服であれば、ワイヤーフックなどのギミックを使って切り抜けられるかも知れないが。二人が装着している装甲には、そんな便利な機能はない。装着者の筋力をサポートをする機能はあるが、ギューの身体を持ち上げるほどの力をタケルに与えるわけではない。
それでもタケルは力を振り絞り、ギューの腕を引っ張り上げようとする。腕の筋肉、肩の筋肉、背筋がギチギチと悲鳴をあげる。ギューももはや何も言わず、自らの力で這い上がろうと足掻く。
ゴン!
「なんだこれは!」
ギューが驚いたのも無理はない。何の前触れもなく、ギューの腕に木が絡みついていたのだ。緑光丸だった。森からタケルに贈られたそれは、ギューの腕に絡みつき彼の体重を支える一方、反対の端を船体に突き刺していた。ゴンという音は、緑光丸が金属の船体を貫いた音だったのだ。これにはタケルも驚いた。そして確信する。緑光丸は、タケルの意思に反応するだけでなく、自らの意思も持っているのだと。ドナリエルが聞いたら「論理的でない」と怒りそうだが。
ともあれ、緑光丸の手助けもあり、なんとかギューは落下を逃れ、ほぼ崩れ落ちかけた通路に戻ることができた。タケルもギューも、力を出し切ったため、肩で息をしている。
「エノカミ……助かった。が、今のアレはなんなのだ?」
「……生き残ったら説明するよ」
「よかろう。ならば、生き残るために戦おうか」
二人は立ち上がり、再び制御室へと向かった。
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